1-10 決行

 夜。

 俺と山瀬、そして円藤は、歩道橋の上に陣取っていた。

 それぞれに双眼鏡を手に、遥か遠くに見える加藤の住んでいるアパートの、加藤の住んでいる部屋の出入りを監視している。

「……野郎、いつになったら帰ってくるんだクソが……」

 爪をガチガチと噛みながら、円藤が毒づく。決行には俺と山瀬がいれば十分だったはずだが、俺と山瀬の見張りをするとかで、加藤を呼び出す前からこうしてついてきていた。

「探し回って見つからないように尾行するよりはずっと楽だよ。そんなに待ち遠しいなら自分の家でネトフリでも見ながらふんぞり返ってればいいのに」

「ば……ッ! んで知ってんだよマジで……!」

「あ、図星? ……それより、来たよ」

「ッ!」

 山瀬から借りた双眼鏡をアパートに向けると、そこには見覚えのある男が丁度帰ってきているところだった。

 男が部屋の前でぴたりと足を止め、しゃがみ込む。立ち上がった時、その手の中にはスマホがあった。

 ――今だ。

 緊張に震える指を強引にねじ伏せて、そのスマホにコールする。

 双眼鏡の中の加藤がしばらく動揺したあと、ようやく電話に出る。

「……もしもし」

 警戒心丸出しの声音。

「加藤武丸だな」

「誰だ」

「お前がいま一番見つけたいと思っている相手だ」

 コピー用紙に印刷されている通りにセリフを読み上げる。

 台本を用意したのは山瀬だ。俺は『何を言われても淡々とそのまま読んで』と指示されたままに声に出しているだけ。

「あの時のゴミ野郎か……!」

 加藤が感情的に話してくるので、こちらが噛まないように必死にしゃべっているだけでもちゃんと緊迫感が出ている。

 しかし――幾らなんでも『ゴミ野郎』はないだろう。こみ上げそうになる怒りを、静かに深呼吸して押さえつける。

「15分後の午後8時、このスマホと口止め料の三十万円を持って4丁目の公園に来い」

「はぁ? 口止め料だと」

「さもなくばお前の犯した罪を、お前が最も知られたくない連中に公表する」

「三十万なんてポンと用意出来るか! 馬鹿か! そんなことくらい少し考えれば――」

「お前が現れなければ、それで終わりだ」

「は? 待て、待てって」

 電話を切る。オペラグラスの中の加藤は何度もスマホに向けて叫んだ後、叩きつけるような動作をする。多分本当に床に叩きつけたのだろう。スマホの貸し出し主である円藤の眉がぴくりと揺れた。

 突然現れた脅迫者。考える暇も与えない時間。そしてどうあがいても工面できそうにもない高い金額。

 追い詰められた加藤が取る行動は紛うこと無く、取り繕う暇もなかった彼の本心。

 ――――これを考えた山瀬は、性格が悪いっていうレベルじゃない。

 遠目にもわかるほど怒りと動揺を顕にしていた加藤が、家の中に引っ込む。彼がどんな結論に至ったのか――その答えは、公園で明らかになる。

「――あとは打ち合わせ通りに。行ってくる」

「気をつけてね。俺も加藤が出るのを見届けたらすぐに追いかけるから」

 頷いて、踵を返す。

 目指すは約束の公園だ。

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