第21話
「かたみ?」
「はい、形見です」
聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまう。
「いや、おそらく形見、かな」
「おそらく?」
「はい……」
美樹は手にしたイヤホンを見つめると、黙り込んでしまった。不用意に辛い過去を思い出させてしまったことを後悔する。
僕らが出会うまで彼女がどのようにして生き延びてきたのか、全く知らない。しかし、シェルターにも行かず、ゾンビがひしめく学校にただ一人で居た彼女が平穏な生活を送っていたはずがないことは、考えるまでもない。
かけるべき言葉を見つけられずにいると、彼女はようやく顔をあげた。
「すみません、なんだか変な感じにしてしまって。偶然すぎてびっくりしちゃって。でもこれ、ずっといいなーって思ってたので、もらえてすごく嬉しいんです」
微笑みながら「ありがとうございます」と改めてお礼を言われた。
正直どう反応したらよいか分からない僕は、適当に頭をかいてやりすごす。
「メガネさん、骨伝導イヤホンって使ったことありますか?」
「いや、プレゼントしておいてなんだけど、実はないんだよね」
「これ、音楽を聞いていても外の音が普通に聞こえるんですよ。耳を塞がないから。その友達、音楽が好きで。BGMは好きな曲にしておきたいけどおしゃべりもしたいー、って言ってこのイヤホン使ってたんです」
美樹は何かを思い出したように小さく笑う。
「前に普通におしゃべりしてたのに突然その子が泣き出しちゃって、びっくりしたら音楽が悲しくてって言われたことがありました。おしゃべりに集中しなさいって怒っちゃいました」
「それはすごいね。感受性が豊かというか」
「そうなんです。一緒に居て、凄く楽しい子でした」
そう言うと、彼女は何かを探すように天を仰いだ。そして、意を決したようにこちらに向き直ると、
「メガネさん、お願いがあるんですけど」
と切り出した。真剣な雰囲気に、こちらも背筋を伸ばして対応する。
「よかったら、彼女の話を聞いてくれませんか。私と友達が、学校でどう過ごしていたのかを」
◇
「彼女とは一年生のときに同じクラスになって、すぐに仲良くなりました。彼女も女子高生には珍しくガジェットとか好きで、話が合ったんです。彼女、骨伝導イヤホン使ってるくらいなので、そういう電化製品とかガジェットにはかなりこだわりがあるタイプだったんです。まぁ、と言っても私のほうが詳しかったですけどね」
「自慢げだね」
「そりゃ、私の得意分野ですから。でも、彼女は私のそういう話を楽しんで聞いてくれました。二人とも帰宅部だったので、よく放課後に家電量販店に行ったりしました。あと週末にアキバ行ったり」
「秋葉原で遊ぶ女子高生っていうのは珍しいね」
「そうですか? 楽しいですよ、アキバ。また行きたいなー。彼女は電子工作はしてなかったんですけど、一緒に怪しいガジェット探したりするのは凄く楽しかったです。そういえば、Endless Worldで遊ぶようになったのは彼女の影響なんですよ」
「あ、そうなんだ。むしろ美樹ちゃんのほうが長く遊んでそうなのに」
「私オンラインコミュ障なので、ネットで人とつながるゲームって怖くて殆どやらないんです。だから、最初に誘われたときも結構悩んだんですよ。でもきっかけがあって」
「きっかけ?」
「はい、それがブルモンのライブです。私当時からブルモンのファンで、ちょうどその頃、初めてブルモンのライブがEndless World内で開催されるっていう話を聞ききまして。最初はそれを目的にはじめたんです。それが段々と彼女と一緒にEndless World内で遊ぶのが楽しくなってきて、それで気づいたらハマッてました」
「なるほどねー。オンラインのゲームちょっと怖い気持ちは僕も分かるな。最初の頃はEndless Worldで知らない人と話すのとかかなり苦手だった」
「ですよね! 私もはじめた頃はよく、会話に詰まるとネットワークの調子が悪いふりして逃げ出したりしてました」
あるあるだね、と言って笑いあう。Endless Worldの話をリアルで誰かとする機会はほとんどないので、かなり楽しい。
「そんな私が最後はEndless World内に彼氏まで出来ちゃったりしたんで、慣れってのはすごいですね……。それで話を戻すと、私と彼女はよく放課後に二人でEndless Worldに入ってたんです。学校に空き教室みたいなところがあって、授業が終わるとそこに行って遊んでました」
