遠い未来のどこかの国で

@HighTaka

第1話 覚醒

 シャットダウンのカウントダウンが視界の隅でいま一桁になった、

 一年にわたるオーバーホールは完了した。これから新品同様になった自分の体に戻るのだ。意識がぼんやりとして、眠りに落ちようとする。目がさめれば現実だ。仕事がまっている。

 暗黒。

 目をあけると、そこはだだっぴろい野原だった。


 十年に一度のオーバーホール。一年かけて身体の異常と汚染を除去し、組織をリフレッシュする。各種致死要素もリセットされ、まさに生まれ変わるための処置。

 その間は仮想空間ですごすことになる。たいていの人が今はもうない景勝地などでのんびりすごす。俺も前回はそうした。が、今回は趣向を変えて架空世界で遊ぶことにした。剣と魔法の世界で、童心にかえって冒険をするのだ。危険な世界で、死ぬこともあるが痛覚はほとんどなしになっているし、死んだあとは保存ポイントで最低限の持ち物をもって復活するから不便はあっても心配はない。

 楽しんだかって? もちろんおおいに楽しんださ。同じものでも他の人と交流できるオープンワールドではなく、好きに設定できてご都合主義を満たすクローズドの世界を選んだんだ、それはもうむちゃくちゃをやって存分に楽しんだ。

 最後は強くなりすぎたので、観光とガーデニングにうつつを抜かしていたくらいだ。

 そして終わったと思ったら初期装備としか思えない格好でこんな草原にたっている。向こうには町らしいものも見える。いわゆる始まりの町だ。

「ナビゲーター、運営コールだ」

 これはどういう手違いか。コールセンターのオペレーターに確認して対処してもらう必要がある。

「コールセンターは無期限にサービスを停止しています」

 ナビゲーターアイコンが視界の中央に現れ、聴覚に直接語りかけてきた。おかげで他の音を聞く事を阻害しない小さな声だが、明瞭に聞こえる。アイコンは目のくりっとしたデフォルメされたミニドラゴン。これまた初期設定だ。

「サービスを停止? 」

 ありえないことだった。人間のオペレーターは休みをとることもあるが、かつて人工知能とよばれたオペレーターたちは常時詰めているはずだった。問い合わせがおおすぎて待たされているならまだ理解できることだ。

「ナビゲーター、ログを読み上げてくれ。ゆっくり、最初から」

「王国歴五百三十一年葉月七日午前七時零分一秒。オープンワールドのオリジンサーバーにクローズドワールド識別番号省略、よりデータ複写により誕生。インベントリおよびステータスはオープンワールドの制限により制限。初期装備を賦与」

 ゆっくりそこまで読み上げて、それっきりだった。

「オープンワールドだと」

 こんなところで遊んでいる場合ではない。いったい何の手違いだろうか。だが、それならこのコマンドがきくはずだ。

「ナビゲーター、ログアウト」

「現在、ログアウトは制限されています」

 なんだと。

 これは大変まずい。自力でなんとかする手段がなくなった。

 こうなれば他のプレイヤーを探し、同じ状況でなければ助けを求める他ない。

 と、なるとあの始まりの町へいくしかないだろう。あそこにいけば他のプレイヤーがいるかもしれない。いなくとも手がかりはあるはずだ。

 腰の剣が邪魔だ。クローズドワールドとちがってオープンでは物理演算がごまかしなしだ。歩きにくいことこの上ない。念のためナビゲーターにステータスを読み上げてもらう。持久力、筋力、瞬発力、動的視力、さまざまな値が読み上げられるがだいたいは制限されている。力は九トンを秒間に秒速五メートルに加速できるほどあったが、いまはせいぜい三十キロだ。といっても元の数字は保存されているので、文字通り制限されているのだろう。実のところ、これでも常人離れしている。

 魔法や特技もほとんど封印され、インベントリのリストを見ると武器防具はそのままあったが、持ち出し不能の印が打たれている。整理していない戦利品の中には、制限を受けていないものもあったが、さほど強力なものはない。といってもいま身につけているものよりましだが。

