ヴァネッサ
白い漆喰細工が塗られた扉の前。ミックとアメリは宮殿へ突撃しようとしていた。
「準備は出来ているか、アメリ」
「いつでもいいわよ」
アメリの言葉を合図に、ミックが豪奢な扉を開けて用心しながら中へと入っていく。
細部まで美しい装飾が施され、上等な調度品が飾られてた広いエントランスホール。
豪華絢爛なそこには、殺戮の空気が充満していた。
「く……ッ」
視覚を攻撃する悲惨な光景に嗅覚を破壊するような強烈な異臭。それらを同時に認識したミックには噴火直前の火山の如く、静かだが激しい怒りが生まれる。
「うッ! ぐぅ……なんて事」
続けて突入したアメリは衝撃のあまり嘔吐しかけたが、如何にか冷静さを取り戻した。
「どう? あたしったら御持て成しの精神に溢れてるでしょ。サプライズが一回だけだと面白みに欠けるものね」
間を切り裂くようにクリアな声が響く。ミックとアメリは瞬時に前方へ視線を向ける。
気配が感じられなかった。中央には上機嫌な様子の黒髪の女が堂々と立っていた。
「ちょっと前まで葬民にお掃除してもらってたんだよ。んであんた達はこれからあたしが直々に始末してあげるからね」
髪を指でいじくる女は、悪戯に成功した子供のような調子で言った。
「外道が」
「外道ねぇ。その言葉、生前からあたしに対してのホットワードなのよね」
そして、ミックの憤怒を込めた言葉に対しては照れたように頭を掻く。黒髪の女の周辺には、各所を切断された人間の死体の肉片がばらまかれていたのだ。
戦でもこのような残酷な死に様は中々ない。ジーナに支配され倫理を失ったメネス王国の姿がここにあった。
ミックがもはや我慢ならないとばかりに、黒髪の女との距離を縮めようとする。だが数歩進んだところで立ち止まると仮面の中の細目を見開いて驚く。
「貴様、やはり……!」
宮殿に入る前に生まれた予感は確信に変わろうとしていた。
「こんな惨たらしいマネを平気でやるような奴の顔を、俺はどこかで見た記憶がある」
「どこかって、どういう……あ! う、嘘でしょ!?」
アメリも同様に驚愕を露にする。ミックはそれに苦々しく首肯した。
「君も気がついたか。無理もない、奴の顔は一時期国中に貼られていた。王国犯罪史に残る大罪人――」
「ヴァネッサ。盗賊団ブルーブラッド女頭目ヴァネッサ。それがあたしの生前の通り名」
白髪の女はミックが言う前に遮り、自らの正体を声高らかに明かした。
「国中がご周知の有名人だもんね、あたし。なんたってナダン大広場で公開処刑されちゃったんだもん」
かつてメネス国内にて殺戮と略奪の限りをつくした犯罪者集団がいた。盗賊団ブルーブラッド、その名は邪神シュマが流した血の色に由来する。
その人でなし達を狂気のカリスマ性をもってして束ねていたのが、ヴァネッサだ。
人々を震撼させた盗賊団はメネス王国軍精鋭部隊の前に破れ、女頭目は大観衆の前で断首されたのだ。
「覚えてるわ、私が十の歳の頃だった。でも信じられない、本当にあのヴァネッサ!?」
動揺を隠せないアメリが疑問をぶつけると、ヴァネッサはやれやれと言うように首を振って、ため息を吐いた。
「正真正銘の本物だって言ったじゃん。信用できないなら、直接体にわからせてあげる」
そう言った後、足元にあった男性の生首を踏み潰し邪悪な笑みを浮かべたのだ。
「光栄に思いなよ。この気高く美しいヴァネッサへ殺される事を!」
赤く刃のような瞳が狂気の色を帯びる。女盗賊の亡霊は口の中へ手を突っ込むと、漆黒の短刀を出してみせたのだ。
迸る強烈な殺気。これ以上の会話は無用――勇者代理は透明な霊剣の刀身を青白く光り輝かせ、高く天を衝くように構えた。
「御託は終いだ。覚悟しろヴァネッサ。亡者になって尚非道の限りを尽くすお前を、勇者の名において倒す」
聖霊術士も霊護符を投じる体勢をとると、
「煉獄送りにしてあげるわ。覚悟なさい!」
ミックに続き、エントランスホールに響く程声高々に宣告したのである。
この残虐な邪霊を一刻も早く討伐する事が勇者一行に課せられた、最初の使命だった。
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