11
全身の毛が逆立ち、こめかみがきゅっと引き攣れた。
息を呑んだその音がやけに大きく響く。
なにかが、後ろにいる。
臨の全身から汗が噴き出した。冷たい汗が頬を伝い、顎の先に留まる。左手を尻のポケットに当てた体勢のまま動けない。指先が細かく震えていた。
いつから──いつからそこにいたのか。
気がつかなかった。
こんなに近づかれるまで。
(どうしたら)
ずっとこのままはいられない。背後からならいつだって襲える。
だが、それを仕掛けてこないのはなぜだ。
ぎい、と何かが鳴いた。
「!」
臨は足下の本を掴み、振り向きざまに声のした方へ思い切り投げつけた。そのまま後方に跳び、本棚に背を打ちつける。棚の上に置いてあった物が音を立てて床に落ちた。投げた本は反対側の壁に当たった。
「…え?」
ばさっと本は落ちた。
誰もいない。
なにもない。
月明かりの差し込む、からっぽの部屋があるだけだ。
早鐘を打つ心臓に浅い呼吸しか出来なくなる。
「嘘…」
どうしてなにもない?誰もいない?
気配はある。拭いきれない恐怖が剥がれない。
棚の上から落ちたものが足下を転がった。球状のキャラクター物のそれは友人がふざけてくれたもので、捨てるに捨てられず置きっぱなしになっていたものだ。それはころころと部屋を斜めに横切るようにして転がっていった。
そして、床に落ちていた小さな何かにぶつかって止まった。
視線がそこで止まる。
小さなもの。
一見消しゴムのように見えた。
目を凝らし、違うと思った。
それは指だ。
指だった。
切り落とされた人の指先。
がたん、と臨はずり上がるようにして本棚に背を押し付けた。何かがそこからまた落ちた。
蠢いたように見えた。
気配が動く。
見ている。
意思がある。
それはこちらを見ていた。
蠢いている。指先がゆっくりと立ち上がり、伏せられていたその目を露わにした。
指の腹に三日月の目が笑っていた。
臨は自分の絶叫を聞いた。
臨の声がした。
耳元を掠めたそれに、オルカはいるはずもない背後に気を逸らした。
その瞬間
「…ッ!」
頭蓋の中がジンと痺れる。耳鳴りがする。ぐるりと回った景色にこみ上げた悪寒が背筋をなぞるように下りてゆく。
ゆっくりと立ち上がった烏鷺が体を揺らしながらこちらに近づいてくるのが見える。オルカは意識を回廊へと向けた。男の踏み出した左足に空間が触手となって絡みつき、烏鷺はその場に膝をついた。まだ自由な右足で立ち上がろうと身を捩ってもがく。
集中の切れ間を狙われた。
途切れたその瞬間をついてきた。
(臨)
オルカは下腹に力を込めた。ここで崩れるわけにはいかなかった。ぐっと息を詰め、激突の衝撃に痺れたままの足先を踏みしめる。
烏鷺は笑った。
「聞こえたか?オワセノゾミが叫んでいるぞ」
喉の奥で低く呻く。
「おのれの限界も知らず我を粛清しようなど、今のお前には荷が重過ぎる…あの子供も守れまい」
自信ありげな口調から、オルカは閃いた。
「──
「そう、…指を落としたお前の負けだ」
烏鷺は薄く笑ったまま、口の端から流れる血を長い舌で舐め取った。その様に烏鷺の余裕を感じた。
「我を回廊に捕らえたつもりだったようだが甘かったな。自分の力を過信しすぎて裏目に出た。檻にいるのは同じなのさオルカゲイン、我もお前もそうだ。お前は我がいる限りここから出ることが出来ない、そうだろう? お前こそがこの回廊の支柱なのだから」
言いながら、再生の完了した両腕で烏鷺は這う。捕縛された左足を限界まで伸ばし近づいてくる。
「今回も守りきれなかったと嘆くがいい」
言いざまに烏鷺の右手に赤黒い刃が現れた。烏鷺はオルカを見据えながら捕らえられた左足首を切り落とした。笑いながら痛みに絶叫する男に血飛沫が降りかかる。