 今、身につけているのは着心地はいいが質素な服に分厚い刺し子のベスト。それに飾り気のない鋳鉄の剣だ。最下級の魔物ならなんとか通用するだろう。

 村に近くなると、草原は仕切られ、黒い土のむき出しとなった畑になった。おそらく蕎麦と思われるものや、根菜らしい葉が種類と並びをそろえている。その中に何人も畑仕事をしている農夫の姿があった。

「おい、あれ」

「ああ」

 なんだか彼らの俺を見る視線がおかしい。あまり歓迎されていない雰囲気だ。どうもおかしい。

 はじまりの町なら、こういう初級プレイヤーは珍しくないだろうに、

「なあ、あんた。もしかして初級プレイヤーかい? 」

 こんな質問もされるはずがない。

 そうだ、と答えると農夫たちは舌打ちした。

「おい、確かいまははミカルんとこのかみさんだったな。誰か呼びに行ってくれ」

「どういうことだ」

 あまりにおかしいので質問すると、農夫は迷惑そうにしながらも答えてくれた。

 曰く、初心者が降り立つとイベント用の魔物が出現するらしい。いわゆる戦闘チュートリアルの魔物だ。だが、討ち損じたり準備に手間取って時間がたつとその魔物が人や畑、家畜に被害を与えることがあるので、つまり初心者は厄介者というわけだ。

「ここはもともとそういうところで、それで潤ってたんじゃないのかね」

「とんでもねぇ。あんたみたいな人は数年から十数年に一人来るかこないかだ。やってくためには地道に畑耕し、手仕事して、たまに出稼ぎにいくしかねえんだ。かまってられないよ」

 さっさと済ませてくれ、と農夫は言う。

「なるほど。すぐに片付けるよ。まずはどこにいけばいいんだい? 」

「広場におんぼろのギルドの建物がある。そこでミカルのかみさんに話を奇異いてくれ」

 一応お礼を言って、俺は村にむかった。

 報せはもうとどいているらしく、遠巻きに眺める子供たち。その手を引いて家に連れて帰る母親たち、総じて反応は冷たい。

 彼らの役割を考えると、あまりに不自然な態度だ。いや、あるいみ自然なのかも知れない。先の農夫の言葉の通りなら俺のような者は村の平穏をかき乱すだけだから、

 広場もギルドの建物もすぐにわかった。建物というが、前面の壁しか残っておらず、倒壊した瓦礫でつくった掘っ立て小屋に野良着でわら屑だらけの小太りの中年婦人が石の台座を覗き込んでいる。

「あなたがミカルのおかみさん? 」

「ローザと呼んでくれ。あの宿六どもはなんで人の名前を覚えないかね」

 こちらもなかなか不機嫌だ。

「それで、俺はどうすればいい? 」

「相手は小鬼。さっきまでちょろちょろ動いていたけど、あんたが村にはいったおかげで今は倉庫の裏でじっとしてる。行けばナビゲーターが教えてくれるからその通りにすればすぐ倒せるよ」

 おかみさんは石の台座を見ながら説明してくれた。俺には何も見えないので、彼女の網膜に情報を投影しているのだろう。

「すんだら、小鬼の死体をここまでもってきておくれ。役立たずどもが処置してくれる。あんたには報酬と地図と旅装一式が出るはずだ」

 ここから、と彼女は石の台座を指差した。

「案内はうちの宿がやるよ」

 痩せて色黒の男が広場で手招きしている。

「ミカルだ。案内するよ」

 村はずれの倉庫は案内などいらないくらいの場所だった。たぶんこの男はよけいな寄り道をさせないために案内にたったのだろう。

「ギルドってどうなってるんだ」

 素朴な疑問を彼にぶつけてみる。たしかオープンではそういう便利組織が冒険案内ほか便宜をはかっていたはずだ。

「とっくに形だけになってるよ。あんたみたいな客人は昔は大勢だったそうだが、今はほとんどいないから、貧乏くじの誰かがああやって守ってる程度だ」

 違和感があった。ほとんどいない? どういうことだろう。

 一年前にはオープンは普通に遊びではいる人も大勢いたはずだ。

「いた」

 倉庫の裏にじっとたたずむ異形の存在。背丈こそ人の半分ほどだが、ずっしり幅幌の体は強さを感じさせる。大きな鼻の両側に爛々と輝く瞳はは虫類の瞳、獲物を冷たく見る縦長の瞳だ。

