第51話:月閃鉱を隠した場所
ホリィの突き出すカップを、マルムさんはそっと押し戻した。
「私も人間だからね。そうまで強く言われては、逆に何かあるのかと勘ぐってしまう。どうしたと言うんだい?」
僕にもホリィにも、後ろめたいことなどない。そのありもしない言葉の裏を摘み上げ、いつの間にかこちらに非のある空気にされてしまう。
客の持っている鞄に商品を入れて、万引きを疑うようなもの。これがマルムさんの常套手段だ。
「僕が疑っているからです。マルムさん、この町に獣化の病をもたらしたのはあなただ」
「シン、君までどうした?」
察しているくせに。僕の言葉にも過剰な反応を示す。あらぬ疑いをかけられての、当惑を演じている。
これに怯めば、また有耶無耶になってしまう。そうなれば残るのは、僕たちがマルムさんを責めたという事実だけ。
――押し込まなきゃ。
「どうしたもこうしたも。あなたが月閃鉱を、水路に隠したからですよ」
「月閃鉱を? 病の原因というのが君の見立てで、私もそれを疑ってはいない。それだけに、私がそんなことをする理由がないと思うんだが」
「理由はあります。たったいま仰った、僕の見立てです。誰も気付かなかった月閃鉱を、ダレンさんが調べ始めた。あなたは人知れず、処分しなければならなかった」
普段どうやって処分しているのかは分からない。想像では通した法力なり魔力なりが尽きるのを待って、公言している聖印に加工したのだと思う。
「なるほど。だが仮に私が悪事を犯したとして、水路へ隠してどうする? 時に点検もするのだろうし、すぐに見つかってしまうじゃないか」
困ったねと嘯き、諭すような態度を崩さない。
あくまでもマルムさんは、この町の賢明な主導者。他者の誤りを攻めるにも、野卑な言動は使えないのだ。
その縛りが、信奉する人からは真実性に見えてしまう。
「見つかりませんよ。姿がありませんから」
「ほう?」
振り返り、師匠に声をかける。頷きがあって、師匠はまたお弟子さんに指示を出す。
その人はずっと担いでいた背負い袋から、別の袋を取り出した。僕とマルムさんの間に置いて、口を広げて見せる。
「マルムさま。こいつは壊された水路の現場に混ぜられてたもんだ。こうまで粉々になってたんじゃ、セメントと見分けなんかつかねえ」
師匠は袋の中から、白い砂を持ち上げる。その手にはしっかりと革の手袋が。
「ただし。あると知ってりゃあ、選り分けることはできる。念のために、材料はまた調達しましたがね」
マルムさんは、そのために水路を破壊したのだ。月閃鉱もセメントも同じような白っぽい色で、砕いて混ぜてしまえば誰も気付かない。
「あなたが使った、神の掌という法術。その気になれば刃物のようにも使えるそうですね。ダレンさんから聞きました」
「そうだね。メナもたしか使えたはずだ」
危険のない温泉水を断り、隠し場所も看破された。マルムさんにはもう、あとがないはず。
それなのに、微笑が消えない。
「そんなところまでよく調べたものだ、素晴らしいよ。けれどそれで分かるのは、誰かがそうしたという事実だけだろう? 私はあずかり知らぬことだ」
ぬけぬけと、「その犯人を探さねばならないね」などと。善良を装う代表者は、考え込む素振りをした。
――まだだ。まだもう一歩、踏み込まないと。
次の攻め手を繰り出すのに、僕は息を整えようとした。緊張に胸が高鳴って、うまく息が吸えないような錯覚があったから。
その間隙に、思っていなかった反撃が襲う。ホリィの持っていたカップが叩き落とされ、地面が濡れた。
「いい加減にしなさい!」
ヒステリックに叫んだのは、レティさん。もちろんこの集まりの最初から居たのだけど、隅のほうで小さくなっていた。
僕が主役みたいになるのが、面白くなかったようだ。
それに僕のことではマルムさんから厳しく言われているから、ここまで黙っていたらしい。どうも限界のようだけど。
「治癒術師がどうとか。あなたが治癒術師だからとか関係ないわ。非のない院長さまにこれほどの恥をかかせて、何が面白いの!」
「レティさん、聞いてなかったの? 非はあるんだよ。院長は月閃鉱を使って、人間を獣に変えてたんだ。命に関わることを、見てきたでしょ?」
まず答えてくれたのはホリィ。僕が付け足すべき言葉はない。
しかしレティさんは「違う!」と。もげそうなほど、頭を横に振る。長い時間、我慢をしていたからか。こう言っては悪いけれど、だだっ子にしか見えない。
「院長さまは、町のために。町に住む人たちのために。いつも最善を尽くしているわ。突然やって来たあなたなんかに、分からないでしょうけどね」
レティさんもまた、決めつけている。崇高なる指導者というレッテルを、マルムさんに貼って。その虚像からはみ出す事実など見えなく――いや、見る気がない。
「握手する右手を差し出しながら、左手に別の物を持てる人だって居るんですよ」
左手にあるのは刃物。
と言わなかったのは、せめても僕の気遣いのつもりだ。煽る気はないけれど、遠回しに言って聞き入れてもらえそうもない。
納得しないまでも、成り行きを見守るくらいはしてもらわねば。
荷が重いけれど、マルムさんより先にレティさんとの対決をすることになった。
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