金曜日のストッキング
シン・ミカ
金曜日のストッキング
高校生活、最初の夏休みを控えた7月上旬。
僕――
クラスメイト達が談笑している中、彼女――
クラスの浮いた存在。というよりも陰キャ組のボッチの女の子。
(今日は金曜日か……)
そんな彼女の姿を見て、僕はふと思った。
正確にいえば、美足さんのスカートから伸びている脚を見て――だ。
もう夏なのに
しかも黒の。20デニールの薄いやつ。
だけど夏にストッキングを履くのは珍しいが、ありえない事でもない。
美足さんは金曜日にだけストッキングを履いてくるのだ。
何故?
ここで恥ずかしい性癖を明かしておく。
僕は黒のストッキングを履いた女性が大好きである。
あのスベスベの肌触り、心を惑わせる妖艶な光沢。
好きな食べ物は? と聞かれたら迷わず蕎麦とストッキングと答えるだろう。
ストッキングを履くお姉さんキャラの良さをひたすらツイートしている裏アカがあるぐらいだ。
だからこそストッキングを履いた彼女を観察し、金曜日にストッキングを着用という法則に勘づいたのだ。
それ故に凄く理由が気になってしまう。
……こういう理由に限って大したことなかったりするもんなんだけども。
そんなことを考えつつも教室の隅の席に腰を落ち着けた。
ちなみに僕もボッチであり、目立たず静かに過ごしている。
そしていつもの様に鞄から小説を取り出し読む――フリをして
眼鏡を掛けていて地味なタイプの女の子だけど、内巻きショートボブの黒髪が――切れ長で大きな瞳が――ストッキングの輝きと相まって物凄く魅力的に映ってしまう。
眼鏡×黒髪×ストッキング=いただきます。
という方程式が容易になりたってしまうだろう。
そして再び視線を本へ戻して思案。
――日焼けしたくないから?
それなら月曜から通して履いてくるだろう。
姉がストッキングを履く際に「マジ毛穴が気になる」とか言っていたのを思い出すが、同じ理由で却下だ。
ここは「金曜日」というところに注目してみよう。
金曜日……。
――金曜日にバイトがある。
ストッキングを使う格式張ったドレスコードが必要なバイトを一介の高校生がやるだろうか。
――金曜日には特殊なバイトがある。
特殊ってなんだよ。
これじゃあオタクの妄想が丸出しじゃないか。
いや、まて。
あぁいう地味で物静かな女の子こそ実は裏で、っていうのは良くある話だ。
メイドとしてご主人様にご奉仕を?
はたまた、会社帰りのOLごっこでウハウハ!?
ごくりと生唾を飲みこむ。
そんな妄想を膨らませながらもう一度、窓際の最後尾へ目線を向ける。
本を読む姿勢が綺麗な美足さんは知的で、そのせいか半透明の闇に包まれた美脚が輝きを放っているように見える。
美しい。あのストッキングは生きている。
僕の目にはメイド服とスーツを着た彼女の姿が交互に映し出されていた。
(うわっ)
そんな気持ち悪い欲望の眼差しで見つめていると、偶然にも彼女と目が合いそうになってしまい、急いで正面に向き直った。
僕の視線に気付いたのだろうか。
まぁ現実的に考えて普通の高校生が特殊なバイトなんてしているわけがない。
そう結論づけて次の考察に移った。
そんな美脚の彼女はストッキングを最初から履いていたわけでは無い。
ストッキングを金曜日に着用するようなったのは6月からだ。
今年は入学が遅れてしまったため、
つまり1ヶ月間はノーストッキング・イエスナマアシだ。
――1ヶ月の間に何かあった?
高校生でストッキング履く理由は様々。
しかし大人の社会ではストッキングを履くことがマナーとされているとも聞く。
つまりストッキングは大人っぽさを示すもので――
――美足さんは大人っぽさを出そうとしている?
それは何故か。
大人な先生に恋をしている!?
そうだ、金曜日の授業には教育実習生が顔を出すものがある。
有名な大学の学生で、顔は整っていて知的。
まさか
そんな……僕の美足さんの……脚が……あんな男にっ。
心の中で仏壇のおりんがチーンと響き渡った。
魂が抜けたように小説を閉じ、僕は机に突っ伏す。
僕は世界の終焉を迎えた主人公のような喪失感に苛まれた。
(いや、待てよ?)
今は7月初旬。教育実習生は6月で終わりだ。
あの知的大学生はもう来ない。
だけど今日着用しているということは、その推論は間違っているという証明になる!
(うぉぉぉぉ!!)