 そして両の手には鈍く光る分厚いナイフをもっている。身の厚さ、幅ともに鉈に近い。

「恐れず、盾をかまえてください」

 ナビゲーターがチュートリアルを始めた。初期装備の盾は背中にある。ひっかけてあるだけなので片手で持ち直すことができた。

「まっすぐ盾を前に」

 言われる通りにすると邪鬼がナイフを投げてきた。盾にあたってはじけてとぶ、重い一撃で俺は少したたらを踏んだ、

「剣を構えてください」

「右に一歩」

「剣を斜めに、ナイフを流してみましょう」

「そこで一太刀」

「力任せでは相手に防御されるだけとわかりましたね」

「では簡単なフェイントを使ってみましょう」

「そうです。負傷すれば相手は焦りを覚えます」

「こんどは誘ってみましょう」

「もう一度誘って、相手に切っ先をあわせてください」

「おめでとう、小鬼を倒しました」

 チュートリアルに操られ、自由にふるまえなかった小鬼が少し気の毒な気がする。

 死んだ邪鬼は少々重かったので、見届け役のミカルに声をかけ、二人でふうふういいながらギルドに運んだ。

「はい、おつかれさま。早かったね。それはこのへんにおいといて」

 ローザは俺を手招く。

「ここに手をおいて」

 しめされたのは石の台座の上。言われる通りにすると、手になにか平たいものが触れた。

 ドッグタグだった。

「そいつはあんたの身分証。各地のギルドの廃墟にある台座にのせればそれまでの功罪が開示できるから、身の証をたてるのにどうぞ」

 それから、といって彼女は奥にあったロッカーをあけた。

「ああ、はいってるね。このロッカーも廃墟にあるけど、功罪によってご褒美がいつのまにかはいってる仕掛けになってるそうだ。この目で見るのは初めてだけどね」

 そういって彼女は一振りの剣と温かそうな外套、小型の鍋や毛布をまとめたバックパックを出した。

「もってきな。それと、これは財布だね」

 ずっしり、とは言えないくらいの貨幣のはいった巾着を渡してくれる。あけてみると銀色の貨幣が十枚ほどにさびた銅色の貨幣が三十枚ほど。

「四、五日は稼がなくても旅ができるくらいかね」

「ありがとう。ところでその小鬼の死体はどうするんだ? 」

「ああ、ばらして乾燥させて薬にするのさ。精力剤とかね」

 村が受ける恩恵だという。

「さて、もうここには用もないだろう。今から急げば門のしまる前に隣町にいけるよ。そっちならちゃんとした宿もあるし、ゆっくり休める」

「追い出されるのか」

「この村にはもう宿はないからね。どの家もせまかったり、汚かったりで泊めたがらない。うちもそうさ。すまないね」

 いやがる理由は他にあるような気がした。新たな魔物を呼ぶと思われているのかも知れない。

「わかった。次の町にいってみるよ」

「言い伝えの通りなら、荷物に地図がはいってるから迷わないと思うよ」

「ありがとう」

 ギルドの廃墟を出ると、村人はみな遠巻きに俺を見ている。これはまたずいぶん警戒されたものだ。

 荷物をかるくあらためると、水筒と地図が見つかった。まだ昼前だ。数時間歩けば隣町につくらしい。街道は安全なのだろうか。

「待ってくれ」

 呼び止める声。ミカルだった。

「これもってきな。あんたの荷物に食料ははいってるが、そいつはとっといて弁当にしてくれ」

 大きな葉でつつんだ蒸した芋のようなもの。まだ温かい。

「うまそうだね」

「ああ、うちの午なんだが、少し多めに作っちまったのでね」

「ありがとう」

「よい旅を」

 ミカルは心からそういってるように見えた。

 村の周辺の畑がなくなり、草原はまばらな林になった。あちこち切り株があるので伐採のおかげなのだろう。そして林の下にはクマザサに似た植物が生えている。その一角をロープで仕切っている箇所が何カ所もあった。あの中に何か植えているのだろうか。

