第3話:新たな自分に出会う

 たくさんの文字は、単語であったり短文であったり。

 それはたとえば、外見とか人間関係とか習得技術とか。大きな項目から小さな項目に細分化されている。

 外見であれば、髪の色や身長、筋肉の付き方まで。やろうと思えばとても繊細に、ひとりの人間をデザインできた。

 即ちこれは、転生後の僕の姿だ。

 あ、いや。人間に限らず、他の種族も選べるようだけど。

 ――オンラインゲームの、キャラクター作成画面の感覚だな。


「家族構成か」


 きっと希望をなるべく反映しやすいよう、僕の記憶からこれを引っ張り出したに違いない。

 その項目のひとつに、僕はしばし悩んだ。

 転生後の年齢も自由に設定できて、赤ん坊から成長していくことも可能。いきなり老齢の人物にも。

 それがどこで生まれたのか、家庭環境はどうなのかまでも決められるのに、困ったのだ。


「実際に成長しながら、この世界の常識を身に着けるのがいいと思うけど……」


 そうなると、誰かを親に持つことになる。孤児という設定も出来るけれど、それはハードルが高い。


「やっぱり僕の父さんと母さんは、あの二人だけだよ」


 それで結局、開始年齢は十六歳。きれいな川のある街の傍を、スタート地点にした。

 ――ある日、僕は記憶を失って草原に居る。右も左も分からずに、まずは目の前の街に入っていく。

 そういう状況に決めた。

 これは過去を聞かれたら答えに困ると思って、僕が決めただけだ。そんな設定項目はない。


「習得技術かぁ」


 これはあまり迷わなかった。やはり細かく、裁縫に精肉。物乞いなんてものまであったけど。

 これから向かう場所は、いわゆるファンタジーRPGっぽい世界のようだ。それなら僕のやりたいことは、一つしかない。


「僕は、ヒーラーになる」


 怪我や病気に苦しむ人を。もちろん自分がそうなったときにも。すぐに助けてあげられるなんて、すごいじゃないか。

 世の中には色々な困難があって、乗り越えられないこともあるのだけど。病気をしていては、立ち向かうことさえ出来なかったりする。それはとても悲しくて、悔しいことだから。


「治癒術師。これだな」


 優れた技術にしろ、跳び抜けた身体特徴にしろ、全部を最高にすることは出来なかった。割り振る値の合計が決められていて、その中でやりくりしないといけないから。

 でも治癒術師の項目だけは、迷わず最高値に。


「ん、聖職者?」


 ゲームでは僧侶とか、そういう職業のキャラが治癒を担当することも多い。この世界ではどうやら、治癒術師と聖職者と、二種類が選べるようだ。

 ――でも僕は、聖職者って感じじゃないしなぁ。

 清貧な生活をして、いつも真面目に笑顔を絶やさない。僕の貧困な想像では、それが聖職者だ。いつもどこかを掃除したり、誰かの悩みを聞いたりするのも。

 自分をそれほど律する自信がなかった。それに人生経験も全く足りない。せっかく別の人生を歩めるのだから、厳しい戒律に縛られたくないという甘えた気持ちもある。

 他に選択肢がないならともかく、治癒術師が選べるのだからそれでいいだろう。


「いいかな……これで、決定!」


 時間の感覚はなかったけど、きっと相当にかかったと思う。決められることが多すぎて、最後には何がなんだか分からなくもなっていた。

 しかしまあ、どうしても決めたいことだけは決めたと思うし。完了の文字を選択する。


「消えていく――」


 白抜きにバックライトが当てられたみたいな、はっきり分かりやすかった文字が薄れていく。明るさと形がぼんやりと、徐々に失われた。

 やがて完全な黒だけになって、また明るくなっていった。今度は青も緑も、たくさんの色が溶けあっている。

 夜明けの光景を、早回しで見ているようでもあった。最初はごちゃごちゃしていただけの物が、地面と草木、それに川だと分かった。

 見る向きを変えれば、街もある。低い石垣に囲まれて、開け放たれた門には人通りが多い。活気のある声が雑然と響く。

 建物は見える限り、三階建てがせいぜい。屋根は赤くないけど、フィレンツェに似ているかもと思う。


「大きな街だなぁ」


 立つ位置が近すぎて、街の全貌が見えない。日本とは全く違う景色に、呆然と眺めていた。

 と。しばらくして、戸を乱暴に開く音がバタンと耳に刺さる。

 見ればたしかに扉が一つあって、そこから出てきたらしい影が二つ。逃げる一方を、もう一方が追いかけているようだ。

 両者は目の前を駆け抜け、川のほうへ向かった。方向を決めているのはもちろん、前を走るキツネだけれど。

 追いかける女の子は、ベージュのワンピースを乱して走る。全力という風でなく、追いついているけど捕まえ方を迷っているみたいに。


「そのまま行ったら!」


 気付いて、思わず僕も走った。

 銀灰色シルバーアッシュの長い髪をたなびかす女の子は、キツネしか見ていないようだったから。

 放っておけば、川に落ちる。懸念して動いた僕の身体は、経験したこともない速度で前に進んだ。

 きっと誰でも、走ればこのくらいなのだろう。しかし心臓の悪かった僕には、それでも未知の領域だ。


「あっ……!」


 操作に慣れていない人間が、感動に気を逸らした結果。僕と彼女は、もろともに川へ落ちた。

 深くて焦ったけれど、足を着けば水深は胸くらいだ。

 突然に現れた見知らぬ誰かが、勝手に巻き込まれた。その子からすれば、わけが分からない筈。

 実際のところ首まで水に浸かった彼女は、目を丸くして僕を眺める。

 でもすぐに、けたけたと笑い始めた。


「あはははは。あんた、ずぶぬれよ!」


 気安い風に、口を大きく開けて。自分も同じなのは棚に上げて。

 キツネは水浴びがしたかったのか、周りをくるくると泳ぐ。


「ホリィ! ホリィ!」


 別の女性の声がする。目の前の彼女は、それに「はあい!」とバカでかい声で答えた。

 どうやらホリィという名らしい女の子は、もう一度僕を見てくすっと笑う。あの天使を思い出させる、抜けるような白い肌で。

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