第二幕:視点を変えよう!

第16話:同じ部屋で見たもの

 年ごろの男女が、同じ部屋をあてがわれる。この世界でそれは、当たり前のことなのだろうか。

 アニメや漫画によく居る、元気キャラっぽいホリィ。見た目にも可愛いと思うけど、同じ修道院に住まう以上の感情はなかった。それを突然、倫理的にいいのかと。僕の気持ちは、戸惑いしかない。

 ともあれ僕は、ひどい顔をしたようだ。


「ええ? そんな嫌そうに。あたし、嫌われてた?」

「い、いや。違うよ、嫌ってなんかない。何かあったらどうするのかって思っただけで」

「何かって、何さ」


 心底分からない。ホリィは悩む風に、首を傾げた。そう言われては、意識している僕がとてつもなくよこしまに思えてしまう。

 ――きっとこっちでは、これが普通なんだ。

 言い聞かせて、自分を落ち着かせる。


「いや、ごめん。ホリィに何か、不都合をかけないかと思って」

「そんなのないよ。気にしない」


 気安い感じで、はっと笑い飛ばす。そのまま彼女は「おやすみぃ」と横になった。ほとんど間がなく、静かな寝息が聞こえ始める。

 毛布から投げ出された、長い手足。思わず見つめてしまって、慌てて目を逸らす。

 見えなければ余計なことも考えまいと、点いていた蝋燭を消して僕も横になる。窓の布は閉めきられて、部屋は真っ暗だ。役に立たない目を閉じ、眠る努力をする。

 ――考えてみれば、誰かと同じ部屋なんて初めてだ。

 修学旅行とか、そういうイベントには参加したことがない。同じ部屋で寝たのは、父と母だけだった。

 それを思うと、また別の気持ちが湧いてくる。

 ――枕投げとか、本当にやるものなのかな。

 くだらないことを考えているうち、しばらくの時間が経った。すると何やら、ごそごそ動く音と気配が。

 ホリィなのは分かりきっている。トイレにでも行くのかと、気にしなかった。もちろんそれを、当人にたしかめもしない。

 しかし予想と違い、彼女は僕に近付いてくる。

 言い忘れたことでもあったのか。どうしたの、と声を出そうとして思い留まる。

 ――ホリィじゃない?

 目を閉じている僕に、姿は見えない。でも一歩ごと、素早くそれでいて繊細に運ばれる足音。覗き込む鼻息は、力強く荒い。

 どちらも普段のホリィとは、全く違う。それなのにふわと漂った匂いは、温かいミルクみたいな彼女のものだった。

 暗い中、じっと僕の顔を見ているのが分かる。二十か三十を数えるくらい。どうしたものか思いつかない僕には、かなりの長時間。

 ようやく離れて、今度は窓に向かった。さっと力強く、遮る布がめくられる。


「う……」


 息を詰まらせた、彼女の声。

 苦しんでいるのかもしれない。もしかして今のは、僕に助けを求めようとして遠慮したのかも。

 ――それは違う。

 心のどこか。誰かが否定した。僕には違いないが、審哉なのかシンなのか。

 この間にも、ホリィは途切れ途切れに声を漏らす。

 中を取って、薄目を開けた。闇に慣れた目を、窓からの月光が刺す。青白い中に、丸い月を恍惚と眺める影が一人。

 ――あれは誰だ。


「ふうぅ」


 息を落ち着ける声は、やはり彼女だ。しかし見た目に、その面影はない。

 元の髪と同じ、銀灰色に全身が覆われた。二本で立つ脚はつま先立ちで、高い位置にあるかかとが逆関節のようだ。

 足先にも、だらんと垂らされた手にも、鋭い爪が煌めく。

 ――じ、人狼?

 美しく伸びた鼻先。薄く開いた口からは、牙も見える。

 人が獣になると聞いて、最初に思い浮かべた姿。狼男、ならぬこの場合は狼女。

 すっかり姿を変えて、人狼はもう一度こちらを見た。不自然な動きをしないように、身体を硬直させる。

 もしも近くに来られたら、高鳴った鼓動で気付かれるかもしれない。あの青年のように、自我を失っているなら危険極まりない。

 心配をよそに、人狼は部屋を出ていった。扉を開けるのも、そっと音を立てないよう。普段のホリィのほうが、よほど乱暴だ。


「ホリィ――だよね」


 少し待っても、戻ってくる気配はない。床の軋む音が、建物の外へ向かっている。

 あれもこの町で起きている、異変の一種に違いない。放ってはおけなかった。

 ――後を追おう。

 行ったところで、何もできないだろう。だからと見てみぬふりも、出来るわけがないのだ。

 僕はベッドを出て、こっそりと人狼に着いていく。マルムさんやレティさんに、知らせるべきでもあったろう。だが寝室がどこか知らなくて、探す暇がなかった。

 ――町を出るのか?

 修道院から町の外へ、直接出られる扉。最初に出会ったとき、キツネの飛び出てきたところだ。

 出て、人狼は森に向かう。幸いに月が明るくて、歩くのに支障はない。ただ凹凸が激しく、体力は使ったけれど。

 小高い丘を登って、深い茂みを突き抜け、そろそろ「戻れるかな」と不安になってくる。

 その矢先、人狼は足を止めた。周囲を見回し、不審がないかたしかめる素振り。

 目的地は、どうもここらしい。急な斜面に、人間がちょうど入れるくらいの洞窟が口を開けていた。

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