 よくわからないが、腰掛けるのに調度いい切り株があったので弁当にする。塩味がもう少しほしかったが、ねっとり甘くてうまかった。包み紙をかねていた葉は囲まれていないクマザサの茂みにおしこんでおく。

 休憩の間にインベントリとステータスのチェック。制限が少しだけ解除されていて、未整理戦利品の武器防具の一部、魔法の一部のロックがはずれ、ステータスの制限が少しだけ解放されていた。

 レベルとやらも今は二の九十八らしい。クローズドでの状態をレベル九十八としてそのうち二相当まで制限がはずれたというところだろうか。

 林がきれると川があらわれた。橋はかかってないが、石を鎮めて浅瀬にしている箇所がある。土手もなにもなく、自然のままの川だ。水はひんやりすんでいて、少し気持ちがよい。水筒に水をたしていくことにする。

 川をわたって向こう側に柵で囲まれた見張り台があり、これも刺し子の防具をつけた兵士が二人、暇そうに何かを噛んでいた。俺を見てやれやれという感じで声をかけてきた。

「どちらからきなすった」

 ドッグタグを見せると、わざわざ下りてきて確かめる。四十少し暗いに見える男で、戦場傷なのか顔にひどい傷跡があってケロイドになった跡で全体がひきつっている。

「ああ。初めて見たが、こりゃ確かに放浪者のものだね。あっちからきたってことは来たばかりか」

 この兵士もそんなことを言う。他のプレイヤーに接触したいのに不安の限りだ。

「問題ないが、ちょっとまっててくれ」

 兵士がもってきたのは木の割り符。

「鑑札だ。町の門にいるやつに渡してくれ。ちゃんと入ってきたって証になるからすぐ中にいれてくれる」

「それは助かる」

 これだけ特徴のある人物をおいたのだから何かイベントでもおきるかと思ったが、それっきりだった。

 そこからの道はふたたび畑の中となる。村の畑より大規模で、人も家畜も多くが働いている。中にはゴーレム牛を使ってる金持ちの農民もいた。

 彼らは俺には無関心だった。舌打ちされないのはこれだけ心によいとはなんだか初めて知ったように思う。

 町は低い丘の合間にあった。高さ五メートルほどの城壁で丘ごと二重に囲んであり、ところどころ張り出しを作って物騒な大型武器をすえている。城壁に古い修繕跡があるが、自然災害、経年劣化、戦闘いずれによるものかは判別できなかった。

「ああ、放浪者さんか。ずいぶん久しぶりだな。ようこそオカノマチへ」

 門番の若い兵士は割り符を確かめるとすんなりいれてくれた。

「最近はめっきり少ないのかい? 」

「この町には十年くらいぶりかな。女の人だったよ」

「その人はどこへいったんだい? 」

「当時の王都にむかったけど、行っても無駄だよ。三年前に戦争で王都は丸焼けになってしまった。いまは王家の夏宮が王都だ」

「戦争? 」

「王国と帝国のね。大勢死んだよ。王国は満身創痍、帝国は今や三つに割れて内戦の真っ最中だ」

 そんな設定は聞いたことがなかった。そんなことをして運営は収集できるのだろうか。

 兵士からは宿の場所も教えてもらって町中に踏み出す。

 町には出る馬車が多く入る馬車は少ない、見たところ全部荷馬車だ。そして倉庫らしい大きな建物の多い左手にまがっていく。一台まっすぐ広場を目指すのがあると思ったら乗り合い馬車だった。

