第34話:想像力でできること
翌日さっそく。ダレンさんにも付き添ってもらって、師匠と一緒にイトイアを分けてもらいに行った。
町の外にある広い畑には、腰くらいまでの低い木が緑を繁らせている。これがやがて、枯れて茶色になるのだそうだ。
この中のひと株か、贅沢を言えばふた株をもらえれば、それだけでありがたかった。何のお礼もできないのに、図々しい話だけれど。
「そんなケチくさいことを言わず、全部持ってってくれ」
「ええ? 全部って、果実をですか? まだ実ってませんし。僕が言っているのは、株を譲って欲しいと」
「分かってる。だから根っこから抜いて、全部持って行けと言ってるんだ。治癒術師なら、ここで育てるより実りを良くできるだろ?」
事情を話すと、先方のご主人はいきなりそんなことを言い出した。
本当に全部もらったとしても、植える場所がない。それにこの人が、収入源を失ってしまう。
「ひと株か、ふた株だけで本当にいいんです」
「そう言わず、持って行けよ。マルムさまが仰ってることなんだろ? それなら半端なことは出来ねえ」
こんなやり取りが、何度も繰り返された。ご主人も意地になっているのか、引き下がる様子はない。わからず屋は僕のような気にさせられる。
師匠はその様子を、呆れたように眺めるだけだった。
「分かった。じゃあやはり、ふた株を分けてもらえないかな。それで必要となったら、また受け取りに来るから」
「必ず来るのか?」
「ちょっと試したいことがあって、その結果次第なんだ」
見かねたダレンさんが、執り成してくれる。それでもご主人は食い下がった。段々と語気も強くなっていく。
「それじゃあ来ないかもしれないじゃないか」
「そうだね。でも実験の結果次第で、どうなるか分からないんだよ。先にもらってしまうと、ムダになるかもしれない」
「ムダになったっていいさ。持って行けよ」
この熱意は、成果を期待してなのだろうか。いや熱意というか、有無を言わせず無理やりな態度に思えてきた。
温厚なダレンさんだからいいけれど、相手によってはケンカになったかもしれない。
「いい加減にしろい。紹介した俺に、恥をかかすんじゃねえ。心配しなくとも、マルムさまには俺が言っといてやる。押し売りしてたってな」
年齢の割りに丈夫そうな、師匠の怒声が響く。それほどの大声ではなかった。腹に堪えるという感じの、迫力に満ちていた。
聞いて畑のご主人は、声を失った。でもそれは、気圧されたからではないらしい。
「そ、それは困る。ふた株だよな、ふた株。持って行けるように、すぐ用意するから。変なことを言わないでくれよ!」
マルムさまに言わないでくれ。その部分をもう一度言って、農具小屋へ走り去った。鍬やらロープやらを持ち出して、遠くで作業していた息子さんも大声で呼びつける。
荷車も引っ張り出して、瞬く間にイトイアの株が三つ載せられた。
「くれぐれも、マルムさまによろしくな!」
態度を急変させたご主人の見送りを背に、帰路へ着く。荷車は重くて僕には引けなかったので、ダレンさんがやってくれた。
「どいつもこいつも、困ったもんだ」
「まあ、気持ちは分かりますよ」
吐き捨てた師匠に、ダレンさんが柔らかく答えた。何のことだか、あのご主人がああなるのも分かると。
「気持ちって?」
「あん? あいつも下衆だったってことだよ!」
聞いた僕にまで、師匠の雷が落ちた。ダレンさんは当然に前を向いて、どんな顔をしているのかも分からない。
僕は後ろから押しているので、彼の背中を見続けることになる。教えてもらえないか、期待をこめなかったと言えば嘘になるけど。
「この国を治めるのは
「聖王って、王さまも聖職者ってことですか?」
これに頷いて、それ以上はダレンさんも答えてくれなかった。
――協力しないと罰せられる、とか?
それにしては、みんな嫌々という風ではなかった。ならば得があるのかと思ったけど、あの貧乏そうな修道院を見るとどうも違う。
分からないまま、僕たちは帰り着いた。
「じゃあ、やってみます」
表の畑に、イトイアの株を降ろす。二人にお礼を言って、実験は僕だけでやろうと思った。どれだけの時間がかかるか、分からなかったから。
「それじゃ悪いけど。ごめんよ」
他にも用があると、ダレンさんはどこかへ行ってしまった。もちろんそれでいい。
しかし師匠は、「暇だからな」と残る。そこになぜか、ホリィまでやってきた。これまで特に接点はなかったそうだけど、もう互いに遠慮なく話している。
彼女が大人びているのもあるけど、師匠の話題が幅広い。
「ああ、そうだな。この川は細っこいくせに暴れん坊でな。河口まで行かねえと町はない」
「なんで暴れるのさ」
「小せえ川が合流するんだよ、何本もな。その上、曲がりくねってる。若えころから、ちょくちょく面倒みてるが。まだまだかかるな」
治水工事まで参加していたらしい。左官さんで、農家にも顔が利いて。若いころは、もっとパワフルだったんだろう。
「おい。何だか知らんが、実験とやらはやらんのか」
「い、今からですよ」
――おまけに勘がいい。
けれども本当に、僕は僕の仕事をやらなくては。イトイアの株に触れて、治癒術師シンの知識へ問いかける。
【イトイア。果実からは、膨張性に優れた繊維質が採れる】
いや違う。いま知りたいのは、そういうのじゃない。この株の成長を早めるには、どうすれば。果実をたくさん採るにはどうすればいいのか。
【イトイアの成長を促進。果実の倍化採取。イメージを送り込む。生命力を増幅させる】
――イメージを送る? こういう姿になれと、想像すればいいのかな。
悩んでいても仕方がないので、触れる手を両手に増やし、貧弱な想像力を最大に動かした。
緑の葉がやがて枯れ、根から吸い上げた養分が果実に変わる。
たくさん。たくさん。たくさん。
全ての枝に。枝が足りなければ、枝もたくさん。それこそ花のような、真っ白な糸が溢れかえる。
そんなイメージを膨らませていく。
「お、おい」
「木が!」
見ている二人の驚く声がする。
僕は想像をするのに、いつしか目を閉じていた。開けてみたいのだけど、きっとそれはダメだ。
マルムさんが言った通り、僕の中から何かが吸い出される感覚があった。それはまだ、収まっていない。
大丈夫。ダレンさんの薬を作ったときは、初めてで身体も驚いたんだろう。今回は疲れた感覚や、眠気もまったくだ。
結局、時間にして二分ほど。その感覚が消えた。
「シン! すごいよ! 寝てないでほら! 見てみなよ!」
容赦なく叩きつけるホリィに促され、それでも恐る恐る、目を開く。
そこに枯れた木など見えなかった。真っ白な。そう、まるで雪だるまみたいに白い塊がそこにある。
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