1-8 一息

「正直さ、カラスがあそこまで度胸を発揮するとは思わなかったよ」

 ファミレスのボックス席で、俺は山瀬と向かい合って座っていた。

 普段なら足を踏み入れることのない、高価格帯のファミレス。メニューには一五〇〇円なんて金額がしれっと踊っている。ブルジョアの中のブルジョアの入る店だ。ファミレス自体に来ない俺は、着席してから初めてここが超高級ファミレスであることに気がついた。

 とはいえ、入店してからやっぱり他の店に、と言えるはずもなく。ヤケを起こした俺の前には、迷いに迷った末にようやく選んだ看板メニューの極上ハンバーグが鎮座している。最後の晩餐かも知れないのに、こんな時までケチを貫くのもバカバカしい。

 食べ慣れない濃厚な味のハンバーグを噛み締めている時に山瀬の口から出たのが、先程の言葉だった。

「もしかして余計だったか」

「ううん、俺もそれが一番確実だと思っていたから。けどさ、背負うには結構なリスクじゃない?」

「元々俺の問題なのに、いつまでもお前の後ろに隠れてるわけにもいかねーだろ」

「ふーん」

 聞いた本人である山瀬は、俺の答え自体にはあまり興味がなさそうに生姜焼き定食を頬張る。

「寧ろ一日でここまで事が進んだのにビックリしてるっつーか……お前、本当になんでここまでしてくれるんだよ」

「うん?」

「最初は騙されるか何かするんじゃねーかと思ってたけど……俺にそんな価値ねーだろ」

「やだなあカラス。相変わらず思い出せないけど、俺に酷い目にあわされたことあるんでしょ? だったら『コイツを利用して何が何でも助かってやる!』って精神でいればいいのに」

「それは……なんか色々だめだろ、最後に酷い目に遭いそうな気がする」

「信用ないなあ」

 山瀬はまるで堪えていないようにクスクスと笑う。

「とにかくその……ここまでお膳立てされたからには、あとは出来る限り俺一人でもいいというか」

「だからなんと言われようと手を引くつもりは――って、ちょっと違うか。……他人とつるむの、そんなに嫌?」

 心臓に氷の針が打ち込まれたようだった。

 居場所を作ろう、仲間を作ろうとすることを最初から拒否して――怖がって、まともな人間関係が手元に一つも残っていない俺の内面を見透かされたような――。

「…………そういうわけじゃ」

 山瀬はしばらく深さの伺いしれない翠の目で俺を見つめて、やがてにぱっとわざとらしいくらいに笑った。

「でも残念、そんな顔されても絶対に離れないし離さないよ。……全部終わるまでは何がなんでも付き合ってもらうからね」

 ――――俺が心配するようなことは何一つとして考えてなかった。

 死ぬほど大きいため息をついて脱力し、山瀬から目を反らす。

「わざわざストーカーみたいな言い方選ぶんじゃねーよ」

 ――落ち着いて考えてみれば当たり前だ。いくら山瀬でも俺の心の中を全て見透せるはずがない。俺が勝手に一人で完結しようと躍起になって、その空回りにちょっかいを出す山瀬を怖がっているだけ。傍から見たらどれほど滑稽に見えるだろうか。

 本当に、変な関係だ。当事者は俺なのに、俺を引きずり回す勢いで山瀬の方が奔走して――。

「――つーか、マジでわかんねーから聞くけどよ……これちゃんとリターン見合ってるのか?」

「というと?」

「加藤の裏付け取って、罠にかける段取り立てて、実行して――それを一日でやるのと、ちょっと新生活の手伝いをするのって、どう考えても見合ってねーじゃねーか」

「見合ってる見合ってる。『カラスにとってちょっとの事』と『俺にとってちょっとの事』を交換してるんだと思いなよ」

「そうは言っても」

「それになにより――半グレ関係のゴタゴタは楽しいからね」

「…………は? 楽しい?」

 一瞬聞き間違いかと思った。だってあまりにも予想外すぎる。

「あんな連中の、しかも絶対にヤバそうな事に首を突っ込むのが? 楽しい?」

「そうじゃなきゃ何を出されたってやらないよ」

「……怖くねーのかよ。あくどい事を躊躇わねー連中だし……それに――数は暴力だろ」

 ぼんやりと過去のトラウマを思い出す。あの襲撃でこっちが総崩れになったのだって、敵対グループの『大勢で袋叩きに出来る状態を作り出す』作戦が上手いこと嵌ったからだ。

「一筋縄じゃいかないのは確かだよ。騙すし嵌めるし脅迫するし暴力振るうし、なのにヤクザみたいに札がついてるわけじゃないっていうのが半グレだし。それが一人でも厄介なのに、集まれば集まるだけ強気になっていくからね」

 養護教諭のような目で、良いとも悪いとも断定せずに奴らのことを語った山瀬は。

「だからこそ――足元の崩しがいがあって、本当に楽しい連中だよね」

 笑顔のまま、そう言い切った。

 背中を冷や汗が伝う。……思ってたのと想定外の方向にやばい。これ以上踏み込んだら取り返しのつかないことになりそうだ。

 そんな俺の願いが通じたのか、丁度店員がデザートを運んできた。抹茶いちごパフェを山瀬の方に押しやると、山瀬もこの話題からパフェに興味が逸れたようだった。ほっと胸をなでおろし、俺の分のチョコレートケーキを引き寄せる。

「まあ、そんな話はいいんだ。加藤を捕まえるための作戦を話そうか」

 山瀬は半分に切られたイチゴにフォークを突き刺しながら、邪悪たのしそうに笑った。

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