第2話 街道上の魔獣

 ナビゲーターに頼んでおいたので六時に起こされる。五感に直接働きかけるので否応なく目を開かされる。

 窓から庭を見れば夜明けの薄闇の中でいそがしく立ち働いているのが見える。季節は春先くらいの感じだが、冬はつとめて、という古典の一節が思い浮かんだ。

 相変わらずログアウトはできず、運営はコールに応えない。

 ほかにステータス、インベントリの確認をする。レベルはあがってないが、魔法のロックが少しはずれていた。防具はいかにもな刺し子はしまいこんで、着込みのチェインに変えた。あっちではひとからげに売り払う品物だが、いまは一番防御力が高いし、これにゆったりした上下を羽織れば警戒心を招く心配もない。服もかなりあったので鏡の前で納得できる格好を整えることができた。その上から剣帯をまき、これまた戦利品の中から取り回しがよい剣を選んで吊る。ついでにバックパックの中身もすぐには用事のないものをインベントリにいれる。これでかなり軽くなった。剣を使って何かと戦う予定はない。たとえ名剣でも剣一本でできることなど限られている。

 身支度がおわると帳場に鍵を返した。

「このあと部屋を確認するので、食事しながらまっててくれ。忘れ物とかあったら行くから」

 壊したり盗んだりしてたら弁償させられそうだ。

 隣の飯屋は泊まり客ばかり四人くらいしかいなかった。そもそも表ではなく勝手から入るのだ。それ以外がいるとは思えない。そして、人数分の食事は盆にのってカウンターに並べられている。

 一人一つとって好きな席で食べるというしかけ。昨晩は十人くらいいたようで残った盆は俺の分を覗けばもう二つしか残っていなかった。片付けは全部おわってからのつもりらしく、食べた後の盆があちこちのテーブルに残っている。

「五号室のお客さんだね」

 同じ侏儒族の亭主のおかみさんが声をかけてきた。赤ら顔で小太りのにこにこしているご婦人だ。

「はいよ、弁当。昨日の残り物だけど手はいれておいたからお楽しみにね」

 名前は知らないが香りのよい大きな葉でぐるぐるに包んだのを渡してくれる。昨晩のというと、トマトソースのないピザか。カレーににた香りがするので香辛料を追加したのだろう。

 朝食はオートミールのようなおかゆに臓物を辛く煮込んだ小鉢、鮎ににた魚の塩焼きと歯もの、根菜をいくつかゆでたものだった。思ったよりうまかったが、プレイヤーのおおかったころなら絶対許されるレベルのものではなかっただろう。ゲーム内の食事は体に摂取されるわけれはないのだから、みんな色々なものを食べたいtだけ食べられるようになってたと思う。

 この食事はリアリティはあるが、求められはしない。

 運営が介入してない事は確かだが、そう考えれば破綻なくよく維持されているものだ。

 食事を終えて席を立った頃に最後の二人が入ってきた。農家の夫婦ものという感じだ。朝食の盆を見て目を輝かせている。彼らにとってはごちそうなのだろうな。

「よい旅を」

 おかみさんが見送ってくれた。たぶん、部屋のほうに問題はなかったということだろう。

 広場には乗り合いと御者、護衛が待っていた。開門とともにはいってきた近郊農家などの露店が設営中で、二人は座り込んでなにかどんぶりからすすっている。見ると、広場の片隅に湯気のあがる夜来が出ていて何人かそのへんで座り込んで食べている。だしのよい香りがした。

「何たべてるんだい」

「ひねりスープだよ」

 あらでとっただしに魚醤で味つけたなかに練った小麦をひねってゆでたのをいれてるらしい。

 少しだせばトッピングも何種類か。

 こっちのほうがうまそうじゃないか。

「いやぁそうでもないよ。それより服装かえたねぇ。そんな格好の人の食べるものじゃないから変な目で見られるからやめといたほうがいい」

 そうなのか。確かに困ってないほど裕福には見える格好だ。

 やはり路肩に座り込んでた食べるのはよくないのかね。

「ナナカマドの町にもあるからそっちにしなよ。あっちは座るとこ用意してくれるし」

 小声であちらのほうがうまいとささやかれたのであきらめることにした。

「のっててくれ。あと一人はまだきてないが、時間がきたら出すから。席は後ろの左な」

 ドアをあけると、二列に席がならんでいて、それぞれ傍らに荷物置きがある。ここに入らない荷物は屋根の上に縛り付けるようだ。ややかさばるがバックパック一つなのでなんとか収まる。

