第24話:最初に薬を飲むのは

 ダレンさんの言った通り、自生するミヌスはすぐに見つかった。洞窟が枝分かれしていないのが幸いだ。


「これで薬が作れるのかい?」

「作れます。でも、少ないですね」


 興味深げに、メナさんが覗き込む。

 爪楊枝みたいに細い枝。長く大きく広がって、なるほどこれなら知らず通った僕の裾にもくっつくだろう。

 ひと株が広い面積を専有しているけれど、数えれば十株ほどしかない。これでどれだけの薬が作れるのやら。


「どうしたの?」

「いや、少ないなと思って」


 反対からダレンさんも顔を出す。麻っぽい生地の、小さな袋も差し出してくれている。

 レジ袋の半分くらいしかないそれに、ここにある実の全てが入れられそうだ。


「そうだね、全部を獲るわけにもいかないし」

「ダメなんですか?」

「そりゃあだって、自然に生えなくなっちゃうじゃないか」


 その通りだ。僕は気付かなかった。たしかにニュースで、山菜を獲り尽くす人が居てマナーが悪いとかなんとか。聞いた覚えがある。


「そうですね、うっかりしてました。じゃあ半分くらいは残すとして、ますますですね」

「仕方ないよ。でもこれだけあれば、増やせるだろう?」

「えっ?」


 増やす。そう聞いて、複製を生み出す魔法でもあるのかと考えてしまった。

 もしかしてマルムさんが、そういう法術を。それならひと粒あれば十分だ。


「栽培できないのかい? ひと株にこれだけ実がつくんだ。すぐに増えると思ったんだけど」


 何と愚かなことか。植物なのだから、撒いてまた種を採ればいいのだ。そんなことも思いつかなかった。


「ええと、それでいいんですか。かなりの時間がかかってしまいますが」

「なあに、もう何年も続いてたんだ。これからまた一年や二年、どうってことはないさね。そのあとに治るっていうんだからね」


 今度はメナさんが答えてくれた。

 試しにいくつか作ってみてそれが効くとなったら、街じゅう総出で手伝ってくれるとさえ太鼓判を押してくれる。


「そんなに?」

「明るく暮らしてるけどね。みんな怖いんだよ。いつ自分がそうなるか。いつ家族を手にかけなければいけないか」

「そう、ですね……」


 それが僕の作る薬で治せる。不安を消してあげられる。

 凄いじゃないか。そうだ、僕はそういうことがしたくてヒーラーになりたいと思ったんだ。


「僕。やります!」

「ああ、手伝うよ!」


 胸になにか、熱いものが落ちてきた。審哉の味わった、痛みを伴うあれとは違う。

 さらさらと体内を流れる風が、腕を、脚を、指先まで存分に動かしたくてたまらない。

 収穫はもちろん、あっという間に終わった。では帰ろうかとなって、ホリィが立ち尽くしているのに気付く。


「ホリィ?」


 呼んでも気付かない。洞窟の奥、温泉のあるほうを見つめて。


「なんだい、ひとっ風呂浴びたいのかい。そんなに汗もかいちゃいないだろうに」

「――あ、ごめん。なに?」


 メナさんが冗談めかして笑い、腕を叩く。するとようやく返事があった。考えごとでもしていたらしい。


「なんでもないよ。帰ろうってだけ」

「そうなんだ。うん、帰ろう」


 なにごともなく修道院に戻り、またすぐ森へ行って材料を集める。これにもダレンさんたちが同行してくれた。

 探している素材は、ホリィが姿形を知っている。その一つひとつを手に触れて、細かな性質を頭に叩き込む。見た目もしっかりと、目に焼き付けた。

 そうしていると、誰もが薬の完成を望んでくれている。そう思えた。


「じゃあちょっと調べものをしてくるさね」

「シン。薬ができたら、見せておくれよ」


 マルムさんに頼まれた調査も、夫妻は遂行しなければならない。街中で分かれて、必要な買い物はホリィと二人で。


「あっそうだ。薬ができたら、どうしたらいいんだろう」

「どうしたら? 獣化してる人に飲ませるんじゃないの?」


 ふと気付いて言った。ホリィの答えはもっともなのだけど、そこに一つ心配がある。


「初めて作る薬だし、みんなもそんな薬を知らないんだよね? 本当に効くのか、害はないのか、気にならないかな」

「ああ――」


 乗り気で手伝ってくれているホリィでさえ、それはそうだと表情を翳らせた。

 すると僕を知らない町の人たちなんか、もっと嫌ではないのか。断れないからと、もう獣化している人を実験台みたいにするのも良くないと思うし。


「僕が飲んだんじゃ、証明にならないかな?」

「シンが? 獣化してない人間が飲んで、害はないの?」

「作ってみないと、それは分からない。大丈夫そうなら、そうしてみようかと思って」


 作った僕が飲めない物を、他人が受け入れる筈がない。

 うん、そうしよう。ホリィも「それでいいんじゃない」と同意してくれた。


「それで、さ。僕が一番に飲んで見せるから、次にはホリィ。君が飲んでくれないかな。実験みたいで嫌かもしれないけど、僕はまず君を治してあげたいんだ」


 僕がこの世界で出会った、最初の人。ただそれだけと言えばそこまでだ。

 けれどもそうでなければ、僕は修道院を訪れなかった。まだどこかで、何をすればいいのか途方に暮れていたかもしれない。


「あたしは飲まないよ」


 きっぱりと。

 はっきりと。

 ホリィは拒絶した。

 遠慮では到底ない、強い語調で。副作用とかを心配したような、疑った風でもなく。


「その薬、あたしには必要ない」


 もう一度、獣化を治すつもりはないと。誤解もできないほど明確に、彼女は断った。

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