第26話:真実と信頼の証明を

「レティシア。君はまたそんなことを」

「申しわけありません。ですが私には、彼の作った物をそれほど信用する院長さまのお気持ちが知れません。治癒術師とは関係なく、です」


 歯向かうような言葉。レティさんにとって、それはとてもつらいものらしい。きっと自分をナイフで刺すほどに。

 食いしばった口もとが、そう見えてならない。


「なるほど、信用する根拠がない。そう言うのだね」

「その通りです」


 彼女の言うのはもっともだ。僕がこの場に第三者で居ても、同じに思う。

 ただ根拠と言ったって、示そうと思えば誰かが飲んで見せるくらいしかない。それを僕がやって、レティさんは信用するだろうか。


「シン。たしか出来上がったのは、四粒だったね。一人には、何粒を与えれば効くのかな?」

「そうですね、普通の体格の人なら二粒です」

「そうか。ではひと粒、持ってきてほしい。残りひと粒は、明日みんなの前で飲んで見せなければね。なくさないように」


 作った責任として、自分が証明してみせろ。そういうことと理解して、納得した。言われなくとも、という感さえある。

 部屋に戻って、ロウ紙に包んだ中からひと粒を取る。残りは三つ。

 小さなそれを、なくさないよう大切に両手で運んだ。こんなときに、ティッシュペーパーとは何て便利な物かと思う。


「みんなも見てあげておくれ。これが私たちの仲間、シンの作った治療薬だよ。これが効けば、街の人たちは苦しみから解放される」


 小さな黒い物体は、見かたを変えれば鹿の糞にも思える。けれどもそれに子どもたちが、盛大な拍手を送ってくれた。

 マルムさんが褒めろと言ったからだし、侍祭たちはレティさんに遠慮していたけれど。


「さて――」

「院長さま、まさかご自身で?」


 丸薬を指先に摘んで、マルムさんは問いに答えなかった。何やらぶつぶつと、独り言をしばらく続ける。


「いま、至高神オムニアに伺いを立てた。この薬を飲んで、私はこの世の勤めに支障があるだろうかと」

「お答えは」

「否、だったよ」


 マルムさんもレティさんも、神に仕える聖職者。現代の日本に生まれた審哉には、その感覚は理解できない。

 でもきっと図鑑や教科書を見るよりも、その意思は重要なのだと思う。そうでなければ、日々細かな制約のある生活をする甲斐がない。

 みんなそうすることで、神さまに褒めてもらえると思っているのだから。


「シン、君にも聞いておこう。これは疑っているからでなく、君が自分を証明する為だ」

「大丈夫です。その薬は、魔術的中毒になった人にしか効果がありません。それ以外の人には、無害です」


 彼は頷き、躊躇うことなく薬を口に含む。隣に居た侍祭が水の入ったカップを差し出し、ごくごくと一気に飲み干した。

 この町の人はみんな、清浄なこの川の水を大切に飲んでいる。


「さあ、飲んだが。すぐに効果があるとも限らないね。悪いのだが誰か、私を見ていてくれないか。部屋に戻って、密かに吐き出したりなどしないようにね」

「構いませんが、お食事は」

「私は今夜は結構だ。すまないが、誰か私の分まで食べておくれ」


 男性の侍祭が従う。マルムさんは部屋を出る前に、扉の前で振り返り「ああ、そうだ」と思い出した風に言った。


「君も対話の間に行ってはどうか、レティシア。疑念は人の常だが、それを振りかざすのは聖職者以前に人として良くない。刃は己に向け、疑う者が柄をどう扱うのか。信義を以て見極めるべきと私は思うよ」

「はい、そのように」


 神妙に、レティさんも別の扉へ向かった。その背中を、マルムさんは呼び止める。


「君が私を信頼してくれるのは、嬉しい。それで君が救われるなら、良いことと思う。だが、盲目的に従うだけではダメだ。支えてくれるというなら助かるが、寄りかかろうとする心は君を弱くする」


 レティさんの拳が二つ重ねられて、僅かに頭が下げられる。言葉による返事はなかった。

 でもマルムさんは頷いて、退室する。彼女もすぐに、礼拝堂のほうへ。


「シン、どうしたの?」


 隣に座るホリィが、声をかける。僕が席を立ったからだ。


「何だか喉を通らなくて。すみません」


 ホリィにだけでなく、反対に居るダレンさんたちにも言って部屋を出た。

 嘘ではない。マルムさんたちを見倣ったわけではなかった。事情は知らないけれど、何だかレティさんに悪い。その気持ちが喉に蓋をしたのだ。

 自分の部屋に戻るのも違うなと思って、畑に向かう。昼間は温かいのに、夜はちょっと涼しさが過ぎる。

 ――火照りを冷ますのにちょうどいいや。


「静かだな」


 丸太を切った椅子に座って、耳を澄ます。

 よほどのことがあっても、出歩く人の居ない夜の街。川の流れや、夜鳴く鳥の声だけが届く。

 闇に溶けた作物たちが、自分たちも居ると風に訴える。


「寒っ」

「夜は冷えるからね」


 ちょうどいいどころか、あっという間に震えがくる。そこに後ろから、何かがばさっとかけられた。大きな布は、野菜にかけておくやつだ。

 がっちりした身体をそっと椅子に落ち着けたダレンさんは、パンを二つ差し出した。


「僕に?」

「お腹が空くからって、ホリィに頼まれたんだよ」


 一つは僕ので、もう一つは彼女のらしい。食べることの好きなホリィが、そんなに心配をしてくれたのか。


「シンの分も、塩漬け肉は片付けておくってさ」

「あらら、高い取り引きですね」


 ホリィらしい。

 意地汚いとかではなく。せっかくの食事をムダにするなんて、ここでは罪になる。

 まあ彼女は「肉さえ食べてれば世界は平和になる」とか言う人だけど。


「気分を害したとかじゃないんです。僕が迷惑になるのは、申しわけないなって」

「迷惑じゃないよ。もしも薬が失敗だったとしてもね」


 あれは必ず効く。しかしそう言っても、強がりにしか聞こえない。ではその他に、何を言えばいいのか。言葉が見つからなかった。

 その沈黙を、落ち込んでいるとでも思ったようだ。首の後ろが優しく撫でられた。


「こんなことを勝手に話していいのかっていうのはあるんだ。シンだけ何も知らないでは、不公平かなと思ってさ。君はいい奴だから、知らないふりもしてくれるだろうって、期待してるんだけど」

「何です?」

「レティシアが、治癒術師を嫌う理由だよ」


 ダレンさんは、雲に隠れがちな月を探しながら話す。僕は彼の独り言を聞いてもいいのだろうか。

 決心がつく前に、彼は話し始める。

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