 窓の外を見ると、護衛が御者からどんぶりを受け取り二人分を屋台に返しにいくのが見えた。

 あ、なんかお金を返してる。保証料をとっといて返すしかけか。その間に御者は車止めをはずしてまわったようだ。

「鐘がなったら出しますよ」

 こちらに一言かけて御者台に上る。作り的には六人まで客が乗れるが、どうやら貸し切りになるようだ、

 と思ったらドアが乱暴にあけられた。息をはずませ、帽子にドレスの女性が荷物をよいしょと投げ込んでくる。いや、スカートではなくズボンだし、ドレス様のシャツだが胸甲だけ見えている。剣もおびているし、何か長い者を屋根にあずけている。御者が苦笑しながら屋根にのぼり、そのへんを縛る。馬車はゆさゆさと揺れた。戻ってきた護衛が口笛をふく。

 後で知ったが、それはいわば薙刀というべき長柄武器だた。ほかにのせたのは鎧櫃、この女性は戦うことを職業としているということになる。切れ長の目、通った鼻筋、化粧のせいか赤みのある唇、耳の形はここいらの住人とはどこか違う。高貴な異国の美女という風情だ。

「騒がせて申し訳ない。アルフェリスという。ナナカマドの町まで二日の短い付き合いだがよしなに」

 こちらも名乗る。クローズドで使っていた通りトネリコと。

「妖精族の血統か」

「そうだが、妖精族に育てられたわけじゃない」

「私と同じだな」

 にっこり微笑まれると放浪者だとは少し名乗りにくくなった。

「出しますよ」

 馬車が動きだした。窓外を流れる風景は何かものがなしい。たぶん、ここにふたたびくることはないだろう。

 と思っていたらもう止まった。城門だった。門番がドア越しに身分証を求めてくる。ない場合は銀貨一枚だそうだ。俺もアルフェリスもドッグタグを見せた。

「あなたも放浪者なのか」

 思わず質問が出た。

「あなたは放浪者なのね」

 彼女はそう言った。一瞬わき上がった期待は一気に萎縮してしまった。

「そうだ。最近こっちに来てね。ちと他の放浪者にお願いしたことがあった」

「私は祖父が放浪者だったの。これは祖父の作った傭兵紹介所の出す身分証明」

 だからドッグタグ形式なのか。

「ご健在なのか」

 アルフェリスはかぶりをふった。

「そうか」

 残念だ。ログアウトしっぱなしなのか、アバターを削除したのかわからないが。

 彼女は傭兵だ。といっても創業者の孫である。一介の、が着かない傭兵。そのため、一人旅をすることも珍しくないそうだ。今回のナナカマド行きも、魔獣退治の小隊の指揮を取るためらしい。

「魔獣というのはよく出るのかい? 」

「そうね、昔はいくら狩ってもおいつかないほどいたらいしいけど、最近はたまにしか出ませんよ」

 どこかの奥地にいるのがさまよいでてくるくらいだとか。熊のようなものだ。魔獣自体は魔力過多の生き物が長い時間をかけて変じたもので、知能も危険さも元の生き物のものの延長らしい。

