明かされた正体

 極限の緊張感に包まれた宮殿のエントランスホール。

 先に仕掛けたのは――

「こっちからいくよん!」

 ヴァネッサだ。地を蹴り上げ、恐ろしい速度で勇者一行に特攻する。

「アメリ! 君は援護を頼む!」

 いち早く前に出たミックがアメリに指示を飛ばす。

「えぇ!」

 彼女が返事をした瞬間には、ヴァネッサとミックが刃を交じらせていた。

「小手調べと行こうじゃないの! 仮面のお兄さんッ」

「ほざけッ、うぉぉッ!」

 ミックは短刀を弾くと、すかさずヴァネッサの胴体目掛けて突きを繰り出す。

 女頭目の亡霊は踊るような身のこなしで避けるが、勇者は連撃の手を止めない。

 だが、

「フフフ、そんなんじゃあたしは捕まえられないよッ!」

 剣筋を読まれてるのか全く攻撃が届かない。ヴァネッサはミックが喉元を狙った一撃を真上に跳躍して回避する。間髪いれず、ミックの後方をとった刹那。

「ちょいちょいこれで終っちゃう――うぁッ!?」

 ヴァネッサの身体を複数の青白い光弾が掠める。アメリが隙をついて放った霊護符だ。

 女頭目の亡霊は苛立たしげに眉をひそめると、飛びのくように離れた。

「忘れてたわ。すっげー邪魔なクソガキがいるんだったね」

「亡霊おばさん、ピチピチスベスベの十七歳の俊敏な攻撃を避けるには苦労するでしょ?」

 アメリは平静を装ってヴァネッサへ皮肉を返したつもりだったが、ふいをついた攻撃をまたも軽く避けられた事への驚愕は隠せなかった。

「助かったぞアメリ。見事だ」

「見事だ、じゃないわよ。しっかりしてよねもう。初っ端からハラハラしちゃったわよ」

 動揺のせいか駆け寄ってきたミックの脇腹を必要以上の力で小突いてしまうものの、彼はびくともしない。

「予想以上の速度だな。やはり簡単には終わらせてくれないようだ」

 手は抜いていない。ヴァネッサの動き全てが尋常ではなく速いのだ。

「あの素早さは脅威ね。怨魂の程度とやらが他のとは違うって話、嘘じゃないみたい」

 アメリが丸く大きな碧眼をより険しくしたところで、大きな欠伸が響いた。

「作戦会議は終わったかな。さっさと来てよ、まだまだこんなもんじゃないっしょ?」

 ヴァネッサは背を伸ばしながら言った。勇者一行とは対照的に余裕そのものものだ。

(惑わされるな。冷静に、自分の感覚を信じるんだ)

 ミックは一息吐いて気を落ち着かせてからヴァネッサと対峙した。次の連携について確認すべくアメリに声をかける。

「奴は君を非常に甘く見ている。これは絶好の機会だ、あの霊護符をお願いできるか?」

 勇者の言葉を受ける前にはアメリはすでに、アルターとは違う神の加護を受けた霊護符を手に取っていた。

「ムカつくくらい油断してるものね。やるなら今でしょう。今朝降霊して下さった神のありがたいご加護を使わせてもらうわ」

「期待している。それでは――」

「今度こそ。ぶっ倒すわよッ」

 作戦会議終了を合図にミックとアメリは散開。それぞれヴァネッサへと駆ける。

「さてと、仮面のお兄さん、お次はどうやって攻めてくれるのかな!」

 ヴァネッサも動き出す。彼女の狙いは一貫してミックだ。アメリを端から無視しミック目掛けて跳ねた。

「はぁ!」

 振り下ろされた短刀をミックは横っ飛びで回避、隙を与えんと首を狙い霊剣を振るう。

 しかしヴァネッサはしゃがみ込んで危機を逃れると、

「あたしにはこれもあるんだよんッ」

 お返しに蹴りを入れてきた。ミックは運よく初撃を逃れたものの、予想だにしない敵の体術へ反撃も許されず、後退を余儀なくされる。ただの蹴りではない。スリットの中から次々と繰り出される華麗な突き蹴りはさながら槍撃のようだ。

「まだまだこれからッ。あたしの下着を見てる暇なんかないよ!」

「ふざけるなッ」

 心中を乱そうとする言葉は無視できるものの霊剣さえ振る間もないのは事実。

 それでもミックは猛攻を耐えながらも待っていたのだ。

「善の雷公ミカヅチ様の加護を宿し霊護符の力、とくと味わいなさい」

 野放しにされた勇者補佐の聖霊術士が放ったとっておきが発動する時を。

「まーたおぼこ女の霊護符か。ウザいんだからなぁ」

 背まで伸ばした黒髪を振り乱すヴァネッサは、ミックの後方に浮かぶ金色の小さな球体を視認した。一瞬面食らったものの大した事のない小細工だろうと結論づけると、短刀と蹴技のコンビネーションで勇者代理を部屋の隅に追い込む。

