進撃の日

 廃都マイム。かつて戦士フェンブルと賢者ペロム、そして神獣ビノが邪神と壮絶な闘いを繰り広げた都市だった場所。

 街を囲む豊かな緑が邪神の青い血で穢され、戦いの終結の同時に人々が離れた土地だ。

 そして長きを経た現在。大昔の出来事の再来か、復活した巨悪の血を全て殲滅せんと聖なる加護を受けし者達が再び森を訪れていた。

「またこの地を訪れる事になろうとはな。敵の隠れ家見えてきたぞぇ、勇者」

 神獣ビノ。二人の英雄と共に邪神へ挑んだ神のしもべ。

「ここがかの廃都マイム。しても凄い葬民の数だ、ここのどこかにアメリがいるんだな」

 勇者ルイ。フェンブルの霊剣を継ぎし、エリオット王家最後の人間。

 二人は紫色の不気味な森を進み、ついに中央部まで到達していた。二人は菖蒲色の茂みにしゃがみ込んで身を隠し、なだらかな斜面を降りた先にある廃都マイムの様子を探る。

「うじゃうじゃいてしんどいぞぇ。勇者よ、もう一度霊剣の真なる力を解放して葬民共を根絶やしにせい」

 興奮で瞳を輝かせたビノがそう提案したものの、

「どうでしょう。次の戦いでもあの輝きを出せる確証はありません。自分でも、どうして霊剣の力が増したのか掴めなくて」

 ルイは何も変わらない様子の霊剣に視線を移すと、渋面を作り首を横に振った。

「ビノ様もおっしゃったではないですか。フェンブルが使用した際は出なかった力と」

「うむ、ビノも感じた事がない霊位だった。アレはぶったまげたぞぇ」

 ビノが両目を瞑り腕組をして唸る。当時を知る神獣も知識がない未知の霊位だったのだ。

「しかし勇者の話を聞く限りでは、アルター様が霊剣に施した力だと推測できるが」

「やはりそうなのでしょうか。あの声はアルター様の導きだったのかな」

 不思議な感覚にアルター神であろう者の声。霊剣覚醒に関する謎は深まるばかりだ。

 神獣は頭をぽりぽりとかいてから一息吐くと、飛び跳ねる勢いで立ち上がった。

「らちがあかんぞぇ。発動条件がわからぬのだ。せっかくの祝福だがあてにはできぬぞ」

「えぇ。神の霊魂が一時とはいえ、御支援して下さったと思いましょう」

 勇者は起き上がると片手を祈りの印を結んだ後、本題を切り出した。

「それで、アメリがいるだろう可能性が高い場所ですが」

「街の中央にある当時の王宮か。うん、その一帯に葬民が集中しておるようだ」

 ルイとビノの鋭い視線は、揃って廃都中央部に位置する巨大建造物に向けられている。

 そこに至るまでどう行動するか、二人の考えも一致していた。

「敵の長がいる可能性も高い。ただ、隠れながら進むのは無理です。ならば――」

「正面突破。正々堂々突撃してやろうではないか」

「えぇ。元よりその方法しかありません」

「違いない。では、参るとするか」

 ビノは言い切ると同時に動き出した。勇者も続く。二人は長い斜面を一気駆け降りる。

「???????」

 葬民らが勇者一行に気がついた。街を囲んでいたであろう朽ちた城壁の上に門の脇から飛び出すと、生者を抹殺すべく襲いかかってきた。

「天に召されい!」

 聖なる光の奔流を身に宿した神獣は大地を蹴りあげ、射抜かれた矢のような速さで特攻していく。蜥蜴の亡霊に変化した人間の魂達は反撃をする間もなく次々と胴体を真っ二つに裂かれ、昇天していった。

「まだまだ来るぞ勇者ッ」

「はい!」

 勇者はビノの前へ出た。葬民は巣から這い出る蟻の如く遺跡の中から這い出てくる。

 そして、霊剣を振り翳し力を込めたその時だ。またも例の感覚が身体中を駆け巡った。

「くッ……またか!?」

 そして――

『彷徨いし魂を救い続ける者よ。勇気と慈愛に満ちた汝に祝福の聖恩を……』

 今回は、はっきりと頭の中に入ってきたのだ。聴いているだけで癒されるような、女性と思われる透明な声色が。

(アルター様の加護に違いない!)

