第11話:頑丈なホワゾの建物
畑の中央。唯一ひろく取ってある通路を抜け、囲む塀を扉から外に出る。
先を歩くのはダレンさん。隣にはホリィ。街中を案内してもらうのだ。
「いいんですか?」
「いいに決まってるよ。君は俺の、恩人だからね」
「そんな大げさな。僕は子どもですよ」
何かお礼をさせてくれと、半ば強引に連れ出された。欲しい物でもないのかと聞かれて、何もないと答えたのに。
「子どもに恩を感じちゃいけないの?」
不思議そうにホリィが問うた。治癒術師のくせに、調剤道具も持っていないと告げ口した犯人だ。
「そうだよ。それに俺は、君を子どもだとも思ってないしね」
「十六は大人ですか?」
日本での成人は二十歳だった。いや十八になったのだったか。どちらにせよ、僕はそこに達していない。
「年は関係ないかな。たしかに七、八歳くらいで大人だと思う人には、会ったことがないけどね」
「じゃあ、どうだったら大人なんでしょう?」
僕の作った薬で、ダレンさんの傷は癒えた。体力も戻したらしい。
それほど劇的に効く様を見られなかったのは残念だけど、そこを疑ってはいない。
でも彼の命を救ったのは、マルムさんだ。あの人を置いて恩人などと呼ばれては、差し出がましいのもいいところだと思う。
「――うぅん、難しいなあ。考えておくから、答えはまたでもいい?」
「ええ。教えてもらえると助かります」
何が助かるのだか、僕もいいかげんなことを言う。
しかし二人の言い分からすると、この世界には成人の基準が特にないらしい。
ならば住む人は、どうして大人と子どもを区別するのか。そこのところが、どうも気になってきた。
「さて、道具屋はそこだよ」
保留になったものは仕方がない。メナさんも元は修道院に居たとか、ダレンさんと結婚して辞めたとか。そんな話を聞きながら歩いた。
二人は修道院だけでなく、遠出する用事を街の人から引き受けて旅を繰り返しているそうだ。
前の世界では聞いたことのない生き方に、興味を覚えた。
ずっと修道院の世話になるわけにもいかず、その後を考えなければいけないことだし。
「看板とか、ないんですね」
治癒術師の持ち歩く道具が揃うという店。それはここまで並んでいた、他の家屋となんら変わりない。
ショーウインドウや自動ドアがないのは当たり前だけれど、何の建物か分からなければ不都合だろうに。
「あるよ、ほら」
「えっ、それ?」
頑丈そうだけど無骨な扉が、固く閉ざされている。その隅をホリィは指さした。
暗い茶の扉に、黒い墨のようなもので何か描かれている。それには気付いていたけど、単に模様かと思っていた。
「ノコギリで丸太を切って、ノミも描いてある。道具を作るってことだよ。こういうのも見覚えないの?」
「あ、うん。そうだね、言われてみれば」
これがこちらの当たり前であれば、否定は出来ない。でもこんなもの、言われてみればどころか、言われなければ分かるものか。
すると他に見える建物も家屋じゃなく、お店なのか。
「お邪魔するよ!」
ダレンさんの大きな手が、扉を叩く。ゆうべと同じようなドンドンという音が、今日は平和に聞こえる。
返事があったのか、僕には聞こえなかった。しかし彼はためらわず、扉を押し開く。
「やあダレン。わざわざ来てくれたのか? でも今日は、何も頼みがないんだ」
「違うんだよ。今日はお客さ」
来客を拒むような店構え。それはたぶん、他の店も同じではある。けれどその印象から、店主にムスッとした気難しいおじさんを想像していた。
実物はとても優しげなお兄さんだ。ダレンさんと、同級生だったとか言いそうな。
「ああ、そっちの彼のか? 何か知らないけど、安くしとくよ」
見知らぬ僕の為と分かっても、値引いてくれると言う。どう反応していいか迷って、ちょっと頭を下げて「どうも」とだけ言うのがやっとだった。
「ありがとうね。シンっていうんだけどさ、治癒術の道具を一式ほしいんだよ」
勝手知った風に、ホリィも口を利いてくれる。どこまで揃えるのか、店主の質問にも僕の意見さえ聞かず交渉を始めた。
任せるのが良さそうなので、僕は店内を見回す。中央にカウンターを挟んで、十畳くらいあるか。
店主さんの後ろや壁に工具がたくさんあって、商店というより工房という雰囲気だ。
商品も見本めいた物しか置いていない。たぶんどんな物も、注文を請けてから作るのだろう。
――ちょっと薄暗いな。
入り口と奥の壁に、松明が燃えている。まあまあ大きな窓もあるのに、なぜ暗いのか。
ガラスを透かして、外に何か見える。格子のようだ。日本の家にもあるけれど、あんな華奢な物でなく。一本ずつが、僕の手首ほどもある。
「分かった。明日じゅうに作るから、明後日取りにきてくれよ」
「早いなあ、無理しないでいいんだよ?」
「なに、ダレンの頼みじゃ手は抜かないさ」
互いに信頼が見える会話。最後にダレンさんは硬貨を、じゃらじゃらっと何枚も渡す。使い古してくすんだ、五百円玉みたいな。
この世界だと、銀貨になるのか。価値はどれくらいなんだろう。
「じゃあね」
用が済んで、ホリィはさっさと外へ。僕が最後に出て、去り際「よろしくお願いします」と扉を閉めた。任せとけと心強い返事が、胸に温かい。
「たくさんお金を使わせたみたいですけど……」
「ん? 大したことないよ。気にしない」
そう言うダレンさんの後ろで、ホリィが身振りで何か示している。手を振る動作や表情からすると、それは嘘だということらしい。
「頑張って、いい薬を作りますよ」
「それはいいね」
にいっと。柔らかな笑みが、彼の顔を占める。
僕に負担を感じさせまいと気遣うところ。プレッシャーにならないよう、期待をかけてくれるところ。
どこまでも、優しいところ。
それらは、ある人物を思い出させる。審哉がプレイしていたオンラインゲームでの仲間。あの優しい戦士。
あの人までこちらへ来ている筈はない。だから偶然だけれど、彼の名もダレンと言った。
「ところで、どうしてあんな厳重にしてあるんです?」
建物の外から格子を見ると、それ以外にも壁や窓を補強してあるのが分かった。道具屋さんに限らず、どの建物もだ。
修道院と同じように、敷地内へ入らせない頑丈な塀もあちらこちらにある。
「えっ、知らないのかい。夜に出歩いちゃいけないと、誰かに聞かなかった?」
「聞きましたけど……」
帰り道。ダレンさんは、わざわざ足を止めて聞いた。町に入るとき、門衛さんから言われたことを。
彼は「本当に気を付けなければいけない」と念を押す。
「俺が怪我をしたのだって、そのせいなんだから」
夜。街を歩くことで、死ぬほどの危険がある。ダレンさんは、真剣に説いた。
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