第三幕:原因を探ろう!

第31話:ミヌスの栽培に挑戦

 畑に壁を作る。正気を疑われたけど、僕は至って正常だ。

 煉瓦大の石を積んで、壁が起きていく。それは見ているだけで、ワクワクしてしまう。僕のためだから、というだけでなく。建物でなくとも、何か大きな物が出来る様子は、誰も見入ってしまうものだと思う。

 作業をしてくれる人たちに、食事も振舞われた。食材や積まれている石なんかの資材は全て、町の人たちが持ち寄ってくれたものだ。

 そんな中、僕に出来るのは食事を配るくらいだった。それ以外はずっと、この光景を眺めて過ごす。「やってみるかい?」なんて声をかけられて、漆喰がうまく塗れなくて。

 気難しそうなお爺さんに「全然ダメだ」と剥がされる。でもそれをお爺さんがやり直すのでなく、もう一度やれと僕に返してくれた。

 慎重に、丁寧に。やっていたつもりが、列が曲がる。またお爺さんは「何やってんだ」と厳しい声。

 やったことと言えば、そういう繰り返しだった。みんなで一つのことを、励まして叱られてやり遂げる。

 何度目かに怒鳴られたとき、涙が流れた。


「おい。こんなことで泣いてんじゃない」

「違うんです。何だか分からないけど、嬉しくて」


 何を言っているのか分からない。呆れた風のお爺さんが、手拭いを投げつける。かあっと痰を吐いて、文句を言われるかと思えば違った。


「嬉しいとか楽しいときには、笑うもんだ」


 また涙が増して、手拭いで拭く。汗臭かった。

 十日を過ぎて、ようやくの完成だ。裏の畑を七割がたも覆う、壁と天井。僕が足を引っ張らなければ、もっと早かったのかもしれない。

 換気窓の調子なんかを見て、最後にお爺さんが言った。


「お疲れさん」


 何でもない、労いのただひと言。それでまた、泣いてしまった。

 お爺さんは頭を掻きながら、「何だろうな」と。扱いに困ったのだろう、肩を思いきり叩かれた。


「いたっ!」

「しっかりしろや。お前の仕事は、これからだろうが!」


 背すじを正して「はいっ」と。それで何となく僕の中で、お爺さんのイメージは師匠に決まった。


「やあ、できたね。これで作り始められるのかい?」


 この土地の責任者であるマルムさんにも、見せないわけにはいかない。もうあれから時間が経って、うやむやのまま気にしないことにしたけれども。


「ええ。いけるはずです」


 試しにすぐ、畝を一本だけ作った。鍬の使い方を見た師匠が、「こっちは大したもんだ」と褒めてくれる。

 いい気になって力むと、「そうでもなかったか」なんて言われてしまった。

 ミヌスの種を、ひと粒たりともなくさないように。指で穴を空けて、ひと粒ずつ撒く。優しく土をかけ、水も指先から垂らすように。

 このミヌスは、洞窟に自生していた。だから普通の畑では育てられない。

 たしかモヤシを育てるのも、温度管理などができる建物の中だったはず。それと同じだ。


「過保護だな。そこまで柔なのか」

「そうじゃないんですけど、最初だから慎重にと思って」


 はっ、と師匠は鼻で笑う。他の職人さんたちも。いや調理係をしてくれていた、女性たちまで。

 これを酷いとは思わない。僕自身も、あははっと笑った。

 落成式などと立派なものではなかったけど、関わってくれた人たちが見物に来て帰っていく。

 むしろ、これで終わりなのかと。他にもやらせろという人が多かった。


「何かあれば、またすぐ言いますから」


 実際にやってもらうことがないので、そう言うしかない。しばらくはきっと、何もないと思うけど。

 しかし翌朝、何かは起きた。と言っても、手伝ってもらっても解決するのかどうか。

 それは朝一番に、師匠がやってきて分かった。


「早いですね、師匠」

「現場は退いちまったからな、暇なんだよ。お前の師匠になった覚えはないが」

「昨日の今日で見ても、何も変わってませんよ」

「いいんだよ、暇なんだから」


 両開きの扉を片方開け、中へ。昨日、最後に見たのと何も変わらない。

 でもきっと、僕の能力を使えば生育状況が分かるはずだ。問題がなければ、残りの種も植えられる。

 師匠はつまらなそうに、地面と建物を見て歩く。痰が溜まるたびに、きちんと外へ出てくれるいい人だ。


「さて、どうかな」


 しゃがみこんで、種を植えた辺りに手を触れた。

 シンの知識を覗くときの、頭の中が波打つような感覚。それが頼もしくて、問題ないことを確信していた。


【ミヌスの畑。水分量、適。換気、適。地質、良。地中温度、低温により不可】


「えっ……」


 地中温度が低すぎて、このままでは芽が出ない。治癒術師としてのシンが、そう告げた。

 呟きに気付いて、「どうした?」と師匠。


「ここでは育てられないかもしれません。地面の温度が低すぎて」

「温度? そいつは難儀だな、火を焚けばいいってものでもないんだろ?」

「そうですね――」


 この中で火を焚いても、たぶん土の温度は上がらない。それ以前に、燻製になってしまう。

 地中にパイプを通して、熱い煙を流すというのは何かで見た気がする。でもそれには、大量の薪が必要だ。それだけのコストを、かけられるものだろうか。

 せっかく始まったと思えば、またも難題にぶつかってしまった。

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