第7話
「次のライブいつかなー」
翌日、大学で再会した美咲は開口一番そう言った。ライブの余韻が抜けきらないようで、昨日買ったばかりのパーカーを着てきている。
「しばらく無いんじゃないかな、新しいのは」
現実の状況を考えると新しいライブは当分の間できないだろう。
「えー、そうかなー。またライブ行きたいなぁ」
口を尖らせる美咲。きっと録画されたライブの再演ならまたいつかやるだろう。それでも十分楽しめるものだ。
「そういえば、この間は結衣の家いったんでしょ。楽しかった?」
「楽しかった! 相変わらず結衣の家は女の子らしくなくてさー、部屋にオシロスコープとかあるんだよ」
「あれ、美咲の家にはないの、オシロ」
「無いよ! 私そんなに電子工作とかしないし。いや、くれるなら欲しいけどね」
いや、残念ながら配布用のオシロスコープはうちにもない。そんな話をしているうちに、ライブ終了後の別れ際に美咲が話していたことを思い出した。
「結衣は電子工作好きなんだね。それで変質者撃退ガジェットとか作っちゃえばいいのに」
「そうそうその話。やっぱりさぁ、出るらしいんだよね、変質者。結衣の家って住宅街の中だから夜は人が少なくて、そこでこうふら〜っと歩いている人影が……」
「歩いてるだけじゃ不審者じゃなくない?」
「それがなんか後をつけられてるみたいなんだよね。最初は気のせいかと思ったらしいんだけど、なんどかそういうことが続いたみたいで」
それは確かに怖いだろう。ストーカーなのだろうか。
「ねぇ、やっぱり調査手伝ってくれないかな。何かあったら心配だし」
美咲が深刻そうな顔でこちらを見てくる。こういうのは本来、警察に頼むのが筋だと思うのだが、これはゲーム内イベントだ。自分でやらないと意味が無い。
「いいよ、やろう。犯人とっちめてやらないと」
結衣と合流して、さっそく作戦会議が開かれた。
「そいつはさ、どこから結衣のことをつけてるんだと思う?駅からか、それとも道の途中で待ち伏せとかかな」
「たぶん、駅から。駅から私の家まで、そんなに隠れられるところ多くないし。駅だったらしばらく待っていても目立たないから」
美咲が言っていたように、結衣の家は大学の隣駅から少し歩いた住宅街の中にある。夜も日が落ちてからはあまり人通りが無い。
「なるほどね。それじゃあ俺らも駅で待ち伏せして、だれか結衣のあとをつけているやつがいないかチェックするのがいいかな。それで誰かいたら、そのあとをつけてみるという感じで」
簡単そうだが、敵が現れるまで意外と忍耐がいりそうなイベントだ。
「問題は、犯人をつけたあとどうするか、だよね。声かけるのも怖いし、いきなり後ろから殴ったりしたら逆に私達が犯罪者になっちゃうし」
それはそうだ。というか、Endless Worldで犯罪行為をしたらどうなるんだろうか。考えたこともなかったけど、少し興味がある。そんなことを考えていたら、結衣が「実はね」と切り出した。
「私、こういうこともあるだろうと思って、いくつか作ってみたの」
「作ってみた?何を?」
「えっとね、暗いところでも撮れるカメラと、あとスタンガン」
やっぱり作ってるじゃん、防犯グッズ。しかし、だいたいこれでこのイベントの攻略方法は見えてきた。
「分かった!スタンガンで気絶させちゃえばいいのね。そうすれば私達が犯人ってばれないし、気絶してるうちに警察を呼んでしまえば――」
嬉しそうに語る美咲に、思わずつっこみを入れる。
「その警察に誰が説明するの?結局スタンガンで攻撃したのがバレちゃうじゃん」
美咲は「あ…」とつぶやいて少し凹んでいる様子。
「今回は結衣を付け回している証拠を集めればいいんじゃないかな。カメラあるんだし。それで証拠をあとで警察に持っていって調査してもらうとか。スタンガンはあくまでいざというときの護身用で――」
「そうそう、私もそんな感じがいいんじゃないかなーって思ってたのよね!」
俺の提案に、美咲はすかさず乗っかった。調子が良いやつだ。
「そうだね、二人を危険な目にはあわせたくないし、まずは無理のない範囲で調査をお願いしようかな」