「始めからこうするべきだったな」
ゆらりと片足を引きずり烏鷺は刃を構えた。暗い血色のそれは本物の血をまといぬらりと鈍く光る。烏鷺の持つアシラはこれまでも多くの人の血に晒されてきた。
赤黒く血に濡れた細身の刃は、烏鷺の魂の表れだ。滑稽なほどに本質を見抜いている。
「これも不死の賜物か…お前の肉のおかげだよ」
一閃に薙いだ刃をオルカは月凪で弾いた。血が飛び散り降り注ぐ。逆刃に持ち替え右脇から入った男の蹴りをオルカは受け流した。そのまま腕を伸ばし、烏鷺の裂けた胸の肉に指を突き立てる。柔らかな肉に押し込み、腕ごとめり込ませて中を抉った。唸り声をあげた男の刃が肩を掠めた。火のような痛みが走ったが構わない。腕を引き抜き、血まみれの指でのけぞる烏鷺の頭を鷲掴みにし、思い切り引き寄せてオルカは男の鼻梁に頭突きを入れた。ぐしゃりと骨の砕ける音がしてオルカの額に血が弾けた。頬に流れる男の体液を腕で無造作に拭う。間髪いれず振りおろされた切っ先に自らも刃で応戦する。
月凪の揺らめきが男の右目に映る。
「鬱陶しい…!」
オルカは掌を張り胸を突いた。衝撃で烏鷺の体が飛ぶ。回廊の壁に激しくぶつかって烏鷺は膝から崩折れた。俯いた烏鷺の口から呪詛のような言葉が漏れ刃が放たれる。逆巻いた炎を思わせるそれはオルカの頬を掠めて焼き、背後に当たって砕けた。突進してくる烏鷺の懐にオルカは滑り込んだ。見上げた目と見下ろす瞳孔が一瞬絡み合い、互いの刃が繰り出される。
一瞬だ。
早かったのはオルカだ。赤い刃の軌道を逸らした月凪の切っ先が烏鷺の首筋を舐め上げた。動脈の上を削ぎ、男の耳朶を掠めた。柔らかな骨の裂ける音が烏鷺を支配する。烏鷺は再び剣を振るった。オルカの腹に刃が振り下ろされる。瞬時に背を丸めかわす。斜めに切り込まれた斬撃は服の表面を焦がしはしたが肉に届くには足りなかった。男の舌打ちが聞こえた。そのまま勢いで後転し、オルカは烏鷺との間合いを取った。
見交わした視線。
両者の間に荒い呼吸の音が流れる。
臨の声がした。
だが動くわけにはいかなかった。声は烏鷺にも聞こえたのだろう、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「もう我らのものだ」
「…確かめもせずに分かるものか」
「分かるさ、あれは救いを求める叫びだ」
烏鷺は両手を広げた。
「オルカゲイン、我らの側につけ。皇帝は何も出来はしない、ただのお飾りだったではないか…死にゆく者への忠誠なぞもう捨てろ。お前はいつまでそこにしがみつく気だ?」
オルカは答えなかった。
言い返さないオルカを見て烏鷺の気配が緩んだ。生まれた余裕を口の端にのせ、笑った。
「お前の負けだ、オルカゲイン」
「……」
オルカは、烏鷺を見ながら、烏鷺の肩越しに臨の姿を見ていた。
回廊の壁が薄く、透けて見えている。
男は気付いていない。
回廊の途切れた狭間に、青白い闇の向こうが見える。
淡く光る輪郭がこちらに気付いた。振り向く目が見開かれていく。
目が合った。
なにかを言おうと開きかけた唇。
声を出さずにゆっくりと動く。
臨は微笑んでいた。
何も言わなくても分かると信じている。
オルカは烏鷺に言った。
「…それはどうだろうな」
そう答えた時、そこにもう臨の姿はなかった。
「確かにお前の傀儡をここから逃がしたのは私の失敗だった。だがこうならないことを予見していなかったわけじゃない」
オルカの右手の中に陽炎が立つ。
「臨は今、庇護の中にある」
烏鷺が怪訝そうに見た。
「庇護だと?」
「そうだ、
自分の力の限界ははじめから分かっていた。この姿で、どこまで持ちこたえられるか、なんの確信もない。
