第20話:触れれば分かる原因
「メナさんはいま、どこも悪いところがないですか?」
「うん? そうだね、そう思うよ。何だい? 脅かさないどくれよ」
治癒術師である僕が、当人も気付いていない不調を見抜いた。きっとそう受け取ったメナさんは、頬をひくつかせる。
けれどもそうじゃない。そのつもりはないと謝って、念のためにダレンさんの腕に触れた。
「ちょっと失礼します」
「構わないよ。でも何だろうね?」
彼はにっこり笑って、どうぞと頷く。それが僕の予想を肯定してくれた気がして、とてもありがたい。
――ダレンさんの体調を知りたい。どこか悪いところがないか。
【ダレン。重傷の治癒による疲労、影響度は小】
「本調子にはあと一歩、ってところですか?」
「へえ? その通りだよ。もう二、三日寝たら戻ると思うけど。よく分かるね」
やはり。僕は相手に触れて体調を知りたいと思えば、知ることができる。試しに今度は触れないで、メナさんを見た。でも何も分からない。
「ちょっとちょっと、何の
「すみません。もしかすると、獣化の原因が分かるかもって」
あくまで、おふざけ半分という風だったメナさん。その表情が、硬く強張る。「何だって?」と聞く言葉も、何やら溢れる感情を無理やり押さえつけてのようだった。
「そ、それは本当かい? いや、ごめんよ。疑っているわけじゃなくてね」
大きく驚いているのは、ダレンさんも同じだ。さっと半歩踏み出したし、のんびりした彼の口調が、いつになく急いで聞こえる。
「分かるの?」
「たぶん。触れさせてもらえば」
ホリィには、そういう反応が見えない。それ以外の感情も。
いわゆる真顔というやつだ。思うまま生きているようにさえ思える彼女に、そんな瞬間があるとは思わなかった。
緊張した感じで、服のお腹で手が拭われる。それからちょっと震わせて、差し出された。
――頼む!
知れるのは、僕の得た能力だ。分かっていてもどこか人任せ、神頼みのような気分だ。
それでいいのか、胸の奥に鉛が一つ落ちる。
【ホリィ。
「月閃鉱――」
「それが原因なのかい?」
たぶん鉱物だとは思うけど、聞いたことのない名前。思わず呟いて、ダレンさんが問うた。
「そうみたいです。知ってますか?」
「暗いところで割るとね、白く光るんだよ。別名を、願いの石とも言う。でもあれが原因で人が獣に? それほど珍しい石じゃないんだけどなあ」
この町の周囲にも、小さな石なら転がっている。加工すれば綺麗なので、装飾品に使われることも多い。
そんなことをダレンさんは教えてくれた。それにマルムさんも、配布する聖印の材料として使っていると。
「大きな鉱石となると、そこらにはないからね。俺たちがよく採ってくるんだ。メンダーナ、いま持ってるかい?」
見て、触らせてもらえるならありがたい。対象が鉱物でも、僕の能力で何か分かるかもしれないから。
期待を持ったのだけど、メナさんは返事をしない。
「メンダーナ?」
「……あ、あんた。何だい?」
「月閃鉱。まだ持ってるかい?」
「いや、ごめんよ。全部、院長さまに渡しちまったよ」
気風のいいメナさんが、申しわけなさそうに眉を寄せる。優しいダレンさんはさすが、頭を撫でて謝ることじゃないと慰めた。
「分かっているよ。君が約束の物を、忘れるはずがないからね。ポケットに欠片でもないかなと思っただけなんだ」
「うぅん、ないみたいだ。でも院長さまに言えばすぐさ」
メナさんはズボンとシャツと、全部のポケットを探った。しかし欠片ならあるさと、もらいに行ってくれる。
「それが原因として、治す方法も?」
妻の背中が見えなくなるまで、ダレンさんは優しい目で見送った。それから肝心なことを聞いてくれる。うっかり僕も、調べずにいるところだった。
【ミヌスによる解毒薬。熟成した種子だけを乾燥させ、パンが焼けるほど細かくすり潰す。これをショゴンの絞り汁に浸し、耳たぶの硬さに練る。ひと晩寝かせた後、スウの茎を加え――】
「ややこしいな!」
「なに、どうしたの?」
思い浮かんだのは、三十以上も段階を踏む手順だった。料理をしたことはないけど、どんなメニューもこれより簡単に違いない。
「難しいのかい――?」
声に驚いたホリィ。心配してくれるダレンさん。二人とも、治せないのだと悲しそうにしていた。
――そんな顔をしないでよ。
そうさせたのは僕だ。
本当に治るのか、やってみなければ分からない。しかしやってもみずに、出来ないなんて言えないじゃないか。
「難しいです。でも、やります!」
気付くと、まだホリィの手を握ったままだった。そのまま知らないふりで、ちょっと力をこめる。
「そうか。じゃあ早速あれが役に立つね!」
もう薬ができたみたいに、ダレンさんは喜んだ。気が早いとは思ったけど、そういう人だと納得もする。
自分でない誰かのことを、心から喜べる人なんだ。
しかしそれはそれとして、あれとは何か。「何です?」と、彼が指す後ろを覗く。
「あれって――」
「あれだよ」
メナさんが開けたままの扉の向こうに、ひと抱えほどの木箱が置かれていた。
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