第25話

 翌日、昼食を食べながら早速みんなに考えを話すことにした。

 普段昼食は個別で取ることが多いが、今日は声をかけて集まってもらったのだ。今日も体調が優れずベッドで横になっている美樹を除いた全員が集まった。

「何か思いついたのね。昨日よりだいぶ明るい顔してるもの」

 リボンさんに指摘され、少し照れる。

「いやそんな大層なことじゃないんですが、昨日よりはちょっとマシな方針を思いついたというか。正直にいえば何も解決してないのですが、やることを見つけたというか……」

「いいからさっさと話せ」

 真っ先に昼飯の焼き芋を食べ終えたリーダーに急かされる。

「あ、すみません。えっと、昨日の夜にEndless Worldで何か出来ないかっていう話になったじゃないですか。それで考えてみて、都外に出る方法をひとつ思いついたんです。それは――ゾンビを撲滅する方法を見つけることです」

 皆の顔を見渡すと言葉の意味を理解できないといった様子で首をかしげている。無理もない、言葉が足らなすぎる。

「えっとだからゾンビを撲滅すればもう東京を封鎖する必要もなくなるわけで、そうしたら僕らは安全に都外に出ることができるってことです」

「ちょっと、ちょっと待って。それは分かるけどさ、問題はどうやってゾンビを撲滅するのかってことじゃん」

 抗議するように口を尖らせるササミに、マイが続く。

「そうだよ。それになんか難しくなってない? やることが。都外に出るのが目的なのにゾンビを撲滅させるって」

 妹の発言を受けてリーダーはしきりにうなずいている。ここまでは予想通りの反応だ。僕は一呼吸置くと続きを説明する。

「はい。もちろん実際にこの世全てのゾンビを僕らが退治するわけじゃありません。僕がいいたかったのは、ゾンビを倒す方法を見つけるってことです。今でも殴ったり銃で打ったりすれば倒せますが、もっと何か今までに無い弱点みたいなものを見つけられれば、きっとそれは都外に出るための交渉材料になるはずです」

「それをEndless Worldで見つけるっていうの?」

 リボンさんの問いに、僕は笑顔で答える。

「はい、まさにその通りです。みなさん知っての通りEndless Worldは現実のシミュレーターです。現実のゾンビを対象にして実験するのはとても危険ですが、シミュレーションなら命の危険に晒されること無くいくらでもゾンビで実験できます。そんな環境があれば、何か今まで他の人達が気づいていなかったことに気づけそうな気がしませんか?」

 そう、これが僕のアイデアだった。昨晩結衣からもらったヒントを元にしたアイデア。もちろんいくつかの課題はある。例えば――

「それって本当に見つかるのか?それに見つかったとしても結構時間かかっちゃうんじゃないか?」

 リーダーが怪訝そうに目を細めた。そう、問題は時間だ。美樹は日に日に弱っていく。彼女にどれだけの時間が残されているのかは不明だが、おそらくあまり長くは無いだろう。しかし、これに関してはひとつ解決方法が頭にあった。

「弱点が見つかるかどうかは正直なところ賭けですが、時間に関してはちょっと考えていることがあります。たぶん、結論がでるまでそれほど長い時間はかからないです」

 リーダーはまだ釈然としないようだが、皆は一応は納得してくれたようだった。やっと焼き芋を食べ終えたリボンさんが顔を上げる。

「それで、何か私達に手伝えることはあるの?」

「それじゃお言葉に甘えて、ひとつお願いがあります。さっきあんまり長い時間はかからないと言ったんですが、それでもおそらく一ヶ月くらいはかかると思います。その間、ここでの仕事をサボることを許してほしいです。どうでしょうか……」

 自信なさげに皆の顔を見渡す僕に、リーダーがため息をつく。

「なんだ、そんなことでいいのか。それくらいならもちろん」

「そうだな。芋生活にも飽きたし、都外に出れるって言うなら安いもんだ。頼むぜ、メガネ」

 そうしてその場は解散となった。あとは僕が頑張るだけだ。


 さて、まずは準備だ。

 闇雲にEndless Worldの中を調べてもおそらく何も分からないだろうが、実はそもそも直接的にゾンビの弱点を見つけるつもりは無い。

 さっきは説明しなかったからおそらく皆は僕がEndless Worldを歩き回ってゾンビをつぶさに観察し、色々実験をすることでなにか弱点を見つけるつもりなんだろうと思っているに違いない。例えばコカコーラとペプシコーラのどちらをぶっかけたほうがゾンビが怯むのかの実験とか――おそらくこれは無意味だが――そういうのだ。個別の実験でたまたま弱点を見つける、というのはもはや一種の賭けだ。ピンポイントで弱点を見つけないといけない。例えば弱点が実はコカコーラでもペプシコーラでもなくドクターペッパーでしたみたいなことがありうるからだ。

 僕の考えも実験をすることで弱点を見つけるというのは間違っていないのだが、根本的なアプローチが異なる。それはとにかく大量のデータを集めて、統計的に弱点を見つけるという考え方だ。とにかくたくさんのシチュエーションにおけるゾンビのデータを集めて行動パターンを解析する。そうすることで何か見えてくるものがあるはず。

 では、どれだけのデータを集めればいいのだろうか。数が少ないとゾンビが特定の行動をしたのがまぐれなのかゾンビの弱点にヒットしたのか判定できないため、データ量は多ければ多いほどよい。最低限必要な数は色々と仮定を置いた上で統計的な計算をすることで、ある程度算出できる。一回の試行で影響を与えられるゾンビの数と抽出できる行動パラメータの数を元に、少し余裕を持った数値をはじき出す。

――一万個。

 これがゾンビの行動パターンを統計的に分析するために必要な試行回数だ。

 つまり、Endless Worldで一万回死ぬ必要がある、ということだ。

「ちょっとつらいな」

 思わず苦笑する。しかしこれは予想の範囲内だ。

 次に、リーダーに指摘された時間の問題を解決しないといけない。これはおそらくEndless Worldの時間を加速するで対処できる。

 普通にプレイしていたら、一日にできる実験の数はせいぜい二〇回程度だろう。急いで三〇分に一回死んで十時間、という計算だ。これだと一万回実験するのに五〇〇日もかかってしまう。とてもじゃないが一年半もの時間はかけられない。

 そこで時間を加速する。Endless Worldはバーチャル世界だが、現実を同じ時間の進み方をする。現実で一分経てばEndless Worldでも一分が経過するし、人や乗り物が動くスピードも現実準拠だ。しかしここはバーチャル世界だ。現実での一分がバーチャル世界の二分でも、十分でも良い。これはつまり動画の再生速度を上げるようなもので、その速度を決めているのはプログラムだ。そして僕はEndless Worldのプログラムに組み込まれるコードを書く方法を知っている。

 一万回を三〇日でクリアするためには世界を一七倍速で再生すれば良い。そうすれば僕は一日に三四〇回死んで、目標のデータが一ヶ月で集まる。なんだか小学生の算数みたいだけど、紙の上ではいける。

 もちろん大きな問題がある。いくらバーチャルとはいえ一七倍速で世界を体験して毎日何百回もゾンビに殺されて、果たして精神が持つのか、だ。高速再生でホラー映画を見続けるようなものだ。

――まぁやってみるしか無いか。

 僕が得意なことはプログラミングとVRゲーム。それを活かして彼女を救える可能性があるのだとしたら、自分の精神くらいどうだっていい。

 覚悟を決めると、僕は準備をするためにEndless Worldにダイブした。

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