第5話
日常系VRゲームであるEndless Worldにおいて、音楽ライブは目玉コンテンツのひとつである。Endless Worldで行われるライブは、現実でも活動をしているアーティストによるものであることが多い。
Mixorが一般に普及して以降、VR空間におけるライブはアーティストにとって当たり前の選択肢となった。もう何年も前から楽曲販売ビジネスが低迷していた音楽業界にとって、新たなVRライブという選択肢は大変に魅力的なものであった。
今日はBlue Monsters、通称「ブルモン」のライブが開催される。ライブといっても今はインターネットに繋がっていないので、過去に開催されたライブを使った焼き直しライブとなるはず。それでも十分に楽しみであった。
「ライブ久しぶり! 今回はチケット取れてよかった。セトリなんだろーなー」
美咲は朝からかなり上機嫌。過去のライブで買ったブルモンTシャツを着て、首からこれまたブルモングッズのマフラータオルをかけている。ちなみに俺も同じ装いだ。
「結衣、今日は来てくれてありがとうね。絶対楽しいから、期待しかしないでね!」
美咲は後ろを振り返って言う。
「う、うん。楽しみにしてるね」
控えめに答えたのは結衣。俺と美咲と同じ工学部の同級生で、美咲の親友だ。そう、今日は俺と美咲に加えて、彼女も一緒にライブに参加する。
美咲は以前から結衣をブルモンのライブに誘っていたのだが、なかなか一緒に来てくれなかった。これを美咲がしつこく誘い続けた結果、ついに今回、首を縦に振ってくれたということだ。もちろんライブ初参加の結衣はライブTシャツではなく普段着だった。
「ねぇ、せっかくだから物販見ようよ。結衣もTシャツ買って着替えたほうがテンション上がるよ。なんだったら私がおごるし。どう?」
早くも興奮気味の美咲は、物販コーナーへと歩きだした。結衣と一緒に慌てて追いかける。
「おごってもらうのは悪いから、自分で買うよ。せっかくだしね」
結衣と美咲は物販入り口のグッズ一覧を真剣に眺めている。ここでも、現実のライブにありそうなグッズは一通り揃っているのだ。そういえばバイト代も入ったばかりだ、何かグッズを買おうかな、と一覧を覗き込む。
少し悩んで、パーカーを買うことにした。これからの季節にぴったりだ。こうやって、徐々に自分の衣服がライブグッズに占拠されていくのは分かっているのだが、今はライブ前の高揚感で財布の紐も判断力も緩くなっているらしい。
「お、パーカーいいね。私も買っちゃおうかな」
「じゃあ、私も」
そうして、めでたくお揃いのパーカーを着込んだ三人組が出来上がった。
「ライブまでもう少し時間あるし、カフェでも行く?」
俺が提案すると、美咲は少し悩むような顔をした。
「ライブ前に飲み物飲むと、途中でトイレ行きたくなりそうで不安なんだよね。でもちょっとクッキーくらい食べたいかも。ライブで体力使うしなぁ」
さすがにライブ参加歴が長いだけあり、美咲には色々な経験があるらしい。
「わたしはどっちでもいいよ。せっかくだし、カフェ、行こうか」
結衣も賛成して、会場近くのカフェに向かった。
「つまりさぁ、ブルモンの良さはロックバンドとして信じられないくらい会場を盛り上げるかっこよさと、バラードのときの泣かせてくる表現力の幅なんだよね。わっかるかなぁ。私はロック調の曲から入ったんだけど、初めてバラード聞いたときは震えたよね、ほんとに。ひとつのライブの中でここまで振れ幅でかいと、もう受け止めるこっちはいつも大変で、終わった後は放心状態になっちゃう」
飲み物を頼まずエネルギー補給用のクッキーだけを食べながら、美咲はブルモンについて熱く語っていた。俺と結衣はそれを黙って聞いている。
「美咲は、どうしてBlue Monstersが好きになったの」
結衣の質問に、美咲は待ってましたとばかりにまくしたてる。
「もともと名前くらいは知ってたんだけど、最初にはまった曲はRock Monsterかなぁ。ライブの動画をたまたまネットで見てかっこよすぎて感動して、それで他の曲を調べた感じ。ライブの定番曲なんだけど観客と一体になる感じがすごい良いんだよねぇ。サビのコールがちょっとむずかしいんだけど、覚えるとかなりテンション上がるの。今でも一番好きな曲かも」
俺はアイスカフェラテを飲みながらそのやりとりを眺めている。Rock Monsterはブルモンの代表曲で、俺も好きな曲のひとつだ。今回のライブでもやるだろう。
「そろそろ開場時間じゃないか。まだ開演までは時間あるけど、そろそろ行くか?」
「待って、クッキー食べちゃうから」