結衣も合意してくれたので、今回はこの作戦でいくことになった。
翌日、早速行動を開始した。
時刻は午後九時半。いつも、結衣がバイトを終えて帰る頃である。
俺と美咲は駅前で雑談しているカップルを装いながら、周囲を観察していた。それほど大規模な駅では無いものの、駅前にはそれなりに飲食店なども多く、駅前で何かを待っている様子の人も数人いる。この中に犯人がいるのだろうか。もちろん、今日は空振りで終わる可能性もあるわけだが。
打ち合わせ通りの時刻に到着した電車から降りた結衣が、ホームから改札に歩いてくるのが見える。ミッションスタートだ。「日常系」が売りのEndless Worldの中においては、なかなかにスリリングがイベントである。
結衣は改札を出るとしばらく、店が並ぶ大通りを歩いていく。
彼女が駅を出たすぐ後、駅前で電話をしていた男が結衣のあとを追い始めた。男はまだ若く、上下スウェット、特に荷物らしきものは見当たらない。両手をズボンのポケットに入れて、周囲を気にするように少しきょろきょろしている。
「あの人じゃない?」
美咲が視線で彼のほうを示しながらささやく。
「とりあえず後をつけよう」
大通りは人も多く、彼女と同じ方向に歩いていく人がたくさんいる。勝負は結衣が脇道にそれてからだ。通りを百メートルほど進んだところで、結衣は大通りから道を曲がり、住宅街に入った。
少し観察したところ、結衣に続いて住宅街に入ったのは二人ほど。一人は件のスウェット男。もう一人はスーツ姿の男性だ。
「やっぱりあいつだって。明らかに怪しいもん」
美咲が耳打ちする。確かに怪しいが、怪しすぎてちょっと簡単すぎる気もする。とにかくもう少し様子を見るため、俺たちも住宅街に入った。住宅街は入り組んでおり、少し目を離すとすぐに見失ってしまう。
しばらく行くと、分かれ道に差し掛かる。事前の打ち合わせで頭に叩き込んだ周辺マップによると、この分かれ道は少し先で再び合流する。合流した先に結衣の住んでいるマンションがあるのだ。
分かれ道では、結衣は右に進んだ。すぐ後、スウェット男も右に進む。サラリーマンは左。
「美咲、念のため二手に別れよう。俺が右、美咲が左で、合流地点でまた落ち合おう」
そう告げると、俺は右手に進む。美咲は小声で「了解!」と言って敬礼のポーズを取ると、スーツ姿の男性を追いかけた。
しかし、分かれ道のすぐあと、残念ながらスウェット男はすぐにまた別の方向に曲がって住宅街の中に消えていってしまった。いや、残念ということもないのだが、ハズレだったようだ。やはりあの露骨な怪しさはフェイクだったようだ。しかし、そうすると美咲がアタリを引いたのだろうか。
急いで合流地点に向かうと、物陰から美咲がこちらを見て手招きしている。近づくと、興奮した面持ちで話しかけてきた。
「あの人、道が合流するところで結衣が来るまで隠れて待ってた。これはビンゴかも」
なるほど、それでは予定通りこっそり写真を撮ろう。そう思って男の後をつけようとしたとき、急に男が立ち止まって周囲を見渡しはじめた。俺と美咲は慌てて横道に身を隠す。
影からこっそり覗くと、なにやら男はかばんからカメラを出し、前を歩く結衣の写真を撮り始めた。これはもう間違いない。
証拠を抑えようと、美咲がカメラを取り出して男の写真を撮る。
そのとき「カシャ」というシャッター音が鳴り響いた。
迂闊なことに、シャッター音を消し忘れていたのだ。
静かな住宅街に響き渡るシャッター音。
男はすぐに振り向いて、こちらに足早に近づいてきた。
「おい、お前。俺の写真撮らなかったか」
近くで見ると40代くらいに見えるその男は、焦りと怒りが混じったような口調で詰め寄ってきた。まずい、今日は調査だけの予定で、対象と接触する予定はなかったのだが。
「いや、あれ、月を撮っただけですよ」美咲が慌てて応じる。
「じゃあ写真見せてみろよ」男も引く気は無いようだ。
前を見ると、先をいく結衣が振り返ってこちらを見ている。トラブルが起きているのに気づいたのだろう。ジェスチャーでこっちくるな、と伝える。
