二対一
ルイを親玉の元へ向かわせるために大量の葬民を単騎で引き受けた神獣ビノ――疲弊しかけてはいるものの、数多の数をものともせず全滅寸前まで追い詰めていた。
「よいっと」
ビノは後方から奇襲を仕掛けてきた葬民を振り向きもせず、牙の槍で突き刺した。
一呼吸した後、青と白が入り混じった髪をかき上げた彼女は、
「ふぅ、どうした葬民共。遠慮しなくてもいいんだぞ」
怖気ずいて攻め込めないでいる数十匹の亡霊へ向かって叫んだ。
四方八方から強襲しようが結果は同じだった。ビノを疲れさせる以外、何の傷も負わせれない。一体、この短時間でどれだけの葬民が特攻し、青空に昇天していったのだろうか。
その数は次々と蹴散らしていた当人ですらわからない。
「来ないのなら、ビノが行くぞぇ?」
少女の形をした神獣から迸る凄まじい気迫に苛まされ、葬民が硬直する。
「ふッ」
ビノが大地を蹴りあげて飛び跳ねた。瓦礫の上にいる一体、水路の前にいる一体、壊れた白蛇の像の隣にいる一体、ものの僅かで十体近くの葬民が抵抗もできず散った。
決定打。完全に勝機を失った葬民達はビノから蜘蛛の子散らすよう一斉に離れ、廃都から出ていったのである。
「結局殆どの奴らを相手にするハメになったか。はぁ、久しぶりに堪えたぞぇ」
敵の気配が全て消えたと判断したビノは、その場へ崩れ落ちるように座った。
息も乱れる。力を取り戻していない現状では体力の減りも早い。すでに満身創痍だ。
(ったく勇者はどうしたんだ。あの閃光を使えばフィニッシュだろうに)
問題でも発生したのかと、送り出した勇者の状況を確認すべく旧王宮だった建物の方向へ視線を移した。
「ほぅ。空を飛んでおるアレが敵将か、かなり強そうな輩ぞぇ」
眼下に映る壮絶な死闘。翼が生えた葬民のような邪悪な化け物と勇者が戦っている。
そして状況は、芳しくないようだった。
「こりゃ時間がかかるわけだ。してもなぁ、あのままだとマズイな」
ビノが白い眉をひそめた。勇者は圧倒されていた。霊剣を失い、驚異的な身体能力をもってして、なんとか敵の攻撃から逃れているのだ。
「全く。世話のやける勇者ぞぇ」
もはや座っている場合ではない。再度瞳に真剣の色を宿したビノは、気持ちを奮い立たせて、よろけながらも立ち上がった。
そして瞳を閉じ、胸に手を当てて思案する。自身が開けた大穴の位置から随分と距離をおいてしまったのだ。今から戦っている場所へ向かってもその間に勇者が負けてしまう可能性が高い。
(遠すぎるな。ならばビノができる事はただ一つ――)
開眼。神獣は八重歯を折って得物を生成した。それを肩の位置に構え、勇者へトドメをさそうとしている異形を睨む。
(待ってろ勇者。ビノの中にある全ての力をこの一投に込め、お前を助けてやる)
集中。呼吸を整えた神獣は雄叫びをあげ、助走をつけて牙の槍を投擲する。
「あたれ――!」
風を巻き込み、凄まじい速度で死闘現場へと飛んでいった。
そして場面は変わる。死の断頭台に立たされた勇者へ、審判が下る時が来た。
「終りだ。長きに続いたフェンブルの血を、僕が断ち切るんだッ」
異形の巨大な拳が失意のふちに立たされた勇者へと下ろされる。
それでも――
「外したのか、僕が」
ディムが不機嫌そうに鼻を鳴らした。何故なら、ルイが紙一重で手刀を回避したから。
「俺はもう負けない。お前達を打倒して必ずメネスに平和を取り戻す」
諦める事なんてできないと、黒い瞳に宿した勝利の光は消えていなかった。
命を刈り取る一撃を避けた後に瞬時と後方へ距離をとった彼は、どうすれば危機的状況を好転させる事ができるか、それだけを思考する。
「え」
刹那――風を切る轟音が彼を通り過ぎたと同時に、何かが破裂する音が響いた。
ルイは大きく黒い目を見開いた。理解が追いつかなかったのだ。
「アンギァァァァッ!?」
ディムが奇声をあげてひっくり返り、石床をのた打ち回っている。絶痛のあまり、苦悶の表情を浮かべていた。
無理もない。何故ならその右肩から手の先までがゴッソリと消失していたのだから。
「な、何が起きたというんだ!?」
突然の出来事に動揺して頓狂な声をあげたルイは、彼を助けた者の大声で我に返った。
「今ぞぇ。勇者よ、さっさと霊剣を拾え!」
「ビノ様!?」
敵に見つからないように身を伏せたのか、姿は視認できない。
落ち着きを取り戻したルイはビノの援護に感謝し、すぐさま霊剣が落ちている場所へと向かった。
「はぎぃぃ、効いたよこれぇ。ホント面白いよ、まだ奥の手を隠していたなんてッ!」
その間にディムが復活。翼を羽ばたかせてバランスを取ると、宙へと浮いた。痛みに顔をしかめてはいるものの健在である。
「痛すぎる、何を使ったんだよもう……腕取った奴も勇者も絶対殺す!」
赤い有鱗目を怒りに爛々と光らせて、深傷を負わせた者の声がした方向を警戒しながら見失った勇者を探すも視界には映らない。その数秒の時間が決定的なミスとなったのだ。
「隠れたか虫けら王子! 霊剣なんぞ拾ったって――」
「よそ見をしている暇があるのか」
「はひぃ!?」
今更振り返っても遅い。後方だ。悠然と立つ勇者の霊剣は煌々と輝いていた。
三度目の不意打ちを受けたディムは憎悪の念に浸食され、勇者が霊剣を拾い上けた事と青白い鱗粉のような光が自身に纏わりついていた事にも視野が入らなかったのだ。
「俺を先に潰すべきだったな、ディムよ。神の裁きを受けろ」
霊剣を空に切り発動。地表から湧き出た聖なる光の奔流がディムに襲い掛かる。
だが――
「手負いだから当たると思った? 何度同じ技を使おうが無駄だ」
素直に当ってやるまでディムは甘くない。反射的に横方向に旋回し、先のように光が噴出する範囲から脱したのである。
しかし、それすらも勇者の想定の範疇にあったのだ。
「お前が避ける事ぐらい考えていたさ」
ルイは瓦礫の一部を踏み台に利用して大きく跳んだ。
攻撃を避けて丁度真上の位置に出てきた異形を、後ろから真っ二つに切るために――
「終りだッ」
「は、ががが?」
ディムが自身の肉体の違和感へ気づいた時にはもう遅かった。
「あれ、身体が分かれちゃった……?」
一刀両断。着地した勇者を見てようやく自分が切られた事を認識して離れていく胴体を引き寄せようとしてたがもう遅い。邪神の手先は高度を失って爆散した。
死闘決着である。勇者は悪心の化身に打ち勝ったのだった。
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