美咲がクッキーを食べ終えるのを待つと、皆でカフェを後にした。
Blue Monsters、通称ブルモンは女子4人組からなるガールズバンドだ。
デビュー五周年をむかえ、夏フェスの常連でもある彼女たちには現実でもかなりの数のファンがいる。特に、美咲が言うようにロックからバラードまで幅広い歌唱力を持つボーカルYukiの人気は高く、現実でもゾンビが現れる前まではテレビでその顔を見る日も多かった。
ライブは、先程まで話題に上がっていた定番曲「Rock Monster」からはじまった。難しいと言われるサビのコールも、完璧に決めてやった。オープニングから三曲立て続けにロック調の曲が続くと、一度MCに入る。
「エンドレスワールドのみんなぁ!!ついてこれてるかぁ?」
Yukiお得意の煽り系MCで、会場の盛り上がりは早くも最高潮だ。
「今日はねぇ、ちょっとだけ短いライブだけど、その分ぎゅっとアガる曲詰め込んだから、最後まで楽しんでってね!それじゃあ次の曲は――」
Yukiの紹介に続いて再びロック調の曲が続く。個人的にはバラードも好きなのだが、今日はロックメインのようだ。
Yukiが言うように、本日のライブは一時間ほどと若干短め。稀にしか開催できない現実でのライブと異なり、いつでも気軽に開催できるEndless Worldsでのライブは尺もさまざまで、一時間や、あるいは三〇分なんていうライブも存在する。
少しポップな曲をはさみつつも五曲ほどを一気に歌い上げると、ステージを縦横無尽に動き回っていたYukiは、一度センターに戻って水を飲んだ。
「実はねぇ、今日は次の曲で最後なんだ」
客席のそこかしこから「ええぇぇぇ。終わらないで!」という悲鳴が聞こえる。お決まりの流れだ。
「ありがと。またみんなと会えるの楽しみにしてるよ! それでは最後の曲、聞いて下さい――」
あっという間にライブが終わると、俺達は会場の外に出た。
「ほんっとうにさいこーだったね……ねぇ、私やっぱりもう一枚ステッカー買ってくるからちょっと待ってて」
美咲はそう言い残すと、足早に物販コーナーに向かう。ライブ終了後も物販はやっているのだ。結衣と二人残された俺は、今回ブルモンのライブ初参加の彼女に感想を聞いてみることにした。
「どうだった? 今日はロック系の曲が多めだったけど、楽しめたかな」
「うん、とっても楽しかった! お客さんのノリも良くて、ほんとに愛されてるバンドなんだなぁって思った。美咲の誘いについてきてよかった」
「それは良かった。ブルモンのファンはみんな良く訓練されてるよね。コールとかも完璧だし。それがまたブルモンのライブの楽しいところだよね。あとYukiがMCとか曲の合間に客を盛り上げるのが本当にうまい。あれは天才」
すると、物販の袋を抱えて満面の笑みを浮かべた美咲が戻ってきた。
「ブレスレットも買っちゃった! ライブ前に買えばよかったか。まぁ次のライブで使えばいっか。結衣も楽しんでくれたようで私は嬉しいよ。それじゃあぼちぼち帰りましょうかね。あ、そうだ! 私、今日結衣の家まで一緒に行くから」
「お、女子会でもするの?」
「いや、実はね……結衣、あれのこと言ってもいい?」
さっきまで笑顔だった美咲は、急に真剣な顔になった。
「うん、いいよ。隠すことじゃないし」
「実は、最近結衣の家のまわりで変な人を見たんだって。なんか、ふらふら歩いてる男の人。酔っぱらいみたいにも見えたみたいだけど、最近何度も見たらしいから心配になっちゃって。今日は家まで付き添おうかなぁ、って。ついでに女子会もできるしね! ブルモンについてもっと語りたいし」
「え、そうだったんだ。大丈夫? 俺も行こうか?」
「女子会って言ったでしょ! だいじょーぶ! 君は家に帰って、今日のライブの復習でもしていなさい」
そう言うと、美咲は結衣の腕にひっついて、にやりと笑った。
まぁ、二人なら大丈夫だろう。そもそも、Endless Worldsはバッドエンド系のできごとが無いゲームなはずだし。
俺は「了解!」と言うと、二人とは違う方向に歩き出した。
◇
キリがよかったので、いったんEndless Worldsを終了して、現実に帰還する。
時刻は一八時。ちょうど夕飯の頃合いだ。マッサージチェアを降りると、みんなのいるフロアに向かった。
二階につくと、何やら騒がしい。
声がする方に向かうと、そこには見覚えのない男性がひとり、皆に取り囲まれるようにして立っていた。
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