第23話:逝く人たちの見送り

 翌朝。どうやらホリィは、夜歩きをしなかった。元気良く目覚めて、先に部屋を出ていく。

 結局、洞窟へ一緒に行ってもらうことになった。それでは危険だからと、ダレンさん夫妻も。それならホリィに来てもらう必要はないのだけど、当人が行くと言い張ったのだ。

 昨日はもう夕刻のほうが近かったので、向かうのは今日。


「何だか忙しそうですね」

「ええ、お葬式よ」

「そうなんですか――」


 一階に降りると、料理番みたいな立場のレティさんは慌ただしくしていた。たくさんの素材が、テーブルに並べられている。

 僕も食べているいつものスープとは、具材の豊富さが違う。日本のお葬式でもお刺身を食べたりするらしいから、きっと似たようなことだ。

 調理場は邪魔になりそうなので、礼拝堂へ行く。予想通り、そこにも普段とは違う光景があった。


「何かお手伝いできますか」

「ああ――それじゃあ、その子を拭いてあげて」


 何をしているのか、見て分かった。棺桶に入れる遺体を、綺麗にしているのだ。なぜ死んでしまったかも、たぶん分かる。遺体はひとつでなかった。

 亡くなったのは、おそらく三人。遺体も間違いなく三体。

 けれども事情を聞いていない僕は、おそらくと言うしかない。そのうちの一体が、熊の姿をしていたから。

 ――獣化して死んでも、人間に戻れないのか。

 作業をしているのは、侍祭の人たちだ。指示をくれた人は、熊の姿のほうが抵抗ないと思ったのかもしれない。

 人間の姿の二人は深い傷を負って、腕や脚があらぬ方向に曲がっていた。


「シン。手伝ってくれてるのかい」

「ええ。これくらいしか出来ませんけど」

「とんでもない。でも洞窟へ行くのは、昼を過ぎてからになりそうだ。ごめんよ」


 そのうち、ダレンさんがやってきた。鎧を外した、いつもの格好だ。

 薬の材料を探しに行くのは、それは大切だ。でもお葬式を差し置くほどではない。そう言うと彼は、自分のことのように「ありがとう」と。


「君は強かった。戦士になれば、俺なんて足下にも及ばなかったかもしれないよ」


 僕と向かい合うダレンさん。熊になってしまった誰かに、話しかけている。街の人と親しい彼だから、直接の知り合いなんだろう。


「この腕が、人間に向けられるなんて……」


 声が詰まる。

 考えもなく、「ダレンさん」と呼びかけてしまう。つらそうで、見ていられなかった。


「うん、大丈夫。補強した塀が朽ちてたみたいでさ。そこから入ったらしいんだ」


 何の話かと思ったが、襲い襲われたときの様子だ。きちんと順序良く話す、彼らしくない。


「驚きますよね」


 ここで、呼びかけたのを後悔した。遺体を前にそんなこと、どう答えればいいか困ってしまう。

 思いついた言葉を返したけれど、何を言っているのだか。自分をバカじゃないかと罵りたい。


「驚いたろうね。お互いに」

「お互いに――そうですね」


 血と泥で、桶の中がすぐに黒くなってしまう。水を替えてこようかと思った。いたたまれないこの場から、逃げ出すために。

 するとちょうど、新しい水を別の侍祭が持ってきてくれた。

 なんていいタイミングだ。


「ダレンさんも怪我を?」


 黙っていても良かっただろう。でもそれも息苦しい。何となく目を向けると、彼の腕に真新しい傷が見えた。

 遺体のそれより小さいが、ちょっと転んだとかでもない。明らかに切り傷だ。


「そうだね。彼にとどめを刺したのは、俺だから」

「そう、なんですね。すみません」

「謝ることじゃないよ」


 優しい微笑みが、これほど歪むこともある。僕にはもう、何を語ることもできそうにない。

 黙々と。爪の一本ずつまで磨き上げた。胸の大きな傷に布も当てた。道具屋さんが急遽作ったという棺桶に、六人がかりで入れる。

 言われた場所に運んだり、いつも以上に丁寧な掃除をしたり。全て終わったのは、お昼前だった。

 ここからは関係者と、聖職者だけの場だ。


「さあ行こうか」

「いいんですか? ゆうべも寝てないんじゃあ」


 止めはしたものの、ダレンさん夫妻は準備万端だった。あの重そうな斧こそ持っていないが、鎧を着込んで大きな袋も持って。


「平気さね。魔物の棲む森なんかじゃ、ちょっとうたた寝するくらいで動きっぱなしだからね」

「そうですか?」


 ここはそんな場所でないし、差し迫ってもいない。言いたかったが、やめておいた。

 たぶんダレンさんは、何かをしていたいのだろう。やむを得なかったとしても、知った人を殺めたのだ。


「それにしても、洞窟なんてあったかねえ?」

「ええ、大きくはないですが」


 ダレンさんもメナさんも、洞窟の存在を知らないと言った。たしかに藪を分け入ったりしたし、ただ山道を歩いたのでは見つからないと思う。


「ここでしょ?」

「そうだよ。ありがとう、ホリィ」


 しっかり覚えていたつもりが、僕も案内できなかった。森の中だし、夜と昼では別世界に見える。

 野歩きが好きだと言うホリィは、人狼にならなくとも洞窟を知っていた。結局僕も、案内された立場だ。


「この中なんですけど、どこかは分からなくて」

「任せなよ。みんなで探せばすぐさ」


 力強く断言して、ダレンさんは手早く火を熾す。ランタンが二つと、松明も二つ。贅沢に光源が用意された。

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