「基本は追い込んで取り囲んで弱らせてとどめを撃って死ぬまで釘付けにすることね」

 なので交代要員をふくむ四十人ほどがあちらに別ルートから移動しているという。これは戦争仕事のないときの軍事訓練もかねているそうだ。

 プレイヤーの戦い方とはだいぶ違う。といてもプレイヤーのアバターは一般人とは違うのだから仕方はない。

「厄介なのが人間が魔物になったやつですね。こっちは基本的に賢いので討伐対象として依頼されることはほとんどありません」

 もともと魔法の能力をのばす余地が高いためほとんどは魔法使いになってから魔物化するため、有益な人材として保護されているか、地位を築いておとなしくしているそうだ。

 自分のステータスを思い出す。プレイヤーって一種の魔物じゃなかろうか。

 窓の外の風景は変わりつつあった。ちらほら林がふえた、遠くに緑につつまれたやまやまが見えるようになった。空気がしっとりとして路傍の緑も濃くなって来た。

 ナナカマドは大河のほとりの町、陸路と河川の交通の交点。その陸路の一本が肉食爬虫類の魔獣におびやかされているらしい。

「ドラゴン? 」

「あんなものは伝説の与太話だ。だいたい生きものが炎をはくとか非常識じゃない」

 ごもっとも。だが、ドラゴンは確かに最難関のモンスターとして存在していたのだが、今はもう人間と関わるところにいないらしい。

 いろいろ変だ。

「ちなみに、その道が王都に通じているからこの馬車が予定をどうするかは私ら次第だ」

「頼りにしていいかな」

「おまかせあれ」

 アルフェリスはにっこり微笑んだ。顔かたちに似合わず、愛嬌のある微笑みだった。

 といっても荒くれもおおいであろう傭兵の百人隊長ということはいざとなると乱暴なことも平然とこなせるということだ。

 馬車はときどき休憩停車をした。馬を休ませ、水を汲み、用を足すためだ。あまり離れることはないよう警告され、用足しも声のとどくものかげで済ますように言われる。

 正直、クローズドではしなかった経験だ。女性であるアルフェリスは盾と抜き身の剣を手に薮のほうへいった。うかつに近づくと問答無用で斬られるだろう。

 弁当を食べながら護衛と話をする。一人だけとは不用心ではないかというと、むしろ警戒する相手は客のほうで、馬車を狙う盗賊はだいたい客のふりをしてのりこんでくるそうだ。アルフェリスは知名度もある人物なので今回一番あやしいとしたら、俺ということらしい。

「待ち伏せとかないのかい? 」

「街道は警備されているから向かないし、こういう場所は他にもあるので待ちぼうけになるほうが多いし、狙うほうも大勢つれてそんな危なっかしいことはしないだろう。まあ、絶対ないとは思わないけどそんときはあきらめるしかないね」

 その時はたぶん護衛か御者が盗賊に通じているからだという。

「やらかしてつかまったら四つ裂きだからわりにあわねえ」

 どんな処刑方法かは聞かないことにした。たぶん気分が悪くなる。

 そして馬車はナナカマドへの中継の宿場についた。

 宿が一件、民家が十件ほど村で周りはぐるりと柵で囲んであまり深くない空堀を巡らせた、それだけの簡素な守りだ。空堀の底には獣用の罠がしかけてある。

「十年に一回くらい、狼の群れが襲ってきたりするのでね」

 柵のところで雑草を刈っていた農夫がそう答えた。刈った草は編んで柵の下部にネットのようにかけている。野鼠よけだろうか、かじられないだろうか。

「いやまいった。宿がいっぱいだ」

 御者が弱り切った顔でやってきた。どういうことだろう。

「この先に魔獣が出ているらしい。一人犠牲が出ているそうだ」

 俺とアルフェリスは顔を見合わせた。

「どんな魔獣だ? 」

「鹿らしい。やられた人は角で屋根より高く放り上げられていたそうだから駄目だろう。幸い、草食だからそのうち食べ物を求めて移動してくれるだろうってことで旅人がたまっている」

「困ったな。場所をかしてくれればテントはあるから過ごせはするが」

「魔鹿は何頭いるのだ? 」

 アルフェリスは焦りをにじませている。明日のナナカマド着が危うくなったのはかなり不都合なのだろう。

「確認されているのは一頭だが、なぜか街道上から動いていないらしい」

「迂回はできないかな」

「やめておいたほうがいいと思う。あのへんは森が深い。他の魔獣はいなくとも、腹をすかせた熊くらい出るかもしれない」

 動かない、ということでちょっと思うことがあった。

 思案顔で声に出さないようナビゲーターに質問する。

「現在、クエストは発生してないか? 」

「チュートリアルの続編として『街道上の怪物』が発声しています」

 やっぱり。

「チュートリアルの続編はそれで終わりか? 」

「これ以上はありません。各地にあるどのクエストを受けるのも自由になります」

 だとすればしょうがない。俺が戦わなければその魔獣はどこにもいかないのだ。

 だからといって事情を話すのもあたりが強くなるのは確実で避けたい。だまって行くのは止められるだろう。なにより夜になれば夜目の問題だけでなく夜行性の獣に脅かされることになりかねない。

