第18話:眠気の理由は夜遊び
それから誰も、追ってくることはなかった。「明けたら話すよ」とマルムさんが言って、僕たちは修道院へ戻る。
人狼も夜明け前に戻り、ベッドに倒れ込んだ。ふらふらして、僕が見ていることにも気付かない。
――あれじゃあ、眠くなるはずだよ。
そう考える僕も、この夜は一睡もできなかったけれど。
朝の鐘が一つ鳴らされて、みんな畑に出ていった。それぞれの部屋で一人ずつは掃除をするので、僕は残る。
でもあまり賑やかにしては、ホリィがかわいそうだ。人間の姿に戻った彼女は、ぐっすりと眠っている。
「……さて、何から話そうか」
朝食も終えたあと、礼拝堂の一室に呼ばれた。マルムさんとレティさんが待っていて、なんとそこにホリィもやって来る。
「あれこれ話すより、実際に見るのが早い。勘違いや気後れもしにくいだろう。そう考えたんだ。驚かせたのは、すまないと思っているよ」
部屋に余裕がなかったのは事実だが、同室にしたのはそれが理由と聞いた。
「するとホリィも、知ってるんですね?」
「うん。あたし、ゆうべも狼になってた? あはは、恥ずかしいね」
マルムさんは頷き、ホリィが請け合った。彼女の乾いた笑いが、沈んで見える。
なぜ、僕に知らせたのだろう。まだ会って間もない僕に、こんな重要なことを。その答えは、一つしか思い当たらない。
「マルムさんの法術でも、治せないんですか」
「――力足らずで、お恥ずかしいよ」
「いえ、すみません。責めたつもりはないんです」
分かっているよと、マルムさんは微笑む。
彼女がああなるのは、毎日でないらしい。どうも寝ている間に、自分で月を見に行くことが時々あるのだと。しかもそこから元に戻るまで、ホリィには記憶がない。
「覚えていないのは、他の人と同じなんだけどね。自分から獣化して、必ず元に戻るのは例がない」
「しかも獣化しても凶暴化しない、とか?」
獣化した人は、残らず凶暴になると聞いている。なのに僕は、事情を知らせる為に同じ部屋をあてがわれた。
それは人狼になっても、そうならないと知っていたからだ。
「そうだよ。気付いたかい」
「法術では獣化を戻すだけで、予防は出来ないと仰いましたから」
犬になった青年も、ダレンさんも。治すのに直接触れていた。となると人狼の姿のホリィも、それを受け入れたことになる。
「その通り。でも一度だけだよ。もう来るなと、ホリィに怒られたからね」
「あたしは怒ってなんかないよ」
――それでゆうべは、様子を窺ってたのか。
事情を話さずに見せることで、僕は先入観なく事態を知ることができた。
きっとマルムさんも、僕がどんな反応をするか見ていたのだ。万が一の危険に、備えてくれたのかもしれない。
概ね呑み込めたところで、ガタッと椅子が鳴った。
「失礼しました」
音をさせたのは、レティさん。大したことはなかったけど、誰も黙ったところだったので目立った。
しかし、うっかりではなかったようだ。僕が向けた目を外す瞬間、強烈に睨まれた。いかにも気に入らない風に。
一瞬だったけれど、偶然ではあり得ない。
――何だって言うんだ。マルムさんを馬鹿にしたわけじゃないのに。
「この四人のほか、侍祭たちの数人が知っているだけなんだ。町の人も知らない。もしも知られれば、分かるね?」
獣化したままの人々は、おとなしくなっても修道院が預かっている。いつまた凶暴になるか分からないから。
となると獣化を繰り返し、関わるなと脅す人狼など、放っておくなとなるのは自明だろう。
「ホリィも地下に?」
「それならまだいいが、この子には身寄りがない――」
見るからに怖ろしげな人狼。それも親や親戚が居なければ、殺してしまえとなる。人間関係に疎い僕にも、マルムさんが語らなかった部分の想像はつく。
そこまでで、この話は終わった。情報の共有ということだ。もちろん途中で、僕に目的が与えられたけれども。
修道院全体の掃除をして、昼食があって。子どもたちは学問所に行って居ない。他の人たちは聖職者のお勤め。
急に期限の定まってしまった気がして、僕はまず何をすればいいのか途方に暮れていた。
「おや。何を遊んでるのさ」
任された裏の畑。全くの錯覚と分かっているけど、ここだけが自分の領分と思えた。だからそこで鍬にもたれて、ぼうっと考えごと。
というのは嘘で、ただぼうっとしていた。
忍び寄ってきたのは、同じくやることのないホリィ。すぐ後ろから声をかけられて、全身がビクッと跳ねる。
「あはははは、驚きすぎだよ!」
「驚かす気でやってるんだろ!」
意地悪く、いひひ笑い。話を聞いたいま、それも何だかわざとらしく見えてしまう。
「何さ、変な顔して。気にしないよ、あんたはあんたなんだから」
もともと関係ないのだから、深入りするな。そう言われた気がした。
きっとそうでなく。あとさきを考えず、威勢良く見せているだけとは思うけど。
「ホリィ。聞いて良ければだけど」
「ん? いいよ、聞かれて困ることはないよ」
どうして聞こうと思ったのか。僕にも理由は定かでない。
この世界に誰も身寄りがないことに、親近感を覚えたかもしれないし。どうしてそれほど元気で居られるのか、秘訣を知りたいと思ったのかも。
「ホリィはどこから来たの? どうしてここに居るの?」
「なんだ、そんなこと。あたしはね、あっちから来たんだ」
指さされたのは街中の方向。そんな筈はないから、南ということだ。町を突き抜ける川が、流れていく先。
「そんなに話せることもないんだけどさ」
そう前置いて、ホリィは僕の問いに答えてくれる。
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