だからこそ、砕け散り、姿を変えることが出来るものに臨を護らせた。
ひとりになっても大丈夫なように。
間に合わなかったときの、そのために。
臨の姿は闇の中に白く浮かんでいた。
殻が発動したのだ。
──待っている。
臨はそう言った。それは答えだ。
何としても、臨の元へ。
「殻か…、そんなものが役になど立つかよ」
「今に分かる」
「お前が我とここに留まったのは、そうしなければこの回廊を維持できぬからだ!それほどまでに力のない今のお前に、我を倒すことなど出来はせん!」
振り下ろされた烏鷺の刃を月凪が受け止める。
オルカは意識を回廊に向けた。刃を合わせたままもう男を捕縛しておくだけの力がないことを知る。回廊の中に留め置く、それしかない。
そのときまで。
必ず。
(必ず)
烏鷺が唸った。
「お前になど、やられるものか…!」
弾かれた月凪を逆手に返す。
「残念だが」
壮絶な痛みと怒りの混在した暗い烏鷺の目の奥がぬらぬらと光る。
その洞を見返してオルカは言った。
「お前はここで私に粛清される。二度と戻れるとは思わないことだ」
必ず。
夜明けまでに。
──夜明けまでに戻る。
オルカはそう言った。
別れる間際に耳元を掠めた言葉が、耳の奥によみがえる。
乱れた呼吸を整える合間に臨は目を走らせた。
それは既に人の形を成していた。不完全な生き物、人を潰してそのまま縮小したかのような、人の頭くらいの大きさの手足の生えたもの。ぐにゃりとして芯がない。
きっと心も持っていない。
あの満月の目をした男の分身だ。
オルカはガジョウと呼んでいた。三日月の笑う目の男、
臨は壁伝いにキッチンへと移動した。足下に散乱した家具の細かな破片が靴底に触れる。食器が載ったままのテーブルや棚は引き倒され砕かれていた。割れた食器、こぼれた飲み物、床に残る爪痕、嵐が吹き込んできたような状態だ。開け放した窓から風が入り込んでカーテンを揺らす。湿気を含んだ冷たい風が頬を撫でる。逃げなければ。ここから出なければ。
早く。
「!…っ」
がんっ、と衝撃が体を浮かせる。背を預けていた壁が窪み、放射状に走った亀裂が天井に届く。臨は間合いを確認してから一気に玄関まで走った。揺れるカーテンの隙間に蛾梟はいる。ここは2階だがあそこを塞がれている限りベランダからは飛び出せない。早く外へ。
走りぬけた背後であらゆるものが砕け散った。蛾梟の攻撃だ。未完成な人の形の手から飛び出す赤い衝撃波が、臨を狙ってくる。砕けた棚から転がり落ちてきた鍋に足を取られた。すかさず攻撃される。頭を抱え込んで身を守る。鈍い風圧が肩の辺りをすり抜けた。直後、その先の洗面所のドアが激しく音を立て、真っ二つに弾け飛んだ。
「く…っ」
体勢を立て直して臨は顔を上げた。
こんなところでまだ死ねない。あれはじりじりと間合いを詰めてくる。振り返る。そこにいる。目指す方向を向いた。衝撃が頭を掠め、玄関脇の壁が陥没する。這いつくばったまま呆然としてそれを見ていると、白く小さな欠片がぱらりと目の前の床に落ちた。
ガラスの破片。
「──」
臨はそれを掌に押し付けた。握りこんで立ち上がり走る。玄関を開ける寸前にインターホンが激しく連打され、押し開くとそこに怒りに満ちた顔をした隣人が立っていた。
「おい、てめっ、うるせえんだよ!この夜中に一体何…!」
「逃げろ!」
臨の剣幕に息を呑んだ隣人を、臨は押した。胸を力任せに押しやり引き倒す。もつれ込んで転がったマンションの廊下の壁が弾け飛ぶ。
「戻れ!」
