第15話:新しい畑を作ろう!

 何か作物を育てられないか。頼まれた土地は、一日ずっと光が当たらない。

 マルムさんも、いくらか試してはみたと言っていた。だからここに住む人たちが、すぐに思いつくようなものではダメなのだ。


「とりあえず耕してみるかな」


 前に起こした跡が、どうにか見える。同じところに鍬を入れた。

 ざく、と。刃先が食い込む。

 想像していた、硬く締まった土ではない。なんだか妙に湿って、ぼろぼろと塊で持ち上がる。

 それでも腕には、なかなかの衝撃があった。これを繰り返していては、きっと身体を壊す。

 ――これじゃダメなのか。

 審哉には、鍬を使った経験がない。だから今のは、見様見真似だ。

 しかしシンなら。薬草を使い、育てることにも長けた治癒術師なら。農具の使い方もきっと心得ている。

 ――鍬を使うには、膝と肘に余裕を持たせて。先端の重みで振る。

 やった覚えのない記憶。それを辿りながら、鍬を持ち替えた。さっきのは、長く持ちすぎだ。


「振り子を揺らすように――下ろす!」


 さくっ。土の表面が薄く、でも簡単にめくれた。これでいい。繰り返して、土に空気を含ませるのだ。

 すぐに、じわっと汗がにじみ始める。気候は日本と比べると、かなり涼しい。それほどの疲労感もないまま、畝を二つ作った。


「範囲はまた、広げるとして……」


 畑を作っても、何を植えればいいのか。

 その解決には、ひとつ当てがあった。よく日の当たる、表の畑で気付いたことだ。

 その場にしゃがみ、耕してふわっとしてきた土をひとつかみ。感触を確かめるように、握っては落とす。


【耕された土地。粘土質、少し。排水、可。日照、弱。陰性植物の栽培に適合】


 ――陰性植物ってなんだ?


 知識にあるのに、初めて聞いた言葉。あらためてそれを、自分自身に問いかける。感覚的には、頭の中に辞書でもあるようだ。


【日照の時間、程度が少ない土地を好む植物。ウワバ、キョバイ、スウなどがある】


 なるほど。植物はどれも、太陽が大好きなのかと思っていた。しかしむしろ、日の当たらないほうが良い作物もあるらしい。

 ――うぅん。でも、山菜とか薬味っぽいものばかりだな。

 シンの知識は、あらためて凄まじいと思った。他にないのか考えると、ずらり候補が並んだのだ。

 たぶんコピー用紙に印字すれば、数十ページに及ぶほど。


「手に入りやすい種だと、お腹にたまるものがないなぁ……」


 また思わぬ障害だ。この畑で作るのは、子どもたちがお腹いっぱいになるもの。

 肉料理の臭み消しに使うウワバなんかでは、籠いっぱいにあっても満足などしないだろう。


「調子はどう?」

「わっ」


 突然。すぐ後ろで、誰かの声が。軽くトンと、背中も叩かれた。じっと地面を見つめていたからか、全然気付けなかった。

 転んだりはしなかったけど、肩がびくっと動いてしまった。相手は「あはは、どうしたのさ」と笑う。


「ああ、ホリィ。起きたんだね」

「もう随分前だよ」


 我慢できないくらい眠くなることが、ときどきあるのだと彼女は言った。眠気のせいで怠いけれど、それ以上に悪いことは何もないとも。


「あんたが心配してたって聞いたからさ」

「あ、うん。そりゃあ心配するよ」

「どうして眠いのか分かんないけど、元気だから。大丈夫だよ」


 重ねて言ったホリィは、この通りと宙返りをして見せる。いやそこまでしなくても信じるけれど。


「耕してるの?」

「うん。何を植えればいいか、土を見ながらね」

「手伝うよ」


 答える前に、彼女は鍬を取りに行った。すぐに戻ってきて、かなり力任せな感じで深く土を起こしていく。

 ――必要になっただけ、少しずつ広げようと思ったんだけどな。

 そういう僕の思惑も、ホリィを見ているとどうでもよくなってしまう。気がすむだけ、一緒にやることにした。


「あんたさ、本当に何も覚えてないの?」

「ええ?」

「そりゃあ、どこから来たとかは分かんないだろうけど。たとえば、好きな食べ物とか」


 驚いた。嘘吐きと咎められたのかと思った。けれども好物も、答えられない。

 審哉が食べて良かったのは、味を調整された食事だけだ。ヨーグルトなんかは好きだったけど、この世界にそんな物はないだろうし。


「うぅん、そうだね。それも思い出せないや」

「そうかあ。んじゃさ、簡単なところから思い出してみようよ。好きな天気は?」

「天気? そうだね、暑すぎない晴れの日かな」


 ぶっきらぼうとも見えるホリィの、それが優しさなのだろう。

 これがもし、どうしても思い出せと迫られれば脅迫でしかない。でも彼女に聞かれるのは、そんなことがない。

 気遣ってくれるのが伝わって、居心地の良ささえあった。

 そんなことを延々話しながら、ゆっくりと畑は広がっていった。二人で夜の直前まで。


「何でも手伝うからさ、一人でやろうって思わなくていいよ」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」


 女の子だから。とは関係がなく、楽しい時間だった。それが続くのは、やりがいも増えようというものだ。

 まだ方向の定まらない畑作りを、しっかりやろうと胸に誓う。

 そんな一日が終わって、問題は眠る前に起こった。


「ホリィ。どうしてこの部屋に居るのさ」

「何を言ってんだい? ここは元々あたしの部屋だよ。あんたが後から来たんじゃないか」


 未だ見ていなかった同居者は、どうやらホリィのようだ。

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