最終幕:この町に住もう!

第46話:病をもたらしたのは

 ホリィと師匠に話したことは、他の誰にも言わなかった。状況から推測しただけで、それはつまり決めつけだから。

 しかし突きつけないわけにもいかない。放っておけばこの町は、ずっと呪われたままになってしまう。

 ダレンさんが目覚めたのは、それから二日後。危険ということで、マルムさん以外は様子を見に行くことも許されなかった。


「うう……」

「ダレン。治って良かったねえ」


 目覚めたと聞いて、行ったときにはメナさんが居た。奥さんなのだから、最初に聞かされるのは当たり前だけど。

 当人はまだぼんやりした表情で、ときどき頭痛を堪えるようにもしている。添い寝をする格好のメナさんは、それを撫でたり汗を拭いたり。


「もう平気なの?」


 三日も眠り続けて、体調はどうか。また暴れることはないか。その二つを、ホリィはひと言で聞いたのだと思う。

 安堵の顔をしたメナさんを前に、僕には聞けなかった。


「やっぱり獣化したんだよ。大きな熊になっちまったんだってさ。でも院長さまが治してくれたから、もう平気さ」

「ええっ、そうなんだ?」


 驚いたホリィは、ちらと僕のほうを見た。話が違うとでも言いたいのか。

 事実がどうであれ、メナさんの前で何も答えられない。代わりに僕も問う。


「熊になったのを、メナさんも見たんですか?」

「いいや、院長さまだけだね。まだ空が真っ暗なころに、嫌な予感がして来たんだそうだよ」

「そうですか、さすがマルムさんですね」


 棒読みになってしまった気がする。僕は役者にはなれそうもない。自分を白々しいと思うのが、表に出てしまう。


「う――シン?」

「はい、居ますよ」


 仰向けに、まだ少し息の荒いダレンさん。遠巻きにしていたのだけど、呼ばれたからには近くへ行った。


「俺の撒いた種だ――全部治せとは言わないから。この頭痛だけ、どうにかならないかな」

「そんなに痛いんですね」


【ダレン。精神疲労からの離脱症状。影響度は中。頭痛を併発。同じく肉体疲労。影響度は小。重度の不安感】


 触れると、汗でじっとり湿っていた。

 伝わってくる症状は、気力を奪ったとマルムさんが言っていたのを裏切らない。

 ――重度の不安感っていうのが気になるけど。


 頭痛を和らげ、もう少し気持ちを落ち着かせてあげたほうがいいだろう。僕も会っていいと言われたのだし、治療をしてもいいってことだ。


「分かりました。すぐに作ってきます」

「頼むよ。それとメンダーナ。シンの薬が効くまで、一人にさせてくれないか」


 部屋を出ようとする僕の背中に、ダレンさんとメナさんの会話が聞こえる。


「あ、ああ。それはいいけど、そこまで酷いのかい? 院長さまにも、法術を頼んでみようか?」

「いや、法術はあの方の気力を奪うからね。それがどれだけきついか、俺は身を以て知ったよ」


 疲れた声でダレンさんは、メナさんをホリィに頼んでいた。

 素材を探し回った経験もあって、頭痛薬くらいならすぐに作れる。時計がないから分からないけど、たぶん三十分くらいだ。

 ダレンさんの居る部屋へ戻ると、扉に錠がかけられている。事情を聞いたとは言え、まだ様子見の段階らしい。

 仕方なく、院長室へ。ノックをすると、いつも通り快く、マルムさんが迎え入れてくれる。


「頭痛が酷いそうなので、薬を作ったんです」

「そうなんだね、助かるよ」

「ダレンさんは、熊の姿になったんですか」


 鍵を受け取り、脈絡なく聞いてみた。「うん?」と訝しむ空気があって、すぐにメナから聞いたのかと納得する。


「熊のような姿ではあったが、あれはもう魔物の域かもしれないね。ロープが絡んでいるうちに、どうにか治癒できて良かったよ」

「ですね。ただでさえ強いダレンさんが、そんな姿になればどれほどか」


 まったくだと同意を得て、再びダレンさんのところへ。扉を閉めるのには通路に誰も居ないことをたしかめ、掛け金をした。


「頭痛は演技、ではなかったようですけど」

「それは本当なんだよ」


 部屋には一人、ダレンさんがベッドに腰かけるだけだ。

 手招きされて、隣に座る。カップに汲んできた水と、薬を渡す。ごくごく喉を鳴らして、飲み干された。


「どうやらシンも、何か気付いてるのかな」

「ダレンさんが川を調べていたのを思い出して」


 空になった木のカップ。取っ手に指がかけられて、くるくると回った。口当たりの良いよう縁は薄く、土台は分厚く削ってある。


「月閃鉱を探してたんですね」

「ああ、そうだよ。正解だ。どうして分かったんだい?」

「それほど明確には。喉が乾いたと言っていた、コーンズさんの話。それにダレンさんを縛ったとき、何か湿った臭いがしたので」


 魔術媒体になった月閃鉱は、その成分が水に溶けやすい。この町の人は、宗教的な理由でみんな川の水を飲む。

 それらを思えば、原因が川に沈められていたと考える他になかった。


「それなら誰がやったことかも分かるだろう?」

「マルムさんしか居ませんね。だからって、どうしてあんなことをしたんですか。こうして話せば、誰にだって分かるはずですよ」


 修道院の院長。私利私欲なく、町のために粉骨砕身。公私のけじめもあって、緊急の判断は冷徹なほどに的確。

 町の人たちは、神さまというよりマルムという個人を崇めているように見える。

 その中の一人だった師匠は、僕の話を信じてくれた。


「シンは俺を、優しくて頼れると言ってくれたね。知っている戦士とそっくりだって」

「言いました」


 ぴたり。回っていたカップが、手の平に収まって止まった。「そんなことは」と押し殺した声と共に、ひと息で砕け散る。


「そんなことはないんだ。俺は嫉妬深い、最低の男さ」


 立ち木を芯から焦がすように、静かな怒りが音もなく吹き上がる。僕にはその様が見えるようだった。

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