空と糸

「ディムが消えていく。殿下が勝ったのね」

 天へ昇っていく青白く輝いた結晶を見届けたアメリは感慨深く呟いた。

 廃都の壮絶なる死闘は終幕。彼女の信じた正義は最後には悪へ打ち勝ったのだ。

 アメリは瓦礫を支えにしてなんとか立ち上がると、おぼつかない足取りで勝者の元へと歩を進めた。

 煌めく太陽に照らされて、一歩、一歩と生を噛みしめるように歩く。

 そして、

「アメリ!? おい、無理するな――」

「ルイ殿下!」

 大事を終えて脱力していた勇者を正面から力強く抱きしめた。

「戦いの激しさは耳に届いていました。よくぞご無事で」

 聖霊術士の少女の涙が堰を切って流れ出した。

「ありがとう。アメリの祈りは神を通して俺に届いたよ」

 泣きじゃくる彼女を見て一息ついたルイは、その細い背中と亜麻色の髪を安心させるように何度も撫でた。

(恐ろしい相手だった。アルターの加護に耐性があるとはいえ、あれ程までとは)

 ビノの援護がなければどうなっていたか。実は最後に敵を倒した戦闘の流れは途中からルイの頭の中にはあったが、それでも厳しい状況である。負傷は免れなかっただろう。

(俺が絶対に勝っていたさ。もう大切なものを失わないと誓った、それに――)

 邪神シュマはディムの比ではないだろう。こんな場所で倒れて等いられないのだ。

 次の戦いこそが、誠に世界の命運を決するとなるのだから。一度まででもない、二度ももらった命の大事さを勇者は心の中で噛みしめた。

 程なくして、

「殿下も感じておられましたか。私自身もこの一連の流れは神事と思っております」

 涙がおさまり幾分か落ち着いた様子になったアメリが、感嘆したように言った。

「地が揺れて大量の葬民が遠ざかるや消えた。凄まじい力を宿された殿下が私を救った。そして最後は私は朧げなのですが、殿下は驚かれたでしょう、戦いの最中に神の矢が降ってきてディムが裁かれたではありませんか。全ては神のお導きだわ」

 ルイは多少ぽかんとしたものの、彼女が話の通りに思うのも無理はないと思った。

 霊剣の覚醒はともかく他の点だけは厳密にいえば似たようで違う。彼女が知らない重要な事柄があと一つある。戦いの勝利を呼び起こしたのは神自身ではなく奇跡的に復活を果たし、死の淵にあった勇者を全快させた神のしもべなのだと説明しなければならない。

「確かに霊剣の力は君の言う通り神の奇跡で間違いない。けど他は少し事情が――」

「おーい。お二人さんや、感動の再会もいいが、本日の功労者の事も気にかけてくれ」

 噂の元である青と白の髪色の少女の呆れた声が開きかけた勇者の口を封じた。

 唐突にも程がある。アメリとルイは二人揃って仰天し、抱き合ったまま転んだ。

 いつのまに近づいてきたのか。腕を組み拗ねた表情をした神獣ビノが、アメリの後ろに立っていたのだ。桃色の衣装は所々擦り切れたり破けたりしている。

 ルイはアメリと共に立ち上がると、やれやれと頭を掻きながら抗議をした。

「もう、おどかさないで下さいよ」

「さっきからおったぞぇ。勇者が娘に夢中で気を抜かしているのが悪い」

 神獣は飄々と受け流す。

 アメリは突然現れて勇者へ偉そうな態度をとる彼女に面をくらっていたものの、その愛らしい顔に覚えがあった事を思い出して頓狂な声を出した。

「って、あなたはもしかして――いや、でも」

 しかし俯いて考える。アメリの世界ではその存在が、今も生きている事など有り得なかったのだ。神獣は戦死したと、隣にいるルイ本人が言っていたではないかと。

 困惑するアメリへ、ようやくルイが事情を語り出す。

「君は何故ビノ様が生きているんだと驚いたと思う。俺も同じさ、まさかビノ様が死の淵ら生還して俺を追ってくれていたとは」

「何ですって!? そんな事が……まさに奇跡だわ」

 衝撃の事実を知らされて驚愕のあまり言葉を詰まらせたアメリに、神獣が「まぁビノは神のしもべだしな」とおどけるように言って彼女の肩を叩いた。

 アメリは数秒置いてから、したり顔のビノに尋ねる。

「ではビノ様、あなたが殿下と再び相見えたのは――」

「勇者がディムにボコられた後だ。傷はビノが治してやった。それだけじゃなく、葬民を撹乱させ全滅に追いやり、この自慢の牙を風が纏う程速く投げて親玉に致命傷を与えたんだぞぇ」

 ビノは神事の真相を明かすと、得意げに自身の牙を驚嘆するアメリに見せた。

「そういう事だったのですか。ビノ様と殿下の不思議な力で勝利の道を創ったのですね」

「うむ。アメリといったな。ビノ達は拾ったこの命を懸け邪神に挑み、必ずお前の兄とメネスの平和を取り戻す。だから、もう一度我らに未来を託してはくれんかえ」

 深々と頭を下げる。神獣直々の頼み事にアメリは一瞬面くらったものの、迷わず頷いた。

「勿論です。でもそれには私も加わらせて下さい。だって、私もメネスへ生きる者なんで

すから」

 頭を上げて下さいとアメリは言って、真剣な顔つきをしたルイへも片目をつぶってみせる。

 勇者は彼女に力強く頷き返すと、広場の方へと視線を移した。そして右手を宙に翳す。

 聖霊術士の少女も彼が何をしようとしてるかわかっている。彼女も右手を宙に翳した。

 二人の若者は神獣が見守る中、メネスのため散った戦没者へ祈りの印を結んだ

(聖なる神々の信徒達よ、俺達は絶対に邪神を滅ぼしてみせる。今はどうか、安らかに)

 勇者になった男の鋭い眼差しは、邪神が待つ王都の方向へと向いている。

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