 御者と護衛らしい弩を背負った軽装の腕っぷしの強そうなのが並んでいる。護衛はあの程度でいいのなら、ずいぶん平和なものだ。

 広場の露店は夕方に近くなっているせいか引き上げたらしい空き地か閉店作業中のものが多い。

 生鮮、調味料、日常道具、塩漬けあるいは干物にした肉や魚。冒険の役にたちそうなものはないし、食事の屋台もない、都市の日常の需要に応えるためののばかりだ、ほとんどいない買い物客も市井の人ばかり。

 さっきおいこしていった乗り合いがとまっていた。年配の御者と護衛が露店でかったらしい果物をかじりながらだべっている。一息ついたら馬車を厩舎にまわし、二人はここで一泊して客を拾って戻るらしい。

 地図を広げてみる。この地図では王都は健在だ。オカノマチは近くに迷宮があり、買い取りやダンジョン討伐のあっせんを行うギルドがあることになっている。情報が古い。

 さて、どうしよう。インベントリには巨額の金があり、その大半はロックされているが、銀貨二百枚ほどならはずれて当面こまりはしない。

 他のプレイヤー探しは先が長そうだ、ここのダンジョンでもう少しロックを外すか、先を急ぐか。

 地図にある都市のいくつかを候補にいれて俺は御者に話しかけた。

「この馬車は明日出るんだよね。どこに向かうんだい? 」

 刺し子の防具をつけているせいか、護衛が警戒心むき出しの目を俺にむけた。だが、御者はのんきなままだった。

「ナナカマドの町だよ。二日いてその次には旧王都の砦にいって、最後は夏宮だ」

 ナナカマドはかなり大きな貿易都市だ。少なくとも地図ではそう読める。

「運賃はどうなってる? 」

「ナナカマドまで銀貨三枚、砦までいくなら五枚、夏宮までいくなら七枚でさぁ」

 それに宿代とかは自前とすれば今の手持ちでいける。まずは途中でプレイヤーのつてを探しながら今の王都にいこう。

「席にあきはあるかい? 」

 御者は腰にさげた帳面を開いた。

「今んとここっからのるのはあんたともう一人だけだな。大丈夫、半金先払いしてくれるなら保証するよ」

「乗った。夏宮までたのむよ」

 銀貨三昧と銅貨五十枚をわたす。御者は俺の名前を帳面につけ、切符なのだろう割り印をうったページの橋をナイフで切り取って渡してくれた。

「明日、鐘二つ目にここで。遅れても待ちませんからね」

 心の中でナビゲーターに二十四時間なら何時くらいかをきくと、八時くらいだという。四時に鐘を一つうち、四時間ごとに打つらしい。打ち方と回数で時間がわかるようになってるそうだ。

「承知した」

「ちなみにあんた、何してる人かね」

「放浪者、らしい」

 俺はドッグタグを見せた。

「おお、四年ぶりくらいに見ましたぞ」

「そんなにいないのか」

「いませんね。あたしも長いがほんと数えるほど」

「そうか、ありがとう」

 いまいるかどうかさえ怪しくなってきた。

「放浪者って初めてだけど、何するんだい? 見たところ甲冑きてるけど」

 護衛の目が好奇心に染まっている。

「ああ、ダンジョンの魔物をまびいたり、野良に何かでたら対処したり」

 御者と護衛は顔を見合わせた。

「ダンジョンってあれだよな。古い鉱山や昔の何かがつくった地下の」

「うん、それだ。作ったのは古い力あるものだったりいろいろ」

「危ないので全部埋められてるよ? 」

「え」

「二十年くらいまえかな? 当時の王がそんな危ないものほっとくなって命令だして。埋められたダンジョンの魔物は別の穴ほって出てきたりすることもあったけど、それも十年くらい前にはとんときかなくなった。掘り返すことはもちろん御法度だ」

 なんてこった。そんなことしたらゲームとして成立しなくなるじゃないか。

「帝国もすぐ同じことして、そのせいか戦争がおきた」

 国内の脅威がなくなったせいらしい。

「そうか、どうしようかな」

「戦えるならどこかの軍にはいればいいよ」

 護衛がすすめてくる。

「人にすすめるけど、あんたはどうして護衛やってるんだい」

「ま、まあいろいろあってね」

 護衛は目をそらした。ふむ、参考程度にしておこう、

 二人に別れを告げて俺は教えられた宿に向かう。二階建ての奥に長い長屋で、間口で会計して部屋を借りる形式になっている。ここでも放浪者は珍しいといわれ、食事はどうするか聞かれた。