終わりかけた世界をご都合主義で解決した主人公の気持ちで、心から雄叫びが上がる。
「ホームルーム始めるぞー」
タイミングの良い担任教員の掛け声と共に、再び考察は振り出しに戻ったのだった。
◇
放課後、結局のところ結論は出なかった。
だから僕は自然な流れで美足さんを尾行することにした。
これは未知への好奇心。つまりは研究者としての義務なのだ。
だから決してストーカーではない。
そう自分に言い聞かせて彼女の後を追う。
校門を出て真っ直ぐ進むと繁華街があり、
すると美足さんはある店の中へ入っていく。
ボロいビルの1階に設置された質素な店。その店内からは光が溢れていて、横には古臭いガチャポンが置いてある。ビニール製の青い看板には
「本屋じゃん!」
ただの本屋だった。
どう考えても本とストッキングの因果関係が成立しないため、本好きが書店に足を踏み入れただけだった。
30分ほど待つと、緑色の袋を持った美足さんが静かに出てくる。
尾行は続行。
次に美足さんが足を止めたのは「なんでも鑑定屋」というゲームやフィギュア、ブランド品まで中古ならなんでも扱う店だった。
そこで僕は恐ろしい結論を予感し、大きく目を見開いた。
――まさか、ストッキングを売ろうとしている?
落ち着いて考えてみても中古のストッキングに需要は――ある。
それが美足さんのような現役なんたらなら付加価値がかなり付くはずだ。
ストッキングは大体1000円。美足さんのストッキングは10倍、いや20倍になるだろう。
(くそぉぉ! 足りねぇぇぇ!)
手早く財布の残金を確認した僕は内心で叫び散らした。
(どぉぉしてなんだよぉぉぉ!)
そしての心の中で涙を流す。
などというコントをしていると、美足さんは早々に足を動かした。
どうやら僕の考え違いだったらしいです。
再び尾行は続行される。
その後も色んなお店に寄っては僕の勘違いは勃発。
しかしながら確信が持てる結論には至らなかった。
そして今、僕はモヤモヤした気持ちのまま草むらに隠れている。
繁華街から少し離れたところにある川の土手。そこに美足さんが座っているからだ。
夕日による茜色の空が川に反射して、神秘的な風景を漂わせている。
それを眺める美足さんも凄く儚げで艶やかだ。
僕は麗しげな美足さんの脚を近くで見よう
しかし遠くで見ていればよかったと後悔することになる。
「何をしているんですか?」
琴の音のような透き通った低い声。
僕に気づいた彼女はあろう事か話をかけて来たのだ。
これは気まずいどころではない。
前提として、僕と美足さんは1度も話したことはないのだ。
返答次第では侮蔑するような目で「オタク、キモい」と言われかねない。
今人生の危機に直面しているのではないだろうか。
「聞こえていますか?」
黙考すること5秒。黙りこくっていた僕に追撃の言の葉が降り注ぐ。
僕は出来るだけ真顔を意識。
「サバゲーの練習です」
「……サバゲー、ですか」
美足さんは訝しむように僕を見据える。
そんな目で見ないでください。興奮してきました。
「はひ」
「……ふふっ」
思わず噛んでしまうと、予想外にも美足さんはクスクスと笑顔を見せた。
これは奇跡が起きるのではないだろうか。
「美足、さんですよね? 同じクラスの」
「そうですね。そういうあなたは
「そうです」
奇跡は起きた。
僕の事まで認識してくれていた。
そしてそこにチャンスを見る。
このモヤモヤな気持ちを解消する絶好の機会なのではないかと。
丸一日、美足さんがなぜ金曜日にだけストッキングを履くのを考えたが結論はでなかった。
しかしどうしてもわからない場合は本人に聞けばいいのだ。
今までは接点がなかったから聞けなかったが、今なら自然な流れで聞くことが出来る。
「あの、美足さんはなんで金曜日にストッキングを履いてくるんですか?」
やってしまった。
自然な流れと言ったのに、ジャブを打たずにストレートを繰り出してしまった。
ここはまず「熱くないですか?」とか軽めに話題に触れていくのが定石だろう!
これだから童貞は。
だが、またも予想に反して、美足さんは少し顔を俯けて恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……言わなきゃダメですか?」
「知りたいですね」
数秒の沈黙の
「脱毛です」
「…………へっ?」
「木曜日に美容脱毛の予約をしていて……その……少し赤くなってしまうと言いますか……」
「そ、そうなんだ」
ごめんなさい! と心中で土下座をする。
女の子にとってデリケートな話題を掘り起こした罪悪感と、色々な妄想を膨らませたことに対しての土下座である。
ほらね。わかってみれば対したことはない、普通にありふれたような結論なのだ。
思い出してみれば姉も、美容脱毛でその日のうちは脚が赤くなるって言ってたな。
……ん?
「いえ、いいんです。それよりも……いつも本を読んでますよね。お話ししてみたかったんです。是非お話ししませんか?」
「よ、喜んで」
それから僕は美足さんと本の話や学校のこと、好きなアニメに関しての談義で盛り上がった。
「
「そうですね。なんというか大人っぽさというか、服装というか……」
主に脚というか。
「やっぱりあれは、好川君だったんですね」
金曜日のストッキング シン・ミカ @sinmikadon
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