第21話:その内実は相反する

 ――ああ、すっかり忘れてた。

 木箱の中には、たくさんの道具が詰まっている。すり鉢やピンセットみたいな物があれば、何に使うのか予想もつかない物もあった。

 道具屋さんに頼んでいた、治癒術師の調薬道具だ。


「受け取りに行ってくれたんですね」

「何だか今日は、シンの調子が良くなさそうだったから」


 それはそうだ。ゆうべはホリィのことで驚いたし、そのまま眠れなかった。きっと見た目にも、ふらふらしていただろう。

 勝手に受け取ってきて、良くなかったかと恐縮するダレンさん。もちろんお礼を言って、さっそく使ってみる。

 お金を出してもらって、受け取りにまで行ってくれたのだから。


「とりあえず、粉にしてみようかな。これ、乾燥してますよね」

「そう見えるね」


【熟成したミヌスの実。果肉は越冬時に乾燥し、崩れ落ちる。殻の中に種子が入っている】


 ダレンさんの意見と、僕の治癒術師としての見解も一致した。

 ――でもこの小さな硬いのが、種じゃないのか。

 トゲトゲの鉄球を振り回す、モーニングスターという武器があるけれど。それに似ている。しかしたしかに強く振ると、中で微かにカラッと音がした。

 床に置かれた木箱の脇で、ちょっとやってみよう。真っ黒な殻は、手では割れそうにない。すり鉢に入れて、木槌で叩けばいいだろうか。

 コン。と鳴ったのは、たぶん実でなく焼き物のすり鉢のほうだ。

 それでも割れた。まっぷたつだ。そこに元から、切れ目でもあったように。


「小さいなぁ……」

「普通はもっと大きいのかい?」


 転がり出た種子は、手芸に使うビーズみたいだ。色はあれほど賑やかじゃなく、茶色だけど。

 無意識の感想にも、ダレンさんは律儀に応答してくれる。でもこの種は、きっとこれで普通のサイズだ。俄に得た技能と、実際の僕の認識とがずれている。それが出てしまった。


「い、いえ。やっぱりってことです。これがいつもですよ」

「そうかあ。じゃあ薬にしようと思ったら、たくさん集めないといけないね」


 目の前のひと粒を潰すと、あっけなく砕けた。小さな中身がさらに空洞のそれは、耳かき一杯分にもならない。

 しかもすり鉢の細かなすき間に挟まって、逆さに振ったのでは落ちてこない。木箱にあった小さな刷毛で掻き集める。これを必要なだけ揃えようと思うと、どれだけの数になるのか。


「パンが焼けるほど細かく、か」

「うん?」

「いえ。調理場の道具じゃ、難しかったなって。ダレンさん、いい物をありがとうございます」


 これは本心。代用になる物もないではないけど、やはり専用の道具は使いやすい。すり鉢ひとつ取っても、目の細かさなんかが違うのだ。

 優しい戦士は照れた風に頭を掻き、わざとらしく「メンダーナはまだかな」なんて話を変えた。


「そういえばそうですね。探してるのかな」

「行ってみようか」


 探してもないのなら、町の外へ行けば転がっている。だとすればメナさんに、もういいと言わなくてはいけない。

 だからまずは、院長室へ向かうことになった。するとホリィは「あたしはいいよ」と違うほうへ向かう。


「表の畑を見てくるよ」

「大丈夫? 調子が悪いなら、休んだほうがいいよ」


 平気だよ、と行ってしまった。調子が悪いも何も、だとしたら眠いのだ。なにせ彼女の体調は、たったいま見たばかり。

 元気がなくなった感じはしたけど、それなら言う通り平気だと思う。我慢できなくなったら、自分のベッドに行くはずだ。


「……落ち着きなさい」

「でも院長さま」


 院長室の前。中で話す声が漏れ聞こえる。代表者の部屋と言えど、貧しい修道院の扉は薄い。

 なんだか慌てたようなメナさんを、マルムさんが諭している。そんな雰囲気だ。


「院長さま。何かありましたか?」


 ノックをして、ダレンさんは扉越しに問う。奥さんの様子が気になるのは当然だ。


「問題はないよ。入っておくれ」


 いつも通りのマルムさんの声。ダレンさんも「大したことじゃないみたいだ」と微笑んで見せる。


「やあ、シン。獣化の原因が分かったんだって?」

「え、ええ。治癒術師として、ホリィの体調を見たんです」

「そうか。月閃鉱とは、間違いないのかな?」


 部屋に入ると、机を挟んで二人は立っていた。

 何だろう。マルムさんは、メナさんから話を聞いたに違いない。その上で僕に確認を取るのも、おかしくない。

 おかしいのは、メナさんだ。

 言われたからか、じっとしているけれど。マルムさんとダレンさんと、ときどき僕。視線が慌ただしく移動する。


「ええと、絶対と言われたら自信がなくなりますけど。たぶんそうです」

「なるほど、じゃあ調べてみないといけないね。できるかい?」

「治す薬が作れそうなんです。それが効けば、見立ても間違いないことになります」


 そこでマルムさんも、「薬が?」と驚いた。ちょっと間があって、それは凄いと褒めてくれる。


「素晴らしい。素晴らしいよ、シン。君がここへやって来たのは、オムニアの導きなのかもしれない」

「いえ、そんな――まだ本当に効くかどうか」

「ああ、そうだね。すぐに作れるのかな? 必要な物があれば、何でも言ってほしい」


 手放しで称えてくれたマルムさん。その後に、「ただ」と付け加える。


「月閃鉱の件を、もう少し聞かせてほしい。メナがね、自分たちが運んだせいかと怯えている」

「あっ。すみません、そんなつもりで言ったんじゃないんです」

「分かっているよ。君はその事実も知らなかったろうからね」


 そうは言ってもらったが、やはり悪い気がする。メナさんに謝ると、「あんたは何も悪くないさ」なんて。ますます罪悪感が増してしまう。


「聞きたいのは、中毒についてだよ。これはその辺りの道に落ちているような物でね。それがこんな事態を?」


 机にあった白い物を、マルムさんは取り上げた。

 うずらの卵くらいのそれが、差し出される。見てみろと言うのだ、断る理由もない。


【月閃鉱。ベラン系結晶。特殊条件下に、魔力含有結晶として生成される。魔術媒体に使用される頻度が高く、単体で生体への害は皆無】


 ――生体への害は皆無だって?

 手にすると、石灰の塊にしか見えない。その性質は、中毒症状を否定するものだ。

 どういうことなんだ。僕の頭の中は、その言葉で満たされる。

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