第30話:優先順位を知ろう!

「そうだよ」


 まばたきを一度。それで微笑みが消え、ひと言で答えがあった。

 僕は糾弾したのだ。直接の言葉こそ出さなかったが、酷いじゃないかと。それを言い逃れなく、端的に認めた。


「そうだよ、って」

「何か問題があるのかい? 私も君も同じ薬を飲んで、危険はないと証明した。それ以上に段階を踏む必要があったのなら、教えてほしい」


 慌てるでなく、怒ったりする様子もない。落ち着いて、諭すようにマルムさんは問う。

 対して僕は、憤りを抑えている。事情も聞かずに責めてはいけないと思って。

 どちらが正しい態度とかはないだろう。でも何だか、僕が思い詰めすぎという気にさせられる。


「仮に、くじか何かで公平に決めたとしようか。それが結婚したばかりの夫だったら。子ができて間もない母親だったら。果たして公平と言えるのか、私には疑問なんだが」

「それは……」


 実験をするタイミング。人選の方法。マルムさんの言い分を、間違っているとは言えない。いや、きっと正しい。


「責めているように聞こえたら、すまない。しかし私は、町の人たちが納得する方法を選ばなくてはならないんだよ。それだって全員がとはいかなくてね。なるべく多くの、という話になってしまう」


 反対を述べるときには、対案を示せ。

 ネットで見かけた言葉だ。建設的な対話をするのには、必要だと思う。

 ――でもそれなら、対案を思いつかない人は黙って受け入れろと?

 以前は人ごとで、漠然と感じていた。それが自分のこととしてのしかかる。


「この町の代表を、私は仰せつかっている。いや、何も権限はないよ。領主さまの言葉をみんなに伝えて、みんなの希望を領主さまに伝える。連絡役というところだ」


 マルムさんは言った。町を切り盛りするのは、決断の連続だと。

 排便をすれば臭いからするな、とは言えない。排水路を作るには、誰かの家を壊さなければならない。


「それでも成し遂げれば、みんなが使える。みんなが助かる。川もきれいに保たれる。薬も同じではないかな、と私は思うよ」

「その通りです」


 正しい。正しすぎる。

 僕はこれ以上、語る言葉を持たなかった。でも違うんだと言って、何が違うのかと聞かれても答えられない。


「シン、君のその気持ちは正義感だ。とても尊く、大切にするべきものだ。ただ、それだけで現実は動かない。私は君より歳を重ねた分、嫌でも分かってしまっている。それだけのことだよ」


 納得していないのまで見透かされて、すごすごと部屋をあとにした。「ありがとうございました」と言ったかどうかも、覚えていない。

 どこへ向かおうとも考えられず、歩いている自覚もなく。気が付くと、ホリィに捕まっていた。

 きっと僕は、マルムさんから逃げ出したのだ。


「何があったか知らないけど、いつまでぼうっとしてんのさ。あんたが来なきゃ、始まらないんだよ」

「な、なに? 僕がどうするの?」


 来れば分かる。その一点張りで、引きずられた。行く先は、川向こうの広場だ。


「なんだこれ」

「なんだこれ、じゃないよ! どうするんだよ、何をするんだよ。早く言ってあげなくちゃ!」


 広場はその名の通り、広い。さっき集まっていた人数も、百の単位では利かない。

 そこに積まれた、野菜や干物なんかの食料。鋤や鍬、篩などの農具。革の手袋に、日除けの帽子。

 他にも何やら、木箱に詰められた物資が運ばれてくる。当然にそれをやっているのは、何十人もの町の人たちだ。


「あんたの手伝いをするって、みんなもう準備を始めちゃったんだよ」

「これ、僕のために?」

「そうだよ。何か悩んでるなら、あとで聞くから。とりあえずこの人たちに、やることを教えてあげなよ」


 両腕をぶんぶん振って、ホリィは随分と慌てている。

 それはこれだけの人や物を見せられて、次から次に「何をすりゃいい?」と聞かれればそうもなる。


「えぇと、そうだね」


 落ち込んでいたところに、これはずるい。反則だ。こんなもの、どうしたって動かざるを得ないじゃないか。

 考えていたことはある。難しいかとも思ったけど、きっとこれならどうにかなるに違いない。

 しかし、はたと気付いた。


「あ」

「どうしたのさ」

「裏の畑を使わせてもらおうと思ったんだ。でもあそこには、食べ物を作る約束になってて」

「なんだ、そんなこと。いいに決まってるよ。心配なら、あたしが聞いてくるよ」


 しびれをきらしたホリィは、僕が答える前に飛んでいった。またマルムさんの部屋に行くのは、気が重かったからありがたい。

 それから一分も待ったか、走って戻りながら彼女は叫ぶ。


「もちろん構わないってさ!」

「分かった、ありがとう!」


 そうだ。過程はどうあれ、コーンズさんは治ったんだ。ダレンさんも喜んでくれた。

 同じように、他の人たちも治すんだ。どう考えたって、ヒーラーのやるべきはそうだろう。


「あの、左官さんは。壁を作れる人は居ますか!」


 僕の呼びかけに、何人かが手を挙げて答えてくれる。

 獣化を治すための畑。僕は全力で、作り上げると決めた。

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