「納屋をかりることができそうだ。テントよりましだと思う。ただ」

 朗報だがそれ以上は言いにくそうな護衛にアルフェリスが察したようだ。

「いくらだ」

「一人銅貨十枚。出すかね」

「出そう」

 俺と彼女の声がかぶった。

 納屋は馬草などを積んだ下と雑貨をおいた上にわかれた構造になっていた。上にははしごであがり、すのこ一枚おいただけの構造であぶなっかしい。アルフェリスは上、俺は下に寝る事にした。体重の問題と、貞操の守りやすさからそう決めたのだ。俺でなくとも不埒者が入り込むかもしれない。納屋は中から鍵などかけられるわけがないのだ。用心深い彼女は鈴を出してはしごにぶらさげた。登るものがいれば鳴るというわけだ。

 ログアウトしたらどうなるかわからないが、このゲームではプレイヤーは肉体を感じながらも性衝動は自由にコントロールできる。でなければプレイヤー同士で深刻なトラブルがおきかねないからだ。といっても生身と違って妊娠も自由意志なので羽目をはずす人も多い。クローズドにはいったのも他人のそんなところから遠ざかりたかったためだ。

 何がいいたいかというと、座っている彼女の意外に素敵なおしりを見上げても悩まされることなく早朝から動くためにさっさと寝ることができたということだ。神経は生身同様に疲れるからこれは大事なことだ。

 ナビゲーターに夜明け少し前に起こしてもらい、俺は行動を開始した。インベントリを開き、戦利品の中から長槍とこん棒を選び出した。ゴルフクラブのようなこん棒で、一点に衝撃を加えるのに適している。弓も一張だし、剣は大型のナイフに取り替えた、

「どちらへゆくのかな」

 声をかけられた。アルフェリスがナイフ片手に見下ろしている。

「ちょっと魔獣の様子を見てくる。なに、無理はしないよ」

「少しまて、私も一緒にいこう」

「いや、様子見るだけだから」

「なら魔獣退治の経験者が一緒にいったほうがいい」

 説得は無理そうだ、言ってる間に彼女は髪をざっくりまとめ、胸甲をつけ、剣を背負って身支度を実に手際よくすませていく。

「わかった」

 正直心細いところもあった。面倒になったとは思ったが。

 村の門には見張りもいなかった。俺たちは歩いて魔獣ががんばっているというあたりを目指す。半時間も歩けば着くはずだった。

「トネリコ殿の武器はその槍かい? 」

「いや、これは突っ込んできたときの用心だ」

「ふむ、セットするのか」

「一本では捕捉できないかもしれないけどね」

「足を止めてくれれば私にはこれがあるよ」

 アルフェリスはクロスボウを背負っている。確実に、大威力に一撃をいれるというのだ。

「ところで、なぜか戦う話になっているんだけど」

「ん? そのつもりだろう? 」

 いや、確かにそうなんだがなぜ当たり前のように見抜いているんだこの女。

「まあ、そうなんだけどなんでわかったの? 」

「ちょっと様子見って装備じゃなかったしね。私も先はいそぐので手伝うことにした」

「じゃあ、ちょっと打ち合わせながら行こうか。魔鹿のことは知ってるのか? 」

「ああ、何度か討伐している。魔獣の中ではそんなに脅威ではない。普通は石つきロープを投げて角に絡めて動きを封じ、矢で弱らせて槍でしとめる。大盾持ちがいると安心かな」

「石つきロープね」

「この人数だとやめておいたほうがいい。集団で狩るなら誰かが気を引いておかないとよけられる」

「うまくいっても逃げられてしまいそうだね」

「それでいいさ。魔獣も獣だ。怖い思いをしたところは避けるだろう。今回は追い払うだけで十分だ」

 それもそうか。通行できればよいのだから。

 だが、始まりの村の邪鬼のようにシステムが用意した討伐対象なら逃げないのではないだろうか。

 いや、たぶん逃げない。動いていないことが何よりの証拠だ。

 魔鹿は街道のどまんなかに立っていた。馬ほどもある体躯、牛にひかせる鋤ほどもある角、そして真っ赤に充血した目。

「でかいね」

「あんなものだよ」

 クローズドなら作用反作用は単純に筋力勝負だったが、このオープンでは重量できまる。ふっとばされそうだ。槍の強度も心配ではある。

「しかけるよ」

 槍を地面におき、弓を出す。視界にガイドラインと予想起動が描画、矢を放つ。背中にささった。

 魔鹿はこちらを見ると、憎しみに目を輝かせた。自分をそこにしばる放浪者と知ったのだろうか。頭を下げ、地面を蹴って突進してきた。次の矢ははずれたがかまわず槍に手をのばす。石突きを頭を覗かせていた太めの根にひっかけさらに踏みつけ穂先を鹿に向ける。鹿は頭をさげているので木津おいていないようだ。