 隣に飲食店をもっていて、たのめば弁当も用意してくれるという。

 夕食、朝食、そして明日の弁当を頼んだ。荷物の保存食はうまそうでもないし日持ちがするので跡にとっておくことにする。銀貨が二枚消えた。

 どこかで稼ぐか、ロックをはずして金貨数十万枚におよぶインベントリの金のロックを少しでも外す算段が必要だ。

「部屋はあがって右の五番目だ。下に響くからあんまり歩き回らないでくれ。表は午後二つの鐘で鍵かけてしまうからそれまでに戻ってくれよ。朝は一つ半から食える。」

 侏儒族の亭主はそういって鍵を渡してくれた。

 部屋はまぁ、三畳間くらいの広さで感心したのはシーツが清潔だったことだ。窓の外は裏庭になっていて、菜園と大量のシーツが干されている。毎日かえているのだろう。かなり良心的な宿だ。

 寝台のほかには鏡台。引き出しには誰かのわすれものらしい古いブラシが一本。ちょっと使う気にはなれない。少しひびわれた鏡に映る自分の姿はクローズドで作ったアバターそのままだった。

 すなわち、半妖精の若い男。まあハンサムなほうだ。いまさらながら元の顔がなつかしい。

 こっちで目覚めて、まだ丸一日たってないが、ひどく疲れた。それに体が臭い。オープンはリアルも売りなのでこれはしかたないが、それにくわえてオカノマチは立地の関係で水浴びでも贅沢らしいということだ。体を洗いたければ、ひどく高い湯屋で体を拭うくらいしかできないらしい。

 食事までの間、荷物をおいて身軽に町を見て回った。雑貨屋があったが都市生活者むけの日用品ばかりでアウトドア用品はない。野営に使える品はないか、温厚そうな主人にきくと店の奥の一間に案内された。

 テントに火口箱にカンテラ、寝袋、いずれも埃をかぶり、品物もだいぶ古い。おまけにもっと広く展示していたのを押し込んだ風で雑然としている。

「入り用なものがあれば探しますが」

 だいたいはバックパックにはいっているものでなので、鉈を一丁だけ買う事にした。薪をわったり薮をはらったり、使い道がおおい。インベントリにいれておけば出し入れに時間が少しいるくらいで邪魔にならない。

「刃物はえっとこのへんかな」

 主人が探している間に他に何か面白そうなものがないか見ていると、三冊くらい束ねた本を見つけた。なんだろうと思ったが黒革の表紙には何も書かれていない。開いてみたくてもくくられているのでまず紐をなんとかする必要がある。

「ご主人、この本はなんだね」

「本? ああ、それは魔法の入門書ですよ。私の兄が使ってたやつですね。珍しいものでもないし、もう古くさいやつです。よろしければ差し上げますよ」

 本当に物置のようだ。

 鉈の支払いをすませると、本もついでにもらって店を出た。主人がドアをしめ、カーテンを引く。閉店間際だったらしい。

 同じようにカーテンを引こうとしていた薬種商を見つけ、割り込んで頓服の胃腸薬を売ってもらう。

 主は医師もかねているので、いくつか問診され、触診もされた。

「あんたの体質だとこのへんがよかろう」

 小分け容器と十回分の薬を売ってもらった。ついでに虫除けと擦り傷用の軟膏も数回分売りつけられる。

「治療魔法があっても、かすり傷や虫さされは直せないからの」

 そうなんだ。ダメージとしては小さすぎてきかないらしい。

 だいぶくれてきたので、宿の隣の店で食事をとった。ひきわりパンに塩漬け肉とハーブ、野菜を乗せて魚醤のような発行調味料をぬって石釜であぶり、くるりと巻いたものとしょっぱいスープ。十分おなかはいっぱいになった。うまかったかといえば微妙としかいえない。