「うぐッ――!」

「アハハッ。一発入れちゃったね!」

 とうとうミックの脇腹へ痛烈な一撃を入れた。鎧を装備した大柄な体躯が軽々吹き飛ばされ、壁にかけられたアルター神と配下の神々を描いた絵画へと激突する。

「ミックッ!?」

 アメリの悲痛な叫びは届かない。ミックはずるずる落ちると、ピクリとも動かなかくなった。ヴァネッサは勝利を確信しほくそ笑むと、トドメを指すべく目標へ向かう。

 その時、例の球体が耳のつんざくような音を出した。

「はぎゃあ! うるさッ!?」

 驚いたヴァネッサが耳を抑える。球体は破裂した。同時に神々しさをも感じさせる閃光が発生する。あまりにも眩しすぎるために、ヴァネッサは元より発動主であるアメリも思わず両手で目を覆った。

「こ、こんな……う、あぐぇッ!?」

 次の刹那にはヴァネッサだけにある異変が起きていた。放出された光をまともに受けると、突如苦悶の表情を浮かべて膝から倒れだしたのだ。

「はがが、か、体が痺れるゥッ!」

 もはや自由が効かないようで奇声を出しながらのた打ちまわっている。

「ミカヅチ様の霊護符はどう? あなたが大好きな刺激をたっぷり放出してあげたから、楽しみなさい」

 言いながら、アメリがヴァネッサへと接近する。

 善の雷公ミカヅチ。その名の通り雷を司る神である。力を借りるには炎将ヴァルを扱う際よりも聖霊術士として高い実力を認められる必要があるが、アメリはその水準へ軽々達していた。

(ミック、ヴァネッサを倒したらすぐに行くわよ)

 敵を追い詰めたがミックは未だ意識が戻っていない状態だ。爆発しそうな焦燥感を抱えたアメリは、蹲り震えているヴァネッサへとアルターの霊護符を飛ばした。

「いい気になんなよ小娘……」

 ヴァネッサは僅かな力を振り絞り、眼前に迫る霊護符を短刀で弾く。

「え、あれをくらってまだ動けるの!?」

 想定の域を超えた敵の耐久力にアメリは狼狽える。

「往生際が悪いわね! ――当たりなさいってば、ああもう!」

 近距離から霊護符を投げ続けるが直撃すらしない。業を煮やしたアメリは直接霊護符を当てるべく駆けだした。

「これで終わりよッ」

 冷静さを掻いたアメリは、ヴァネッサが不敵な笑みを浮かべた事には気がつかない。

 女頭目の邪霊は聖霊術士の少女が肉薄してきたと同時、回し蹴りを仕掛けてきた。

 避けようと考える前に腹へ直撃。アメリはミックのように後方へ吹き飛ばされ、大理石の床に落ちた。

「――」

 激痛で痛みの叫び声も出せない。ただただ、手足を泳がせる。

 そして、痙攣する五体に鞭打って危機を脱したヴァネッサも、

「無理し過ぎたか。おぼこ娘め、ただの雑魚かと思ってたら物騒な霊護符を……ググッ」

 限界がきたのか倒れ込んだ。だが、休む間は与えられない。

「うぉぉぉぉぉぁッ!」

「何!?」

 獣のような咆哮が響き渡った。ヴァネッサは声の方向へすぐさま体を曲げる。

「終わりだッ。ヴァネッサ!」

 ミックである。ようやく目覚めた彼は状況を瞬時に理解すると、決着をつけるべく霊剣を振り上げ走り出していた。

「起きた!? くっそ、立てない……ならこのまま引導渡してやるよ、仮面のお兄さんッ」

 ヴァネッサは吐き捨てるように言い、座ったまま短刀をスローイングする。

 対してミックは首を曲げて回避しようとするが、

「ぐぅ!?」

 後遺症は続いていたようだ。不幸にも眩暈が彼を襲い、完全に反応が遅れてしまう。

 ナイフが顔面に突き刺さろうと――

「グ――ッ!」

 否。仮面が身代わりになりミックを救った。衝撃で頭部全体を覆っていたものは真っ二つに砕けてしまう。ついにその素顔が露になってしまったのだ。

「は!? あんた、その凛としたお顔に綺麗な銀髪は」

 ヴァネッサは「ミックを名乗っていた者」の顔を見ると興奮のあまり身震いを止められなくなった。

 彼女は忘れもしなかったのだ。死ぬ前まで瞳へ焼き付けていたのだから。

「処刑される寸前まで拝んでたから覚えてる。でもおかしぃなぁ、ジーナの旦那は始末したって言ってたのに」

「く……」

「何で生きてんの? 勇者、ルイ・エリオット王子殿」

 ミックという勇者を受け継いだ人物は存在しない。精悍な顔つきを沈痛に歪ませた彼こそが正真正銘、ルイ・エリオット王子である。

「やっぱその剣がかの有名なオリジナル霊剣だったワケ。そーかい、旦那が取り乱した理由がわかった。納得だ、すっごい痺れるもんね、それ」

 ヴァネッサが愉快そうに頷く。もはや心理面では彼女が優位に立っていた。

 そして暴かれた衝撃の瞬間を目撃していたのは、当然この場へいたもう一人もだ。

「嘘、でしょ!? ミック、あなたは……」

 アメリ。驚愕と共に彼女の心の中で形容しがたい複雑な感情が生まれては壊れる。

 かつて大聖堂で行われた勇者出立の儀、その時最高司祭より兄フランクと一緒に祝祷を受けていた王子がそこにいた。

 ショックに震える碧い双眸は酷く悲痛な面持ちをしたルイ王子の姿を写したまま、自身の意思とは関係なしに閉じていった。

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