第38話:道なき道に道を通せ
まだ仕事があると、ダレンさんは街中に去った。僕は階段を上って、表の畑に戻る。
まだみんな、さっきの場所に居た。むしろレティさんも加わって、地面に布を広げ、イトイアの実をほぐしている。
「あんたもやってみなよ、これ。終わりゃしないんだよ」
「そんなに?」
いち早くホリィが僕を見つけて、文句を言った。言葉だけで、本気ではなさそうだけど。
「あなたの仕業なんでしょう? 自分で始末をつけなさい」
仕業とは手厳しい。その通りなのだけど。大量の実を付けた現実にまでは、レティさんも文句をつけない。
場所を広げてくれたホリィの隣に座り、殻を剥く。まあまあ硬くて、すぐに手が痛くなりそうだ。
「師匠」
「そんなもんになった覚えはねえ」
「だいたいでも、必要な数が分かりますか?」
「あん?」
僕は決めた。やはり町の人たちを救うために。できればホリィにも。薬を作りたい。
そのために必要なイトイアはどれくらいか、知りたかった。僕の命がかかっているのだから、百で良いものを五百作ったとか洒落にならない。
「温泉からここまで、パイプを引いて包む。言うのは簡単だが、結構な大仕事だ。その資材がどれくらいか、だいたいで計算しろって?」
ああ、そうか。僕が聞いたのは、そういう意味になるらしい。ひと株で何メートルと分かれば、温泉までの距離から割ればいいくらいに考えたのだけど。
パイプの太さや、まっすぐ通せるのかなんてことが分からなければ、計算できるはずがなかった。
しかも師匠は、厚意で来てくれている。そんな見積もりを、タダでやれと僕は言ったのだ。
「そうです。僕にはお支払いできるものがなくて――でも何かでお返ししますから」
「バカにするんじゃねえ!」
鋭い怒声。
それでも殻を剥く手は止まらない。僕を見るでもない。作業をやめずに、師匠は続けて言う。
「俺はな。マルムさまが私利私欲なしに、町を思ってくださるから。仕事をさせてくれと言ってるんだ。それをお前から、報酬をもらう? ありえねえだろうが」
名を出された当人は、気まずそうに笑おうとした。でも師匠は、まだ収まらない。
「それに何だ。だいたいで? 俺の仕事は、髪の毛一本も狂わせやしねえ。こっからここまでと決めたら、きっちり数字を出してやるぜ」
それとも何か、と。初めてそこで、目を合わせた。僕がどういう気持ちで、この話をしているのか探るように。
「お前さんの命は、それほどお高いのか。俺なんぞの仕事じゃ釣り合わねえ。そう言ってるのか。ええ?」
「そんなこと――」
「だったら! だったらいい加減な仕事をさせるんじゃねえ。お前さんが命を張ろうってんだ。俺も命をかけて、千年残る仕事をしてやるさ」
覚悟を決めてきたのなら、理由も聞く必要はない。やることをやるだけだと師匠。ここまで言われては、もう付け足すことは何もなかった。
ただ僕自身のことで、一つ言っておかなければ。
「やり方を少し変えようと思うんです。でもどうすればいいか、具体的には分からなくて。これからなんですけど」
橋を造れとダレンさんは教えてくれた。
橋とは何か。川や谷のような、本来は渡れない場所を進むための物だ。
ミヌスとイトイア。この二つだけを持って、町のみんなが居る対岸には渡れない。
――橋を見つけなきゃ。
振り出しに戻る、とまではいかない。けれど、何をどんな風にすれば橋になるのか。一からの模索となる。
そもそも存在しないものを探すのかも。
「また――あなたたち治癒術師は、いつもそうね。決定的なことを言った振りだけして、土壇場で覆す。そういう教本でもあるの?」
院長の手前、感情を抑えているらしい。レティさんの震える声が、僕を責める。
「まあまあ。シン、みんなに協力を願っている私としても、もう少し説明が欲しいところだ。どういうことかな?」
宥めつつ、マルムさんも疑問を示した。当然だと思う。考えを全て話したって、僕の勝手が過ぎる。
「ミヌスはまだしも、イトイアを増やすだけできっと僕の寿命は尽きます。それでもいいと思ったんですけど、違うと気付きました」
「というと?」
「道なき道を進んだら、協力してくれる人に泥水をかけることになるって」
僕に何かあれば、背中を押してくれたダレンさんが悲しむ。優しいあの人は、立ち直れなくなるかもしれない。
僕が投げやりになれば、師匠は協力してくれないはずだ。逆に危険に身を晒せば、同じような無茶をする。
二人の言ったことは、同じだった。
「約束します。必ず方法を見つけるから、先に水路を作ってください」
「ムダになると分かっている物を、作れるはずがないでしょう。そんなことをして、あなたに何の得があるの?」
レティさんの引き攣る声が詰る。これまでと違って、僕の言うほうが無理筋だ。マルムさんも難しい顔で、黙ってしまう。
「シン。あんた、どうしてそこまでこの町のために?」
「僕は……いちど死んだ。病気でね。だから今度は、治せないものも治せるヒーラーになろうと思った。思ったのと少し違ったけど、治したい気持ちまで違ったわけじゃない」
「死んだ――?」
ホリィに問われて、正直に答える。そこをごまかせば、僕の本気が伝わるはずもない。
余計にややこしくなるかもしれないが、それは順番に説明すればいい。嘘を吐けば、語れることがなくなってしまう。
「分かった!」
ばしっと脚を叩いて、ひと声。師匠が立ち上がり、マルムさんと向き合う。
「お前さんが仕事を疎かにしねえのは知ってる。見させてもらったからな。だからマルムさま、俺からもお願いする。シンの言う通りにさせてやってほしい」
しばらく、沈黙があった。
畑の向こうの、塀のさらに向こうから、街の声が聞こえる。そろそろ子どもたちも、学問所から帰ってくる頃合いだ。
そんな音に聞き入ったのか、マルムさんは目を閉じていた。
ようやく開いて、答える。
「いいでしょう。どうしたって、シンに頼るしか道はないのですから」
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