 部屋に戻るときに明かりの蝋燭を帳場でかった。一本銅貨一枚。二本ほどかっておく。

 魔法であかりをつけれたはずなんだが、こっちにきてからまだ一度も魔法は使っていない。

 本をもらってきたのも、勝手が違うかもと思ったからだ。

 廊下の蝋燭から火をもらい、部屋に戻る。鍵はそう複雑なものではなかったので少し心配だったが空き巣の入った様子はない。

 蝋燭を鏡台の前において灯りの形をイメージして魔法をつぶやく。しかし何もおきない。

 やはり少し勝手が違うようだ。 

 見えにくいが入門書を開く。そこにはまず、蝋燭程度の炎を起こし、維持する魔法を礼例にとって解説してある。蝋燭では見えにくいが、この内容は一言でいえば「ロウソクの科学」だ。

 違うのはロウソクにあたるものを魔法がどうやって作るかを解説しているところ。ここでは空気中の埃を集める仕掛けを解説している。そして空気の流れを作り、埃を集めながら空気も供給され、継続的に燃焼する魔法の蝋燭を作る方法が説明されていた。

 それらの構築に必要なのは、ご都合主義だが言霊だという。子音で対象を、母音でベクトルを指定し、継続的に実施するならプログラムよろしく繰り返しを指定する恩ではさむ。言霊は口に出しても心に思ってもよいが、初心者は間違えず覚えるように言葉にしたほうがよいとある。

 一度構築された魔法はその時に使ったいわゆる魔力により持続時間も決まるらしい。

 書かれてある呪文を言葉にしてみた。魔力のこめかたは最後に言葉で命じする。数字と単位だ。

 試しに呪文を唱え、六十秒と指定すると、今はあまりおおくない魔力のほんの一部が抜ける感じがして空中に蝋燭くらいの光の玉が浮かび上がった。

 ちょっと感動的だった。

 入門書には続いて主な子音とその発音、母音の意味が記述されている。それらを頭から読むより、覚えているはずの魔法の呪文をこれにあててみることにした。

 ライトの呪文を二時間指定で唱えてみる。十分にあかるい光が浮かび上がった。最初の魔法の光がかすむほどだ。一分がたち、最初の阿呆は消えた。

 ライトの呪文の音を入門書の一覧にあててみると、書かれていない音もあったがこれが空気中の電位を利用しての魔法だということがわかった。

 わかりはじめると面白いもので、まずは当面仕えたほうがいい魔法の練習と分析に俺は時間を費やすことにした。

 これからかかるはずだった仕事のことは一旦忘れるしかない。筋道はつけているのだから、最悪、あちらで俺が目覚めていなくてもなんとかなるだろう。大変な仕事で、前任者かた引き継いだものとはいえ思い入れはある。それにおおげさにいえば世界を変える仕事だ。正確には拡大するのだけど。

 そのためにはまずこのログアウトできない問題をなんとかするしかない。いったい自分はどうしてこうなっているのか。運営と接触できる他のプレイヤーか、運営がなにか設置してればそれをみつけないといけない。

 能力のロックを外して行動の自由をもっと得なければならない。

 灯りの魔法の次に治療の魔法を試す。この魔法も面白かった。働きかけるのは対象のおそらく体細胞。子音の意味は肉である。ベクトルは復音節で満たすという意味。補助のための音がいくつかあるが、空中の炭素、窒素、水に働きかけて回復の資源として自然治癒を無理矢理加速するもらしい。これはもしかして免疫系か、と思う記述もある。そのため少し長い呪文になっていた。

 治療魔法は擦り傷程度にはきかないといわれたが、それは呪文に対象とするダメージの程度を抑制するためと思われる節があるためだ。これをわざわざ組み込んだということは、何か不都合なことがあったのだろう。その検証はまた後ということで、

 蝋燭がとっくに消え、ライトの呪文も弱まり始めた。治療呪文だけでかなり時間を食った。あとは明日以降にして今日は寝よう。

 今日は、疲れた。

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