1-7 知己
地図アプリで店へのルートを検索し、バスに揺られながら千羽駅方面へと向かう。大通りから歩行者専用のアーケードへと進み、少し道を外れた輸入雑貨店に着いた頃には、時刻は十三時になっていた。
「流石に閉まってるね」
山瀬が扉の施錠を確かめる。
「そりゃそうだろ、営業時間まだ先なんだから」
店内を覗き込む。東南アジアだか中南米だかわからないような雑貨に混じり、「お香あります」等と書かれた、看板が乱立している店の中は薄暗いし、誰もいない。
「……マジで普通に雑貨屋だな」
「脱法ドラッグ扱ってるんじゃなきゃ普通なんだけどね」
「ドラッグ……!?」
「一々そういう反応してくれるの、初々しくていいなあ」
「そんなことに慣れてたまるか」
……まあでも、なんか聞いたことがあるような気がする。危険ドラッグは「入浴剤」とか「お茶」とかと称して売られている、と。
確かに、「お香あります」とだけ書かれていて、どんなお香なのか、実際の商品どころか香りの名前すら書いてない。
「その、加藤ってヤクザとか、そういう関係の」
「ないない。この手の店は頑張って違法にならないように立ち回ってるし、せいぜいが半グレだよ」
「へぇ……」
成程山瀬は慣れてしまった側の人間なんだなと若干引きながら聞いていると、向こうから人が歩いてきた。
「あんたら、この店になにか用? 悪いけど当分店は開かねーぞ、欲しいもんがあるなら他所に行き――」
横柄だった男が、山瀬の顔を見た途端に顔色が変わった。
「おまっ、山瀬!? な、なんでこんなところに……」
「久しぶりだね円藤。何? 斎藤さんのところじゃ食えなくなってこっち系に鞍替えしたんだ」
「うるっせー関係ねーだろ! クソ、マジで何の用だ、さっさと帰れ!」
「ちょっと聞きたいことがあって来たんだけどさ、この店に加藤武丸って店員いる?」
いきなり切り込んだ。急すぎる気もするが、相手は山瀬の知り合いだ。部外者の俺はきっと黙っていたほうがいいだろう。
知り合いとはいっても、山瀬と円藤は親しい仲であるとはとても言えなさそうな雰囲気だった。円藤はチンピラ丸出しで山瀬の言葉をせせら笑う。
「ハッ、誰がテメーなんかに。手土産もねーやつに教える義理はねーなぁ?」
「じゃあいいや。先週強盗に入られた時に持ち逃げされた手持ち金庫の行方は教えない」
さらに直球で唐突な言葉に、円藤は虚を突かれて固まる。
「……どこでンなことを」
「加藤武丸って店員、この店にいる?」
悠々と繰り返す山瀬。円藤は憎々しげに睨みつけるが、やがて表情を歪めた。
「チッ……ああ、そうだよ。これで満足か?」
苛立たしげにため息をつき、落ち着き無く足先を揺らす。
「で、次はこっちの質問だ。なんでテメーらが、強盗ついでに持ってかれた金庫の在り処を知ってんだ?」
「その加藤が捨てたのをこいつが見たんだよ」
「ハァ?! ……つーか、誰だよそいつ」
円藤の目がじろりとこちらを見る。
「カラス。俺の新しい友だちだよ」
「友達ィ?」
声には出さないが、俺も円藤と同じ気持ちだった。
「なんでもいいけどよ、信用できるのかよ」
「俺は信用してるよ。昨日カラスが円藤に殺されかけたの、見ちゃったしね」
「……わけわかんねぇ、どういうことだよ」
山瀬に目で促されて、俺はかいつまんで昨日の出来事を話した。仕事中に加藤が捨てようとしていた金庫を目撃したこと、すごい剣幕で奪い取られたこと。夜道で襲われ、山瀬が間に入らなければどうなっていたかわからないこと。
円藤の視線がせわしなく左右を行き来する。
「確かに強盗が起きた時の店番は加藤だったけどよ……給料だって十分に渡してたはずだ、幾らなんでも強盗のどさくさに紛れて売上金をパクるなんて、そんなに馬鹿か……!?」
……馬鹿だから、明らかにグレーな店で働くし、その店にすら不実を働くし、証拠隠滅がザルだし、目撃者である俺の口を短絡的に封じようとするんじゃないだろうか。
「強盗と元々グルだったんじゃない? 監視カメラは?」
「……ぶっ壊されたよ。だから加藤がやってないっていう証拠なんてどこにも……ああクソッ!!」
頭を掻きむしりながら絶叫する円藤。
「テメーらも合わせてグルって事ぁねえだろうな……!」
「俺がそんな面白くないことやると思う?」
「知るか! そう言って遠回しにとんでもないことしでかしたの忘れちゃねーからな!」
「信用ないなあ」
「あるわけねーだろ!」
「まあ俺がどう思われてるかはどうでもいいんだ。円藤、加藤を捕まえてゲロらせたくない?」
「そんなの……そりゃ、どうやるんだよ」
「……俺が囮になる」
二人の視線が俺に集まる。円藤の目は胡乱げに、山瀬の目は先を促すように。とても後に退ける雰囲気ではなく、若干気圧されながら俺の思いつきを口にする。
「加藤は目撃者の俺を狙ってる。一回失敗したら、次はさらになりふりかまわずに来る……と思う。だったら俺を囮にして、のこのことやってきた加藤に直接聞けばいい。俺たちがあれやこれや言うよりも、俺に加藤が何をするか……それを見た方が、よっぽど信用できるはずだ」
「そういうこと。どう? 危険を冒すのも手を汚すのも俺たちがやるけど、この話に乗る気はない?」
「チッ……」
心底苛立たしそうに、円藤が俺たちを睨みつける。
「……テメーらの勘違いならタダじゃおかねーからな」
「当然。夕方には今夜の段取りを送るから楽しみにしててよ」
二つの視線が絡み合う。
「行くよカラス。作戦を立てるよ」
「……わかった」
ちらりと振り返る。円藤が不機嫌丸出しで見返してきたので、俺は慌てて前を向いた。
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