第22話:知識の証明は難しい

「ええと……」


 月閃鉱を見る限り、これが獣化の原因ではない。けれどもホリィの体調からは、月閃鉱が原因だと僕には見えた。

 相反する見立て。一方を真実と言えば、もう一方が嘘になる。しかもどちらも僕がそうと信じるだけで、示せる確証は何もない。

 ――ていうか、僕だって信じてるのか?


「困らせたようだね。すまない、私もそういうつもりで言ったのではないんだ」


 僕が自分の意見に自信を失った、と思ったらしい。マルムさんは肩に手を置き、微笑みつつ頷いた。


「君は若い。間違うことだってあるし、それでいいんだ。でもせっかくだから、シンの説を信じてみようじゃないか。うまくいかなくても、誰かが損をするでないしね」


 聖職者という職業がそうさせるのか。間違いなく優しいその言葉に、僕は重みを感じた。

 マルムさんの言うことは、いちいちもっともで。その通りすれば、誰も異論を挟まない。でも逆に高潔すぎて、プレッシャーに感じた。それはきっと、わがままというものだけど。


「ありがとうございます。魔術的中毒の症状だと思うんですが、それが何かってことになると僕では分からなくて」


 分からないことを深く知ろうとすると、シンの知識が教えてくれる。しかしその魔術的中毒については、いくら問いかけても分からなかった。

 それが分かれば、矛盾する見立てにも説明がついたかもしれないのに。


「魔術的中毒だって?」


 沈黙があって、次に声を上げたのはダレンさん。いつでも笑っているような彼が、眉をひそめて見ていた。


「え、ええ。たぶん」

「やはり、たぶんか。シン――はっきりするまで、それは他の人に言わないほうがいいと思う」


 常に遠慮がちな彼が、これをするなと。そんなことを言うのは、初めてだ。

 それだけの理由があるに違いない。もちろん従うけれど、説明を求めるくらいはいいだろう。


「どうしてだか、教えてもらってもいいですか」


 そうだね、と首肯したダレンさん。マルムさんに視線を向けたのは、予想が間違っていないか、言ってもいいか、その辺りの確認と思う。


「魔術的中毒なんてね。誰かがそうしなきゃ、起こらないからだよ」

「誰かが――悪意を持ってそうしてる人が居ると?」


 厳しい顔を作って、ダレンさんは二度頷く。でも必ず悪意があるとは限らないと。


「魔法を使える人が、その術でやってることだから。故意ではあるんだ。でも当人の意図しない結果っていうのもあるらしいよ」


 魔法使い。魔術師。

 そういう技術や職業も、僕は選ぶことができた。選択肢があったのだから、それはこの世界に実在する。

 ゲームのキャラでもそうだったけど、どんな立場の人だって必ず善人とは限らない。


「そんな人が、この町に?」

「いや、それは分からない。少なくとも表向きに、魔法が使えると謳う住民を私は知らない」

「じゃあ誰が」


 魔法を使えるのは、あまり良くないことなのか。マルムさんは苦々しい表情だ。


「分からないね。町の外からかもしれないし、もっと離れてもいいのかもしれない。具体的にどうやって、中毒を起こしているのかだよ」

「あっ、そうですね」


 結果だけが分かっても、方法や過程は分からない。魔法も万能でなく、「中毒になれ」と念じれば良いとかではないらしい。


「どのみちそれは、君が考えることでないよ。ダレン、頼む。報酬はそれほど払えないが」

「これは町全体の為です。報酬なんか要りませんよ」


 調査はダレンさんにお願いして、僕は月閃鉱で間違いないのか特定するようにと。それでこの場は終わった。


「ごめんよ、メンダーナ。俺は君が悩んでいるのに気付けなかった。俺たちのせいかもって、俺も想像するべきだった」


 院長室を出て、メナさんの細い身体がダレンさんに包み隠された。


「いいんだよ、あんた。院長さまと話して、あたいたちのせいじゃないと分かったじゃないか」


 さっきよりは、いつもの調子に戻っている。でもメナさんは、抱き締める太い腕を拒みはしない。


「そうだね。それにシンのおかげだ。魔術的中毒ってところまで、言ってくれたから」

「そうだった。ありがとうね、シン」

「いえそんな。はっきりしたことが言えなくて、むしろご迷惑を」


 謙遜ではなく、それが正直な気持ちだった。

 僕が得られる情報は、あらかじめこの身体に与えられたものだ。誰にとなれば、あの天使か神さまだろう。

 だからたとえば、辞典を引くように検索して閲覧しているようなもので、そこに誤りなどないと僕には分かる。

 しかし僕が言えば、聞いた人にそんなことは分からない。どんな経験に基づいて、どんな判断基準があるのか。当然に聞く。そうして納得がいけば、信じられるのだ。

 僕には、そこのところがない。裏付けがなければ、思いつきを並べ立てているのと変わらない。


「材料が揃うか、畑を見てきますね」

「分かった、手伝えることがあったら言ってよ。シンならきっと、正しい判断だと証明できるさ」


 驚いた。

 ああくそ、と。悔しい想いを出したつもりはなかったのに。ダレンさんにはお見通しのようだ。何だか恥ずかしくて、お礼もそこそこに逃走する。

 表の畑なら、まだホリィが居るかも。調子が悪くなければ、手伝ってもらおう。期待して行くと、夕食用の収穫を手伝っているところだった。


「ホリィ、また案内を頼んでも平気かな。薬の材料があるか、見ておきたいんだ」


 いつもの彼女らしく「いいよ!」と、張りのいい返事が響く。

 採った作物を調理場に運んだホリィの手には、まだ籠があった。それに入れてくれるらしい。

 たしかに見本のあったほうがいい。必要な物の名前を一つずつ言って、二人で畑を巡る。


「あとは森に行けばあるよ」

「そっか。じゃあやっぱり、ミヌスだけだ」


 材料は修道院の畑でほとんどが揃った。足りない物は、町のお店や森にある。


「どこにあるか、分かるの? 獲りに行くなら手伝うよ」

「いいの?」


 ありがたい申し出だけど、いいのか悩む。人狼になっていないホリィは、洞窟をどう思うのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る