「せっかくの女子高生生活をネトゲで消費するとは……」
「メガネさんには言われたくないです! というか、私の場合はリアルの友達と遊んでたので、みんなが放課後に友達とどこかに遊びに行くのと変わらないですよ。遊ぶ場所がバーチャルかリアルかっていうくらいの違いで。しかもリアルでも一緒の部屋にいましたからね、私達」
きっと、沢山の思い出があるのだろう。美樹は少し遠くに目をやると、覚悟を決めたように口を開いた。
「そんなある日でした。やつら、ゾンビが発生したのは」
これまで楽しそうに思い出を語っていた彼女の表情が、一転して真剣味を帯びた。
「その日、私達はいつもどおりの空き教室でEndless Worldで遊んでました。ひとしきり遊んでログアウトしたら、ニュースアプリとかSNSとかから通知がたくさん来てて、それで知ったんです。最初は通知の意味がわからなかったんですけど、教室の窓から外を見て、何が起こっているのかを知りました。よく聞いたら悲鳴とかもたくさん聞こえてきて」
「あの日は、大変だったよね……」
「はい、最初の日にゾンビ化した人が多いって言われてますけど、仕方ないですよね。あれを見ても何が起こっているか、普通は理解できないですもん。ほとんどの人は状況も理解できないうちに襲われちゃったんじゃないかなぁ」
「分かる。現実だって受け入れるのに時間がかかるよね」
「私達は運が良かったんです。使ってた空き教室っていうのが、上のほうの階の、放課後には人があんまり来ないところにあったので。それと、あとで分かったんですけど、なんだかその教室のあたりにはゾンビも寄り付かなくて。それで、呑気にバーチャル世界にいても無事だったんです。今考えるとすごい恐ろしいですよね、外ではみんなゾンビに襲われてるのに、自分は視覚も聴覚も覆ってたなんて」
「VRは現実で起きていることが見えないのが怖いところだよね」
僕は、実家でVRゲームをしていたときに気がつけば目の前に母親が立っていた、という経験をしたのを思い出した。そのときは健全なゲームだったから良かったのものの、一歩前違えば大事故だ。
「そうですね。それで、私達は急いでネットで情報を集めて、とりあえず隠れていたほうがいいって結論になったんです。最初の二日くらいはその部屋で過ごしました。かばんに入っていたお菓子とかを食べてなんとか耐えていたんですけど、やっぱりこのままじゃだめだっていうことで少し学校内を探索しようって話になりまして。それで、もう一個幸運なことがあったんです」
「幸運なこと?」
「はい、それが、備蓄倉庫を見つけたんです。学校には災害とかがあったときに避難所になれるような装備があるんですけど、それを運良く見つけまして。そこには毛布みたいなものに加えて、大量の備蓄食料と水がありました。食料っていってもカンパンみたいなやつですが、それでもその時の私達には十分でした」
「それはすごいラッキーだね」
「そうなんです。それで、私達は本格的に籠城することに決めました。最初は家に帰りたい気持ちもあったのですが、ネットで集めた情報を見る限り電車は動いてないし、外を歩いて長距離を無事に移動するのはほとんど不可能だというのはわかっていたので」
ふと、彼女の顔に寂しさがよぎった。自宅の話をして、家族のことを思い出したのかもしれない。
「籠城生活の話は……あんまり面白くないのでいいかな。毎日カンパン食べて、彼女と支え合って生きてました。やることなかったし不安なことばかりだったけど、二人だったからなんとか正気を保ててたって感じです。喧嘩もしたけど、今思うと結構楽しかったな。こんなときに楽しいなんてなんか不謹慎ですが。あ、そういえばうちの学校が避難所にならなかったのもラッキーでした」
「たしかに、学校なら避難所になっても良さそうなのにね」
「たぶん近くに大きい大学があるからだと思います。そちらのほうが敷地も広いし。とにかく、おかげで備蓄食料は二人占めできて、何ヶ月も生き延びることができたんです。でもやっぱりその生活には限界があって。残りの食料が尽きるまで一ヶ月を切った頃から、私達は焦りだしました。なんとかしなくちゃ、って。それが良くなかったんだと思います」
彼女は一呼吸置くと、覚悟を決めた表情で続けた。
「そうして、あの日がやってきたんです」
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