隣人を追い立てるようにして臨は怒鳴った。呆けたように転がる隣人を残し、逆方向に走る。階段は左右にある構造だ。どちらからでもいい。悲鳴がした。衝撃が背中を押す。階段を下りる寸前に振り返ると、薄闇の廊下に笑う三日月が浮かんでいる。
浮くのだ、あれは。
(近い)
一気に階段を駆け下りた。駐車場を抜け一般道に出て右に曲がる。このあたりは駅にも近く深夜でも人通りは絶えない。誰も巻き込まないために臨は暗がりの路地を走り抜けた。人の少ない場所を思い描いて走る。外灯に自分の体が光って見える。自分を覆うものを臨は知った。あのとき、全身に浴びた砕け散ったガラスの粒子。
今、自分を護ってくれているもの。
オルカだ。
──蛾梟の最初の攻撃は、臨の絶叫した声に霧散した。
生温かな空気の塊が顔に押し付けられたと同時に、背後の棚が砕け散った。衝撃は体をすり抜けていた。
『何…っ⁉』
破片の舞う狭い室内を容赦ない攻撃が襲った。何もかもが見えない衝撃に弾けていく。体を丸めて臨は声を上げた。何を叫んでいたのか記憶にない。意味はなかった。ただオルカの名前を呼び続けていたような気がした。
目の前に落ちて来たスピーカーが砕け散った。目を瞑り飛んでくる破片を予期して痛みを覚悟した。しかしそれはやって来なかった。
『……?』
おそるおそる開いた視界の中にあったものは、青白い闇に盾のように浮かぶ無数の透明な粒子だった。体のどこにも傷がないと気がついた。痛みはない。どこも傷ひとつついていない。スピーカーの粉々になった残骸が自分の周りだけを避けて床に落ちていた。その残骸に混じるようにしてごく小さなガラスの欠片がいくつか散らばっていた。これは?
そうだ。
場面がよみがえる。揺れた窓。明かりの落ちた部屋。窓辺にいたオルカの指がそのガラスに押し当てられてなにかを描いていた。吐く息に白く曇った窓に一瞬浮かびあがって消えたもの。振り向いた目、その直後に粉々にそれは砕け、そのほとんどを自分だけが全身に浴びた。
薄い闇の中でそれは光を発していた。揺らめくような、透けるそれは、陽炎のように見えた。そうだと思った。
これは、盾だ。
オルカの護りだと。
窓の側に蛾梟はにじり寄っていた。決して間合いを詰めようともせず、いたぶるのを楽しむ様に一定の距離を空けている。ついさっきまで指ほどの大きさだったのに、もう両手に余るほどの、小さな人形のようにまで大きくなっていた。
相変わらず三日月の目は笑っていた。
ふいに気配を感じて目を向けると、窓の端に自分が映っていた。月明かりにさらされた全身が、淡くその輪郭をなぞって光っている。そしてそれに重なるようにしてオルカの姿がそこにあった。
(オルカ)
目が合った。
臨は掌を握り締めた。
別れる間際に残された言葉の返事を今。
覚悟を。
──待ってるから。
幻でも構わなかった。知っておいてくれると信じている。
どこにいても、見つけてくれると分かっている。
路地を駆け抜ける臨の背後に気配はある。追いかけてくる。角を曲がる寸前に衝撃を感じて足がもつれた。倒れかかった一軒家のコンクリート塀が、手を触れた瞬間吹き飛んだ。
「つ…っ!」
弾けたコンクリートの欠片が、路地に面した民家の一階部分の窓に直撃し、ガラスが砕け散った。臨は崩れかけた体勢を立て直して再び走り出した。家々の明かりが灯り出す。まずい、と思った。道を間違ったか、ここは入り組んだ住宅街だ。ほかに被害が及ぶ前に抜け出さないと。窓が開く音がする。誰かの声がする。振り返らずに駆け抜けた。目についた十字路を左に曲がり幹線道路と交わる部分を頭に思い描いて突き進む。苦しい、苦しい。どこまで行けるだろう、せめて。
(自転車、くらい…っ)
持っておけばよかった。
どん、と放たれた風圧が背中から腹につき抜けた。抜けた衝撃は、目の前にあった河川のガードレールを大きく潰した。