 衝撃と、槍の折れる音、角にひっかかれる痛みとたまらず持ち上げられる体。

 しまった、と思いながらかろうじて角をつかみしがみつく。勢いはだいぶんにそがれているが手をはなせば放りだされるのは必至だ。

 魔鹿は俺をはねあげることはせず、首をふりまわして振り払おうとした。落ちたところを踏まれでもしたらたまったものじゃない。こん棒は最後には角にひっかけ振り落とされないためにものに変わっていた。

 アルフェリスが鹿の心臓付近にクロスボウを打ち込むのが見えた。抜剣し、鹿の足の筋をねらって振り回している。鹿は痛みに加えて首の重み、俺のおかげでパニックをおこしている。

 首をふるだけではだめだと知ったのだろう。鹿が首をさげた。跳ね上げる気だと思ったので手を放して前へと転がる。鹿が思い切り首を跳ね上げるのが見えた。擦り傷だらけだが手足は動く。急いで立ち上がった。

 心臓付近にうちこんだボルトはパイプ状になってるらしく、盛大に血をふきだしていた。足の筋は切られて安定もよくない。そして思い切り跳ね上げた角がからぶりをした後には無防備なのどがのびあがっている。

 アルフェリスがその前を走り抜け、気管をなで切りにする。

「よし、距離をとれ」

 堅い頭蓋に槍の穂先がくいこみ、出血し、喉も裂かれ、足もぼろぼろの魔鹿はもう戦える状態ではなかった。

「死に物狂いが怖いからね。距離をとって飛び道具うちこみながらまとう」

 ここまでやれば、逃げるだろうし逃げても長くない。脅威も減るということだ。

 だが、魔鹿は足をひきずりながらも俺めがけてすすむ事をやめながった。

 ナビゲーターの声が聞こえる。武器に魔法を組み合わせることで効果的な攻撃ができると。

 こん棒なら、衝撃の波長を調整すれば表面ではなく奥に衝撃を伝えることができるらしい。

 ふらふらと俺に向かって最後に歩いてきた魔鹿はもう何もできないようだ。こん棒にナビゲーターの言う通りに魔法を組み込む。狙うはささったままのボルト。あれを深く打ち込むのと同時に奥にむけて衝撃を放つようにする。波長があったところでとどめの一撃を放った。

 魔鹿は心臓を破壊されて倒れた。

「最後のはいらなかったな」

 アルフェリスの声には非難があった。気が気ではなかったのだろう。ほうっておいても鹿は倒れた。だが、これがイベントである以上、こなさなければ次が現れるかもしれないのだ、

 強制されるものとしては最後、ということが救いだが、

「ずいぶん強い魔鹿だった。逃げてくれなかったし、ちょっとこわかったよ」

 その引きつった笑顔に申し訳ない気持ちになる。

「これで通れるよね」

「ああ、戻ろう。伝えないと」

 ちょっとした大騒ぎになった。村から確認のために人が出され、魔鹿の巨体を運ぶためにさらに数人と荷馬車が出された。村長と交渉事になれたアルフェリスが少し話し合って俺は分け前として金貨四枚をもらった。そのかわり、魔鹿から取れるものは村のものというわけだ。

 馬車は予定を少し遅らせただけでたつことができたし、その日は二人して馬車の中で居眠りしていることがおおかった。

 この戦いでまたロックが少し外れた。今なら、支えさえあればあの魔鹿と力比べができそうだ。支えがなければ体重差でぽんと飛ばされるのだけど。それと、回復魔法の身体把握と肉絆創膏作成を覚えた。クローズドでは簡略化されていた回復魔法だが、オープンでは元の状態を記憶し、用意しておいたなんにでもなる細胞塊を使って破損をごく短時間に修復するというものらしい。これを他人になけるにはまたロックをいくつか外す必要があるようだ。

「トネリコ殿は他の放浪者にあえたらそれからどうするのだ」

 ログアウトする、とはちょっと言いづらかった。

「考えてない」

「もし、あてがないならうちで働かないか。稼業がら運が悪いと戦争にいくことになるが」

 考えておくよ、と答えるにとどめた。

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