「いやです。それに写真にあなたが写っていたとして、なにか困ることでもあるんですか」
「プライバシーの侵害だろ。いいから見せろ!」
美咲と男がやりあっている。かなりヒートアップした様子だ。静かな住宅街に怒号が飛び交う。さっきまで結衣の写真を隠し撮りしようとしていたやつが、何がプライバシーの侵害だ。美咲にばかり任せてはいられないので、自分も参加することにする。
「ちょっとまってください。彼女が言う通り、誰がどこで写真撮っても自由です。あなたにとやかく言われる筋合いはないはずですよ」
男は暴力こそふるってこないものの、写真を消すようにしつこく食い下がってくる。これはどうするのが正解なんだろうか――と思案しはじめたところ、自転車に乗った警察官が近づいてきた。それにあわせて、結衣もこちらに近づいてくる。
「おまわりさん、ここ、ここです!なにか怒鳴り声が聞こえて――」
結衣が、警察を呼んでくれたようだ。助かった。
「どうされましたー?」
年配の警察官が声をかけてきた。俺が状況を説明する。
「なるほど。別に写真撮っちゃだめっていうことはないですけどね。みなさん念のため持ち物とか確認させていただいていいですかね」
警察官がこう言うと、男は露骨に嫌そうな顔をした。
「あ、もう俺は大丈夫です。さようなら」
いきなり逃げようとする男。
警察官はすぐに男の前に回り込むと、半ば強引にかばんを奪った。
「どれどれ、見させてもらいますよっと」
すると、すぐに警察官の顔が曇る。
「これは……どういうことか説明してもらえますかね」
かばんの中から警察官が取り出したのは、たくさんの結衣の写真だった。
その後、観念した男は、「詳しく事情を聞きたい」という警察官に連れられて近くに交番に向かった。結衣も経緯を説明する、ということでかけつけた別の警官に連れられて同じく交番へ。
「いやー、どうにかなったな」
俺は緊張から開放されて、ずっとこわばっていた肩の力を抜く。
「カメラの音なったときは終わったと思ったよね。それにしてもさー、思ったよりちゃんとした雰囲気の人だったよね、犯人。普通のサラリーマンって感じで。なんか結衣が、ふらふら歩いているとか言ってたから、てっきりもっとやばい感じの人かと思った」
美咲は先程までやりあっていたなごりか、少し興奮気味だ。それにしても、ずっと年上の男性相手に毅然とした態度で対応していた美咲、頼りになるな。
ふたりで駅に向かって歩きだす。
今日はみごとな満月だ。本当に月の写真をとっても良いかもしれない。
現実では電気を使う施設が激減したことで、街明かりが少なくなり、星空がかなり綺麗に見えるようになっていた。そのため、こんなに星が少ない空が見れるのは、VRならではだ。
ここにいると、かつての日常を思い出す。実際には、こんなリア充な日常を送ったことは無いのだが。それでも、こんな平和な日常がいつか返ってくるといいな、そんな気持ちにさせられる。今回のイベントは少し大変だったけど、終わってみると平和な日常のちょっとしたスパイスだったな。
そんなことを考えて空を見上げながら歩いていると、横を歩いていた美咲が急に立ち止まった。
「あれ。あの人、どうしたんだろ?」
美咲が向いている方を見ると、何やら様子がおかしい人が歩いてくる。
酔っぱらいのようにふらふらと、しかし顔はしっかりとこちらを向いている。
「え、嘘だろ……」
あんな歩き方をする生物を、俺は知っている。
しかし、ありえないことだ。
だってここはVR空間だ、現実じゃない。
心臓の鼓動が早くなる。
これがやつだとしたら、かなりまずい距離だ。どうする。
「あ、こっちに――」
美咲が言ったのもつかの間、やつが走り出した。
俺はとっさに美咲を押しのける。
美咲が小さな悲鳴を上げて地面に倒れ込む。
やつはもう目の前だ。
――やられる。
そう思った、次の瞬間。
視界の色が反転し、目の前に赤い文字が浮かび上がった。
【DEAD END】
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