耳を突き刺す音に混じって悲鳴が上がる。
「──逃げて!早く!」
T字路の反対側に酔っ払いらしき人影が三人、目の前の出来事に呆然としているのを臨は手で指し示して叫んだ。彼らはこちらを見ているようで見ていない。視線は臨の後ろのなにかで止まっている。
川沿いのガードレールがぐしゃりと潰れた。
「やめろ!」
立ちすくむ人影の間近に衝撃が迫る。臨は振り向き声を上げた。ぞっと悪寒が背を駆け抜けた。暗がりの中に人の子供程に成長した蛾梟がいる。その手の中には立ち上る炎が見えた。
「わあああああ!」
悲鳴が上がった。潰れたガードレールがアスファルトから引き抜かれ宙に浮いた。そのまま悲鳴を上げた人影をめがけて飛んでいく。
「逃げろー!」
走りこんだ臨がそのまま三人に体当たりする。なだれ込むように倒れた頭上を掠め、鉄の塊となったガードレールは脇の電柱に激突した。電柱がぐらりと傾いだのを仰ぎ見て、臨は折り重なって倒れている若いサラリーマンの上から飛び起きた。
「あっ、た、これ、なっ…」
「はやく逃げて、はやく!」
遊ばれているのだ。掌の上でいいように転がされている。
T字路の向こうは住宅街に戻る。このまま進むほうが抜けられる。呻いている三人の顔も見ずに言い放つと、その脇をすり抜けて臨は再び走り出した。彼らは怪我をしただろうか、わめく様な声が臨を追いかけてくる。でも構っている暇はない。狙いは自分だ。離れれば被害はない離れなければ。
離れなければ。
誰もいない場所へ。
走る膝が重い。何度も転びそうになる。もつれ始めた足を無理やりに走らせる。
路地の先に幹線道路の高い橙色の外灯が見えてきた。あの道を越えた向こうは、人の住まいは少なかったはずだと臨は思った。それから。
それから、どうする?
どこまでいけるだろう。答えが見つからない。手当たり次第に逃げているだけだ。いずれ策は尽きる。
いずれ──
あの手に落ちるのか?
そして。
「!」
行く手にあった外灯が破裂した。頭上から降り注ぐ破片の中を腕で目を覆い走り抜けた。髪に絡み付いた何かを無造作に払いのけた。ちり、とした痛みが指先に残る。闇の中で目を凝らすと、ぬるりと濡れている。血が滲んでいた。破片で指先を切ったようだった。
あと少し。
あの先には幹線道路が横たわる。深夜でも輸送のために車の行き来は絶えない。大型車の走行音が夜の空気を震わせる。溺れるような呼吸の隙間、昼間の雨の名残りの浅い水たまりを撥ねていく。交差する道、あれを左に行けば幹線道路に沿ってなだらかな坂の続く山林へと入る。そのまま突っ切れば住居の少ない工業地域だ。どうする。
どうする?
「っ…!」
路地を抜ける瞬間、臨は立ち止まり、ぐるりと後ろを振り返った。
さらに成長を遂げた蛾梟が、幹線道路の外灯の明かりの届かぬ外側に、獣のように這い、三日月の目で笑っていた。開いた唇から覗く赤い舌。
薄く笑う声がする。
もうすぐ元に戻ってしまう。
その姿。
その笑い声。
その記憶。
背後を大型トラックが通り過ぎた。風を巻き上げていく。臨の上着が煽られる。途切れたそばからそれはまたやってくる。
「…俺が欲しいのなら、俺を捕まえてみろ」
臨は言い放った。
「捕まえてみろよ!」
闇の中から触手のような腕が伸びた。
右のほうから近づいてくる音。
音に呼吸を合わせ、肩に触れる寸前、蛾梟の手を臨は掴んだ。思い切り引き寄せ、目の前に迫る笑う目を確かめる。
そして踵を返しガードレールを乗り越えて、向かってくる光の前に飛び込んだ。
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