第33話:治癒術の真髄はまだ

「何だろうね? 院長さまなら、心当たりくらいはあるかもしれないよ」

「マルムさんですか……」


 師匠の様子を、ダレンさんとメナさんに話してみた。しかし二人とも、何を言いかけたのか分からないと言う。


「何だい、何かやっちまったのかい? ちょっとくらいで院長さまは、何とも思いやしないよ。あたいが一緒に行ってあげるから、聞いてみなよ」

「はあ」


 どうしてこう、ここに居る女性は押しが強いのだろう。僕が弱いのは、引きこもっていて人付き合いのスキルがないからだけど。ダレンさんは、根っから柔らかい。

 ――バランスが取れている、ということか?

 ともあれ文字通りに引き摺られて、院長室へ。ノックしたメナさんは、返事と同時に扉を開ける。前と同じに、マルムさんは書き物をしていた。


「やあ、シンも一緒だったのか。どうしたかな?」


 僕が話したそのままを、メナさんは代わりに伝えてくれた。マルムさんは頷きながら聞いて、ふむと顎に指を添える。


「あのご老体か。ずっとここに住んでいるはずだけど、随分前の話かもしれないね」

「この町に、特別な治癒術師が居たことが?」


 僕がこの世界へ来て、半月ほども経ったろうか。その間には、もちろんたくさんの雑談をした。多くはダレンさん夫妻で、侍祭の人たちや子どもたち。もちろんホリィとも。

 その中に治癒術師の話題もあった。特別なことでなく、僕以外の彼らはどんななのかと。

 目立つ存在や派手な出来事が耳目に触れやすく、意識へ残りやすいのは、この世界も同じらしい。

 そういう意味で、治癒術師はマイナーな職だ。以前にマルムさんが言っていた、成長の見えにくい地道な努力という点で聖職者の上を行く。

 しかも法術ならばいかにも超常の力という感じがあって、ありがたい気がする。いや実際にありがたいのだけど。

 対して治癒術は、方法さえ知れば誰にでも出来ると、修める人がどんどん減っているようだ。


「特別な? そんな話は、聞いたことがないのだけどねえ」


 うぅんと唸って、記憶を辿ってくれている。書き物も脇へ除けて、完全に僕の話に集中してくれた。

 この人の強硬な正しさの前に、僕は反発を覚えたけど。こういうのを見せられると、いい人だと安んじてしまう。


「ああ、そういえば。私も聞いただけで、たしかでないけれどね」


 拍子を取るみたいに、マルムさんの手がぱちり鳴る。僕よりも先に「何です?」と、メナさんが身を乗り出した。


「作物の成長を操作できる術師が、昔は居たとか何とか」

「成長を操作? それは肥料をあげたりとかすれば」


 ならば出来る。という、当たり前の話でないだろうとは思う。でも他に、どうやるものか想像がつかない。

 案の定で、「そうじゃない」と否定があった。


「私たち聖職者が法術を使うとき、体内の法力を使う。魔術師ならば、同じように魔力を使うそうだ。これだけある、と見せられるものでないけれどね」


 魔力はともかく、法力は神さまを信仰する気持ちそのものだそうだ。

 だから法術を使いすぎると、神さまを裏切った気がしたり、世を儚む気持ちになるらしい。


「同じように、治癒術師にもそういうものがある。でなければ、薬草をあれこれしただけで瞬時に傷を癒やしたりはできない」

「なるほど――」


 僕の薬も、日本で同じ物を作れば魔法使いと呼ばれるに違いない。だけれどそれは、こちらの世界では普通のことと思っていた。

 ――ああ。だからダレンさんの薬を作ったときに、倒れてしまったのか。


「シンは自覚なくやっているんだね。もしかすると、いわゆる天才というやつかもしれない」

「ええっ? いやそんな大それたものじゃないと思います」


 天賦の才という意味なら、その通りだ。自分で努力したわけでなく、あの天使の言い分に依れば実験のために与えられたもの。

 そんなのを讃えられても、どう答えていいやら。でも幸いに「それはともかく」と話が戻された。


「治癒術師による治癒術の真髄は、作物の成長を早めたり、採取量を増やしたり。そういうものだそうだよ」

「つまり、イトイアも増やせると?」

「そうなるね。その技の使える治癒術師が、居ればの話だけれど。やはり法術と同じく、経験や鍛錬の積み重ねによる高等な技だと思うよ」


 もしも僕に、それが出来るなら。問題は解決だ。栽培している人が居るのだから、その人の採取量を上げればいい。

 何なら余るくらいまで増やして、お礼に渡すのが良いかも。

 なにしろ僕は、能力値を最高に設定した治癒術師だ。きっと出来るはず。


「無責任なことを言うようだけど、シンが試してみるのはどうだろう? 君の薬は、素晴らしい物だった。呪文でも知ってなきゃいけないなら、無理だけど」

「そうさねえ、やるだけやってみればいいさね。あたいにだって、いくらか法術が使えるくらいなんだ」


 優しく勧めてくれる、ダレンさんとメナさん。それで湯が引けて、ミヌスが育てられれば。獣化の病から、町のみんなを救ってあげられる。

 他に方法もないのだし、可能性のあるものを試さない理由はなかった。が、思わぬ異論が上がる。


「ちょっと待って。それならさ、ミヌスを増やせばいいんじゃない?」


 マルムさんとダレンさん夫妻。それに僕も、ホリィの指摘に声を失った。

 ミヌスをたくさん得るために、イトイアを増やす。正攻法ではそうなのだけど、治癒術でショートカットが出来るのなら。ホリィの言い分が当たり前に、当然に正論だ。


「うん、そうだね。いやしかし、それならそれで異論がある。ただしそれは成長の操作が出来るか、試してからとしようか」


 マルムさんの話はいつも、立て板に水という風だ。それが今は、考えつつ話しているのが丸分かりだ。

 彼は机の紙をそっと引き寄せ、ささっと何ごとか書き付けていた。

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