 勇者は確信した。

「うぉぉぉぉぉッ!」

 激しく点滅し、溢れんばかりの青白い光に包まれた霊剣を、数多の葬民へ向けて思いっきり振るった。すると数秒後、突如として聖なる光が周囲一帯へ円状に発生したのだ。

 次の瞬間には光はうねり、間欠泉から吹き上がる蒸気のように上空へと噴出する。円の範囲内へいる亡者達はどこにいようがおかまいなしに断髪魔の叫びをあげながら、平等に天へと昇華していく。

 光の円が消失し終えたその場に葬民は一体たりともいない。ものの僅かの時間だった。

「なんだ、使えるなら使えると事前に言えよ」

 後方ではビノが驚きのあまり腰を抜かしていた。さしもの神獣も放心状態である。

「ムットの時よりも規模が大きかったぞ。これが霊剣に隠されし真の力なのか?」

 驚異の必殺技を見せたルイは不思議にも落ち着いていた。何故だろうか、大げさなものではなく、忘れていた感覚をただ思い出しただけと感じられたのだ。

(まだ終わりじゃない。この力を使ってアメリを救うんだ)

 そして次の行動に移るべくビノを起こす。

「行きますよビノ様。このまま突っ切りましょう」

 騒ぎを聞きつけた葬民がわらわらと駆けつけてきたのだ。大技を放とうが、古都の一部分にいた敵を一蹴したに過ぎないのである。

 冷静さを取り戻したビノは差し出された手を掴んで立ち上がった。

「勇者よ。その力は、やはり」

「ビノ様の予感通りアルター様が下さった新たな加護でした。詳しい話は戦いが終わってにしましょう」

「なんと……! うぅむ、把握したぞぇ」

 激走再開。勇者とビノはそのぞれの得物で、古都内に蔓延る葬民を倒しながら中央部を

目指す。圧倒的だった。葬民は傷一つつける事さえできなく返り討ちになっていく。

 破竹の勢いで進撃する二人は、ついに王宮前の広場へたどり着こうとしていた。

「あれはッ」

 ルイは目に映った光景に騒然とし、ショックで息を詰まらせた。

 古代の闘争で砕かれ穴だらけになった広場。そこには数えきれない程の人間の骸が散らばり、その上を夥しい数の葬民が踏み鳴らしていたのだ。

(俺達が勝っていれば、彼らは死なずに済んだんだ。もう負けない、俺は絶対に――)

 もう愛する国民の変わり果てた姿を見たくない。強い後悔が、邪神打倒への原動力に加わる。勇者は足の回転数を上げた。

「むぅ。ビノ達に気づきおったようぞぇ」

 勇者と並走する神獣は琥珀色の双眸を険しくする。

 視認されたようだ。数体の葬民が奇声を発し周りの仲間達に敵襲を呼びかけている。

(してもなんて大軍だ。一刻も早くアメリを助けなければいけないというのに!)

 覚醒した霊剣を使おうにも簡単には突破できないだろう。焦燥の汗がルイの頬を伝う。

「??????????」

 殺意が最高潮に達した葬民らはなだれ込むようにして突撃してきた。

 激戦始動。腹をくくった勇者は気合いを入れるように頬を叩き、

「行きますよ、ビノ様。奴らを早々に全滅させてアメリの元へッ」

 ビノへ気合いの声を掛けたのだが――

「勇者よ、ここは任せてお前は王宮へと急げ」

「なんですって!?」

 予想外の返答が返ってきて足を止めたのだ。牙の槍を生成しながらビノは続ける。

「邪魔なあいつらはビノが遠ざける。お前は親玉を倒し、娘を救うのだ」

「この数を一人で相手するのは無茶です。俺だって王宮まで抜けきれるかどうかッ」

「誰に言っている? ビノはアルター神のしもべぞぇ。葬民共がたばになろうとも無問題よ、勇者が進む道だって切り開いてみせようぞッ」

 啖呵を切ったビノが「むんッ」と牙の槍に力を込めて叫ぶ。すると得物は元のサイズよりも更に増長し始めたのだ。

「いけませんッ。ご身体の調子も戻っていないのにそのような力を使っては!」

 勇者はそれを見て顔色を青くした。今のビノでは負担がかかり過ぎるのだ。

 ビノは聞く耳もたない。軽々と巨大な得物を掲げ、ダイナミックな投擲動作に入った。

「案ずるな。丁度体が暖ったまってきたところだったんだッ」

 少女の細腕から射出された豪槍は激しく風を切って葬民の波へ直撃する。そこには閃光の渦が発生、次の刹那には耳をつんざく程の爆発音が響いた。

「うぉぉぉぉぉッ!?」

 ルイは衝撃の凄まじさのあまり、素っ頓狂な声を出した。地の揺れが起きたかのように地表が揺れる。牙の槍が直撃した場所へいたはずである夥しい数の葬民らは、もはや一体たりともいない。変わりには、そこら中にある古代の闘争で出来たものと同じような深い穴があった。

「道は作った。なに、霊剣の力でぱぱっと打ち取ればビノも疲れなくてすむぞぇ」

 肩で息をするビノが唖然としかける勇者へ叫ぶ。

 決死の想いを無為にはできない。ルイは顔を引き締め直して頷くと、助走をつけて大穴をひとっ跳びした。

「もうひと踏ん張りだ。こんなところでへばっていては邪神など到底倒せぬ」

 勇者を見送ったビノは胸に手を当てて身体への様子を確かめ終えると、大穴の周囲に集まってきた葬民達へ向け、人差し指を立て挑発した。

「さてと。いこーか葬民共。まとめて煉獄送りにやるぞぇ」

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