第37話:真実は川べりにあり
街中を走る川は、両脇を石垣で固められている。幅は十メートルほどで、浮かべた草舟と並ぶにはちょっと走らなければ。
ところどころ水辺に降りる階段があって、みんなそこで水を汲んだり涼んだり。井戸もあるのに、町の端のほうからもわざわざやって来るそうだ。
川の源流が神聖な山で、信仰の一環らしい。
「あれ、ダレンさん」
ちょうど一人が歩けるほどの水辺を行くと、真剣な表情で見回す姿に出会った。水汲み場で石垣や足下を触れてみたり、水中を覗いたりしている。
「ん――ああ、シン。実験は終わったのかい?」
「終わりました、うまくいきましたよ」
「そうなのかい? それにしては浮かないね」
声をかけるとすぐに、いつもの優しい顔で答えてくれる。一人で考えたくてここに来たはずが、あったことを全て話してしまった。
「なるほど……それはつらい選択だね。俺だったら自分のことなんか放って、やってしまうかもしれない」
「ダレンさんならそうかなって思いました」
こう言っては悪いけれど、お人好しの彼ならそうだろうと納得してしまう。
しかしダレンさんは「そうかい?」と意外そうな声を返した。
「いや、だって。ダレンさんはすごく優しいし、いつもみんなのことを考えて動くじゃないですか」
「あははっ、そうなんだよ。よくそれでメンダーナに叱られるんだ。そんなんじゃ、足を掬われるってね」
どっちなんだ。と思ったけど、よく考えると冗談に違いない。自虐ネタというやつだ。
「戻ろうか。シン、先を歩きなよ」
「え? はい」
振り返ると、修道院がかなり遠くに見えた。言われたように、僕が先を進む。
「その件とは関係ないんだけど、シンはどうして俺を助けてくれたんだい?」
「どうしてって。ホリィがそうしろって言ってくれたからです」
「言ってくれた? 言われて渋々じゃないんだね」
「もちろんです。僕が何か出来るなら、そうしたいです」
なぜ急に、そんなことを聞いたのか。ダレンさんは「なるほど」としか言わず、話題を変えた。
「シンはどうして治癒術師になったのか、それも覚えていないのかい?」
その部分だけ覚えているとはなかなか思いにくいだろうに、なぜか聞かれた。まさか記憶がないのは嘘だとばれているのか。
答えあぐねていると、言葉が継がれた。
「ああ、ごめんよ。治癒術に熱心だから、そういうのを思い出したかと思ったんだ」
「――いえ、覚えてますよ。僕は人を癒やしてあげられる魔法。法術が使いたくて、ヒーラーになろうと思ったんです」
「ヒーラーか。シンの故郷ではそう言うんだね」
もともとゆっくりだったけど、さらに足の進みが鈍る。すると大きな手が背中に触れて、ほんの少し押してくれた。
「すると間違えたのかい? 案外、そそっかしいね」
「案外なんて。僕は世間知らずだし、ここへ来てすぐ川にも落ちました」
神に祈るのと薬草を扱うのと。そんな二つを取り違えるなんて、あり得ない。それなのにダレンさんは、ちょっとバカにした感じで笑って流した。
異世界からやってきたとは思っていないだろうけど、何か察して聞かないでくれている。
「俺は嬉しいんだけどさ。何だか頼ってくれるよね。どうしてだい?」
「ええと、偶然なんですけど。同じダレンという名前の戦士を知ってるんです。その人も僕を助けてくれました」
「へえ、奇遇だね。きっと俺みたいに間抜けじゃなく、頼りがいのある人なんだろうな」
そんなことはない。話す雰囲気とか、細かい部分は違うけれど。とても優しくて、導いてくれる感覚が似ている。
「間抜けなんかじゃないですよ」
「いや。俺は間抜けだよ」
ひどくはっきりと、ダレンさんは言った。むしろ言い捨てたというような、重みが川に沈んでいく。
「シン。いま君は、この狭い場所を進んでいる。これは君だけの道だ」
「ええ?」
「俺は君が進むために、背中を押したり頑張れと応援したりはできる。でも代わって歩いてあげることはできない」
また突然だったけど、これは分かった。治癒術について、決断について。どう考えるべきか、教えてくれているのだ。
「俺が前を行こうと思ったら、川にはみ出すか君を踏み潰して越えるしかない。でもそうすると、その先にあるのはもうシンの見ていた道ではなくなっている」
「まっすぐ進み続けろ?」
という意味かなと思う。でもその場合まっすぐとは、どうするのか分からないが。
「いや? シンが自分で決めるなら、そこの階段を上ってもいいし、水の上を歩いたっていい」
「水の上は歩けないですよ」
そこもまた、冗談を交えてくれた。そう思って笑うと、違った。「その通りだよ」と、静かだけれど厚みのある短い肯定が返る。
「目を向ければ、何もなくて進めそうだけどね。端から道なんてないのさ。そこを進むのかなんて、考えちゃいけない」
自分の寿命を縮めて、町のみんなを救うこと。そんなのは、人間が水の上を歩こうとするようなものだ。
彼はそう言いたいらしい。
「一歩か二歩は進めても、シンは水の底だよ。それだけじゃなく、すぐ後ろに居る俺も水浸しさ」
「そんなことが?」
「必ずそうなる」
戦士として、もう十年以上も生きてきたダレンさん。そんな男が迷いを見せずに断言すると、この上ない説得力を持った。
「でも。それでもどうしても、そこを進まなきゃいけなくてもですか」
「そういうときはさ」
やがて修道院が、目の前にあった。先のほうに、水辺から調理場へ行く階段が見える。
ダレンさんはその上、川の両岸にかかる建造物を指して言った。
「橋をかけるんだよ」
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