第45話:原因を打ち砕こう!

 僕がホリィを止めたあと、マルムさんがやってきた。後ろにはメナさんも続いて、「何があったんだい?」と尋ねる。


「水路が壊されたそうです」


 レティさんが言って、さっき聞いたのと同じようにマルムさんも聞く。師匠の説明に頷いた彼は、「確認に行ってくれ」と僕に告げた。


「あったことは、それだけかな?」

「それだけだよ」


 いかにも腹立たしげに答えるのは、ホリィ。院長は眉を寄せたけど、「そうか」と問わなかった。

 大切な水路が壊されても、二人がケンカをしても。朝の祈りや清掃が、欠かされることはない。

 聖職者のみんながそうしている中。せっかく師匠が居るからと、僕とホリィは水路を見に行った。

 まだ開けられて間もない門を通り、惨状を想像しつつ目を凝らす。

 しかし水路に、異変は見当たらない。


「あれ。壊されたって、どこですか?」

「全部じゃねえよ。行ってみりゃ分かる」


 連れて行かれたのは、町と温泉との中間辺り。そこには水路の方向を変えるための、枡が設置されている。

 今や無残に、粉々だけれど。


「ここを壊すってことは、事情を知ってる奴かもしれねえな。いちばん手の込んだとこだ。まったく、念入りにな」


 それでもいくつかある大きな破片を拾い上げ、師匠は吐き捨てた。芯になっている草の茎の、引き千切られた様子が断面に見える。


「これ、どうやったらこんな風に壊せるんでしょう」


 草の茎と言ったって、手で千切れるような物じゃない。たぶん硬い葦とか、細い竹と同じくらいに強い植物だ。

 これを覆っているセメントごと引き千切るとは、どうやればいいのかと思う。


「バカでかい魔物が爪で引っ掻いた」

「ええっ?」


 まともに受けて驚いた僕を、師匠はハッと小馬鹿に笑う。どうやら当てつけ混じりの冗談だったらしい。


「でなけりゃ、斧だろうな。俺ならハンマーを選ぶところだが」


 斧と言われれば、どうしてもダレンさんが思い浮かぶ。昨日も自前の斧で、院長室の扉を砕いていた。


「直すのは手間ですか」

「いや。ここまで砕いてありゃあ、もっと細かくして材料に使える。足りない分を都合して、職人を連れてきて――長くとも十日だ」


 日本の感覚で言えば、十日はかなりの工期なのだと思う。たぶん小さな家くらいなら、建てられるはず。

 しかしここでは、材料を集めて使えるように加工して、成形から乾燥も全て手作業だ。

もちろん天候にも左右される。


「お手間ですが、よろしくお願いします」

「俺はどうってこたあねえ。街の奴らが、完成したと知ってるからな。それを思うと腹に据えかねるだけだ」

「爺ちゃんのせいじゃないよ」


 悪いのは当然に犯人だ。でも師匠は、自分に責任があるように言う。ホリィはそれを否定した。

 聞けば一昨日にも、端から端まで点検してくれたそうだ。他には誰かが警戒していたわけでない。

 責任というなら、それだけでも十分すぎる。


「一昨日の夜から昨夜のうち、ですね」

「そうなるな」

「じゃあ、ますますダレンさんが怪しいってことに……」

「ダレンがどうした」


 名前を出してしまったのは、うっかりだ。けれど知らせないわけにはいかないと思った。昨日のことを、残らず話す。


「そいつは俺が聞いていい話なのか」

「他の人には内緒でお願いします。師匠には調べてもらいたいことがあって」

「調べる?」


 院長室の、水に濡れた何か。

 斧のような物で壊された水路。

 ダレンさんや、他のみんなの行動。

 それらがここへ来て、繋がった気がする。声を潜めて説明するうちに、確信と言えるほどにも。

 だとすれば、師匠に頼むことができる。証拠を見つけるのが、僕ではダメなのだ。


「あたしも聞いて良かったの?」


 いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて、ホリィが問う。僕の考えでは、彼女も関係なかった。

 裏切らないという言葉を信じてのことでなく。その言葉を裏付けられて、ほっとした気持ちだ。


「僕の考えが正しければ、二人は悪いことをしていないと思う。だから協力してほしい」

「何だ、信用してくれてるわけじゃないんだね」

「まあその、お前さんの考えってやつ次第だな」


 間違っていたら悪人かも。あくまで理屈を言った僕に、呆れたという顔が向けられる。

 だが僕は、あえてそういう言い方をした。


「どんな善意だったとしても。思い込みで決めつけられて、僕は傷付いたから。なるべくそういうことは、したくないんです」


 審哉としての最後の記憶。僕が死んだあとの、両親の会話。

 あれが誰のためであっても、僕は嫌だった。しかし僕が嫌だったのを、両親は知らない。

 だから、責めたくはない。けれど悲しい。それなら最初から、憶測で物ごとを進めなければいい。

 そう思っていたのだけど。とてつもなく難しいことだと、この世界で学んだ。

 だから、なるべく。


「僕の探し物は――」


 ホリィと師匠は、僕の気持ちに肯定も否定もしない。ただ一度だけ、示し合わせたように頷いた。

 そんな二人に僕は話す。

 ホワゾを襲う、獣化の病。辿り着いた僕の結論を。

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