第12話:不治の病に立ち向う
「先に言うと、原因は分からない」
どう話すのか、たぶんダレンさんは頭の中を整理した。少しの沈黙から、そう切り出す。
「街の人の全員ってことはないんだ。でも一部ってほど、少なくもない」
言いづらいのだろう。言葉を費やすほど声は潜まっていき、本題らしき語句もなかなか出てこない。
――ざっくばらんなホリィなら、さっと言ってしまうかな。
後から思えば、安易すぎる。そんな気持ちで、彼女に聞こうと顔を向けた。
でもホリィは、何かに気を取られた風でよそを向いている。そちらには他と変わらぬ家屋や、小さな畑しかないのに。
「この街の夜は――人間が、獣になる」
唐突に、どういう喩え話かと思った。若しくは、いきなりが過ぎる冗談か。「え?」と聞き返したのも、相当な間のあとだ。
「知らないと驚くだろうね。でも何も難しく考えなくていい。この街の人は夜になると、獣に姿を変えるんだ。しかも、かなり凶暴だ」
「それってどういう……」
誠実そうなダレンさんの、とても真剣な表情。冗談を言っている空気は、微塵もなかった。
「どうもこうも。言った通り、なぜかは分からないよ。ああ正確には夜というより、月を見たららしいけどね」
「満月を?」
「いや、丸くなくてもだ」
月を見ると、変身する。聞いてすぐに、創作の古典的な狼男を連想した。
「あんな怪我をさせるほど凶暴になるなんて、どうにかならないんですか?」
「夜が明けて月が見えなくなれば、戻るみたいだよ。でもときどき、戻れない人も居る」
「そうなったら――?」
人狼ゲームというのもあった。多く共通するのは、人間にとって倒すべき対象ということ。
凶暴になると聞いたし、気まずそうな話しぶり。戻れなくなったら殺す、とか。そんな想像をしてしまう。
「それは、見たほうが早いかもしれない」
「見る? どこかにそんな人たちが居るんですね」
頷いたか、目を逸らしたか。曖昧な応答だけがあって、ダレンさんは戻る道をまた歩き始めた。
どこか。とは、修道院であるらしい。
「……ここだよ」
誰も黙って、帰り着いた。明るく出迎えてくれるみんなの声が、どうも気まずい。学校と似たものらしい学問所も、今日はお休みのようだ。
立たされたのは、調理場にいくつかある扉の一つ。他より一回り小さくて、鍵が錠前が付けられている。
「危険はないから。行こう」
その言葉が、ある意味で危険の存在を感じさせた。錠を開けたのはホリィ。歩くたび鍵束が、ちぃんと哀しげな音で鳴く。
狭い階段は、十段くらい。降りた先に広い空間があるけれど、暗くて見えない。
「ここは元々、酒蔵だったそうだよ」
証明するみたいに、脇には酒樽があった。その上にランタンが置かれて、ダレンさんが火を点ける。
オレンジの光が膨らんで、白く塗られた壁に跳ね返った。ほくち紐の火を、ダレンさんの太い息が吹き消す。
今は半分、倉庫のようだ。蒸留酒の瓶もいくつかあるけど、日持ちのする野菜や干物のほうが圧倒的に多い。
部屋の奥に通されて、そこにあった扉をまたホリィが開ける。
「これは……」
開く前から、察しはついていた。察しというか、聞こえたのだ。獣たちの寂しげな息遣いが。
酒樽を寝かせていたのだろう。二段ベッドのように、上下分かれた物置き台。それがたくさん、左右どちらにも列を成した。
樽の代わりに入るのは、獣たち。鹿や狼のようなもの。熊とかウサギも居る。想像したような、半人半獣ではない。
金属の格子に隔たれて、狭い中に皆うずくまっていた。向かい合わせた間を僕が歩くと、「出してよ」「遊ぼうよ」なんて言ってるみたいに寄ってくる。
「はあ……はあ……」
何か言わなくちゃいけない。理由のない焦燥感に駆られて、けれど何も言えなかった。出てくるのは、荒い息だけ。
その景色は、一列に留まらない。突き当たりを左右どちらに向いても、闇の向こうに列がぼやけた。
これが動物園と言うなら、はしゃいだかもしれない。小学校へ入ってすぐに行ったきりだ。
――これが全部、人間だって?
望んでなったのでないと分かっていても。
いや、だからこそ。薄闇に光る目が、そら恐ろしく見えてしまう。
「あっちには行かないほうがいい。ここら辺はおとなしくなってるけど、奥は凶暴なままだから」
進もうとする僕の腕を、大きな手がつかむ。全てを見ようなんて考えてはいなかったのに、脚が勝手に動いていた。
「あんたが会ったのは、この子だよ」
隣の列から、キツネを抱えたホリィが戻る。正直なところ、別のキツネでも区別はつかない。
「調子を見ようと思って出したら、逃げちゃってさ」
そうもなるだろう。今も彼女の腕の中で、必死にもがいている。この姿だけを素直に見れば、遊びたくてたまらない可愛げな仕草なのだけど。
「治す方法はないんですか」
「姿が変わるのも凶暴なのも、院長さまの法術で治せることが多い。しばらくここに居ると、戻る例もある。残ってるのは、それでも治らなかったんだよ」
不治の病。病気ではないのかもだけど、僕には人ごとと思えなかった。
ホリィの手を甘く噛むキツネが、人としての意識を保っているとは思えない。当人がそうありたいと望んだならともかく、知らずそうなったままではかわいそうだ。
「薬とか」
「ないよ。薬で治るものかも分からない」
ダレンさんは柔らかく、首を横に振った。落ち着いた声で、しかしはっきりと否定する。
――でも「分からない」なら。
「僕が作ります。この人たちを治す薬を!」
キツネを脅かさないよう、低く誓う。彼だか彼女だか、当人は罪のない顔を傾げるだけだ。
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