第41話:良きと悪しきは裏表
どこかで時間をたっぷり取って、子どもたちと遊ぶ。いつになるか分からない約束をさせられた。嫌なのではなく、「いつになるか」の部分が後ろめたい。
「たくさん要るの?」
「ううん。とりあえず一つあればいいんだ。大きいのがあるなら、越したことはないけど」
石灰を固めたような月閃鉱。この辺りの土地にはどこにでもあるらしいけれど、探せばすぐに見つかると保証されてもいない。いくらか調べるのに、砂粒のようでは困る。
「あったよ」
「さすがだね」
町の門を出て、いくらも探さないうちに見つかった。狼が獲物を狙うように、姿勢を低くしたホリィのお手柄だ。
では早速と、治癒術の知識に問いかける。
――月閃鉱を魔術媒体に使ったとき、何か特性が変わるの?
【月閃鉱による魔術媒体。魔力、法力を通すことにより、
「代替代償?」
「それなにさ?」
「いや僕にもちょっと――」
分からない言葉も、シンの知識は教えてくれる。もう一度だ。
【代替代償。術師が術の使用に際し、払うべき魔力等を代償という。代替代償は、これを肩代わりする物】
「魔力を肩代わりってことは、生命力も肩代わりされる――?」
「なに、どうしたの?」
探し物が見つかったのかも。きっとそうだと確信して、ホリィの問いに答える余裕がなくなった。
肩代わりって、どれくらいなのか。一割とかでは、解決にならないのだ。
【月閃鉱による代替代償。通された魔力、法力の質。またはその物的質量により効果に増減を起こし、理論的な上限はない。液体に触れると成分が流出するため、効果が減じる】
――ということは、たくさんあればあるほど良くて。うまくすれば、僕の寿命を全く減らさずにすむ?
「ホリィ。これだよ、月閃鉱が僕を助けてくれそうだよ」
「そ、そうなの? それじゃあ、町の人の病も治るんだね!」
「そうだよ!」
質問をスルーされて、頬を膨らませていたホリィが。自分は薬を飲まないと言った彼女が、町の人を思って歓声を上げる。
抱きついてもきて、照れくさいながら僕も彼女を抱きしめた。これは喜びの表現だと、必死に自制しながら。
ただもう一つ、心配はある。いや二つか。
大量の月閃鉱に、魔力か法力を通さなければならない。その月閃鉱と魔力を、どうやって用意するのか。
「それは院長とダレンさんに聞けば?」
「まあ、そうなんだけどさ」
ホリィに聞くと、当然のように言われた。というか当然だ。この件で他に聞く相手など、レティさんとメナさんくらいしか僕には居ない。
「でもダレンさんは忙しそうだしなあ。まずメナさんに聞いてみようかな」
「そうだね。法術が使えて、月閃鉱を採りにも行ってるんだし」
うまく行きそうだと、地に足のつかない感覚。また門をくぐって、修道院まで戻るのももどかしい。
外に直通の扉は緊急用で、普段は出入りしてはいけないのだ。そこを入れば、すぐ調理場なのだけど。
「あれ、メナさんは?」
食事の準備と言っていた、メナさんの姿がなかった。レティさんと侍祭の女性と、三人だ。
「さっきまで居たけど、どこかに行ってしまったわ。そこから外を見ていたけど、急に用事ができたって」
ホリィが聞くと、レティさんは特に困った様子もなく答える。相変わらず僕には、鋭い一瞥があったけれど。
指さされたのは、町の外へ直通の扉だ。そこから見ていたとなると、メナさんが見ていたのは――僕たち?
「あっ、そうだ。レティさん。月閃鉱に法力を通したことってある?」
「月閃鉱に? 私はないけど、通してどうするの。それが獣化の原因だと言ったのは、あなたよね」
続けて聞いたのはホリィなのだけど、突き刺すような睨みが向いたのは僕だ。
たぶん魔術的中毒を悪用すると疑っているのだと思う。治癒術師を憎むレティさんなら、それも仕方がない。
「ち、違いますよ」
「何が違うの。私はまだ、あなたが言ったことを確認しただけよ」
そう言われても。最初から疑いしかないレティさんには、僕が図星をつかれて慌てているとしか見えないらしい。
「説明しますから、落ち着いて聞いてください」
僕はレティさんと話す機会が少ないので、どこまで把握しているのかも分からない。
だから復習の意味もこめて、イトイアを栽培する理由から話す。
「へえ。それで月閃鉱がたくさん必要と言うの? 今まで分からなかったことを、よくもそこまで言い切れるものね」
まあたしかに。時間をかけて調べたでもなく、さっきの今で知らなかったことを知っている。これはレティさんでなくとも、おかしいと思うだろう。
「何だか、一度死んで生き返ったみたいなことも言っていたけど? 今度は蘇生を商売にするつもり?」
これはもう、僕が転生したことを話すしかないのかも。
話しても、信じられるか分からないけど。辻褄合わせの嘘を吐くのは嫌だ。いつまでこの修道院に居るのか分からないけど、レティさんとも仲良くしてもらいたい。
「突飛な話になりますが、全部話します。聞いてもらえ――」
バァン、と。建物が揺れたと錯覚するほどの、大きな音。木片の転がる音もする。
「な、何。どうしたの!」
「上だよ!」
この場の全員が、咄嗟に腕で頭をかばった。つまり音がしたのは修道院の中で、ホリィの言う通りに上だ。
「見てくるわ。あなたたちは、火をよろしく!」
「レティさん、あたしも!」
侍祭に火の番を頼んで、レティさんは階段を駆け上がる。ホリィが続いて、出遅れた僕はその後ろ。
扉を破壊しているらしい音は、まだ続く。
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