1-9 悪意

「この大馬鹿が!」

 顔面に金属製の安っぽい灰皿を投げつけられて、加藤は身を縮こまらせていた。

「金庫の処理に失敗して目撃されただけでもクソ無能なのに、焦って口封じしようとしてそれも失敗! ……テメエマジで、今回どこに有能ポイントがあったんだ? 言ってみろよ、ええ!?」

 獣のような剣幕で、加藤よりも二周りは年下の男――円藤が怒鳴りつける。

「す、すんません……どこの回収業者の制服かわかったし、人気のない道だったので、つい……」

「つい、じゃねーよ! なんで目撃されたときにすぐに報告しなかった! それだけだったらなあ、まだいくらでも誤魔化しようがあったんだよ!」

「すんません……!」

 加藤は苛々と、自らの指を噛む。カラオケボックスで部下を怒鳴りつけて当たり散らしたところで、目の前の問題は全く解決しなかった。

「……強盗のフリして防犯カメラぶっ壊して店のモン分捕るのには成功した、ドラッグの横流しだって問題なく完了した、ゲンナマだって誰にもバレずに分配できた、空になった金庫ごとき大丈夫かとテメーに任せたのが失敗だったか……? マジで終わりなんだぞ……!?」

 ――計画に噛んでいるのは四人。全員が、強盗に遭った輸入雑貨店の店員だった。

 円藤の計画はこうだった。加藤の店番中に、強盗に扮した二人が店に乱入する。監視カメラを的確に破壊して、あとはその場にいる三人で売り物になる商品と現金を根こそぎにし、盗品を乗せた車で強盗役の二人は逃走。襲撃を受けたフリをした加藤が時間を見計らってマネージャーである円藤に連絡をし、二人揃って口裏を合わせて『上』――脱法ドラッグ製造販売の元締めに報告をする。あとは店が直るまでの間にドラッグの横流しや獲得した利益の分配、車の処分を終わらせ、また何食わぬ顔をして店員に戻ればいい。

 計画の殆どは上手くいっていた。――加藤が凡ミスに次ぐ凡ミスをして、犯行の一部が部外者に漏れてしまうまでは。

「だああああああ! ……クソ、ド畜生が! ――テメーの失敗の中でも一番最低に最悪なのはな、山瀬の野郎が絡んできたことだ!」

 加藤がおずおずと情けない上目遣いで口を開く。

「円藤さん、その……」

「ああ"!?」

 剣幕に負け、加藤がヒュッと息を呑む。

「……チッ、これ以上お前に黙られて面倒なことになんのは面倒だ。言ってみろ」

「よくわかってなくて本当に申し訳ないんですけど、その……あの金髪、そんなにヤバい奴なんですか……?」

「は?」

「すんません! でもその、他の組織にどんな奴がいるのかとか、俺全然知らされてなくて!」

 ……これだからコイツは嫌なんだ、と円藤は必死に弁明する加藤を見下す。情けない態度も年相応の仕事が全く出来ないこともそうだが、情報も仕事も立場も上から与えられて当然のものだと思いこんでいる。そのくせ肝心なところで一人で突っ走って――今回のような事故が起きる。本当に使えない部下だ。元々加藤が志していた業界から爪弾きにされたのも納得するしかない無能さだった。

 大きくため息をつく。呆れのあまり、イラつきは一時的に鎮火していた。

「……ヤベエなんてレベルじゃねーよ。千羽で一二を争うくらいにヤバかったチームの元参謀だ。アイツに敵対した半グレはもれなく地獄を見るってジンクスがあるくらいにヤベエやつだ」

「そんな……! ……で、でも、どうしてそんな奴が用心棒なんて」

「俺が知るか!」

 苛立った円藤が吼え、加藤が再び息を呑んで押し黙る。

「友達だと……!? バレバレの嘘つくんじゃねーよ……クソッ、あのカラス野郎、どんな手を使って山瀬を巻き込みやがった!?」

 爪を噛み、指を噛み、足を小刻みに揺らし、あらゆる方法でイライラを撒き散らす円藤の動きが止まる。

「あ、あの……?」

 不安になった加藤が覗き込むと、その顔は邪悪な笑みで歪んでいた。

「……山瀬の野郎を狩る」

「か、狩るって……」

「やってやれねー事はねーよ、ヤツだって所詮は人間だ」

 自信を取り戻したように、加藤が机に肘をついて嗤う。

「今夜、奴らはお前を狙って罠を仕掛ける気になっている。俺も一枚ことになった。奴らは俺のことも同じ被害者だと思い込んでる。ギリギリまで勘違いさせて……油断しきったところをつく。山瀬さえやっちまえば、カラス野郎の方は楽勝だ」

「お、俺は何を……」

「テメーは素直に奴らの誘導に乗れ。挑発に乗って山瀬とカラス野郎にとっちめられる、出来る限り短気な間抜けを演じろ」

「そ、そんなこと」

「黙れ。……アイツらの作戦通り切り捨てられてーのか」

 加藤が捕まって自白すれば、円藤だってただでは済まないのだが……自分の進退にしか目のいかない加藤は、そのことに気が付けない。

「わ、わかりました、今度こそ言う通りにやります」

「しっかりやれよ。テメーの本業だろ」

「はひッ!」

 引きつった声で返事をする加藤を他所に、円藤が悪意に溢れた笑みを浮かべる。

「……千羽最凶だかなんだか知らねーが、テメーの組織が無くなってから半年も音沙汰なかった奴だ。千羽のコッチ側にはテメーの居場所なんてとっくにねーってことを思い知らせてやるよ」

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