1-11 相対

 夕方にも下見で訪れた四丁目公園には、今どきにしては珍しいくらいに多量の遊具が完備されていた。

 どの方向から見ても死角にならないように、街灯の真下に立つ。

 円藤は近くに予め止めた車の中で、仲間と一緒に顛末を見守っているはずだ。

 山瀬は……そういえば「近くにいる」としか聞かなかったが、一体どこにいるんだろうか。不安になるくらいならもっと周到に確認しておくんだったという後悔を隠すように、かばんの内側のスマホをこっそりと確認する。今までの確認と同じように、ちゃんと通話状態だ。通話の相手は円藤側のスマホで、加藤の決定的な証言が取れたら他の仲間と一緒に駆けつけてくる手筈だった。

 不安にかられながら、待つこと一五分。公園の西側から、加藤が現れた。やけにゆっくりと歩いてきているが、その呼吸はかなり乱れている。……猛ダッシュで近くまで来て、息を整えてから公園に来たんだろうか。何故そんなことをするんだろう。

 クラッチバッグを片手に、加藤が尊大さを繕いながら毒づいた。

「へっ、カラスみたいなゴミ漁り野郎が……今度は恐喝までしてくれやがって、随分と仕事熱心だなオイ?」

 俺は黙ったまま相手を真っ直ぐに見返す。

 約束のものは持ってきたな。それが次の台詞だった。

 だというのに、俺の口からは全く違う言葉が出てきていた。

「一つだけ聞かせろ」

「……あン?」

 怪訝そうな加藤。きっと怪訝な顔をしているのは電話の向こうの円藤と、どこかでこのやり取りを見ている山瀬もだろう。

「……なんで自分を雇っている店に不義理を働くようなことをした」

 薄給か。待遇への不満か。それとも借金等の個人的な事情か。

 どんな理由でも不義理を働いていいことにはならないけれども……けれども、考えてしまうのだ。どこかに彼が真っ直ぐ真っ当でいられなくなった理由があったのではないかと。

「なんで……『なんで』ね。そんなことが気になるのか、そうか……」

 加藤は片頬を釣り上げて笑った。

「妙な客やサツの相手までしなきゃいけねー仕事だっつーのに碌な給料ももらえねーからだよ。これで満足か?」

 ……何か違和感がある。そう、まるで取り繕ったかのような。きっと本音ではないのだろうが、脅迫している立場から聞き出すならこれが限界か。これ以上台本そのものの流れを崩すわけにはいかない。諦めて次の言葉を口にする。

「……まあいい。約束の金は当然持ってきただろうな」

「ああ。勿論……」

 加藤がクラッチバッグのファスナーを開け、中に手を入れる。

「――今出してやるぜッ!」

 そのカバンの中から銀色に光るものが出てきた。……ナイフ!

 腰だめにナイフを握って、俺に体当たりするかのようにの腹の中央めがけて突撃してくる。

 近い。早い。逃げられない。実にわかりやすい命の危機なのに、迫りくる銀色の先端に身が竦むばかりで全く身動きが出来ない。

 腹の中央にナイフが吸い込まれる。

 鈍い音。加藤の歪んだ顔が引き攣る。

「大丈夫だとわかっててもやっぱり気持ちのいいものじゃないな――ッ!」

 俺は虚を突かれて逆に固まった加藤の手首を一気にひねり上げた。

「い"ッ!」

 加藤の手からナイフが落ちる。地面に落ちたそれを、すかさず蹴って遠くにやる。ひとまず脅威は去ったが……。

「離せ! この!」

 加藤が大人しくするはずもない。暴れ、俺の足を全力で踏み、掴まれている手をがむしゃらに振りほどこうとする。ナイフを取り上げた後のことは全く考えてない俺の素人拘束が、どう頑張って押さえつけても徐々に緩んでいく。

 必死の加藤。視線は蹴り飛ばされたナイフに、注意は俺に釘付けで、周りを見る余裕は微塵も残っていない。

 ――俺を振りほどくのに夢中になっていた加藤は、背後から近づくもう一人の男に気づかなかった。

 加藤の自由になっている方の腕が、背後からごく自然に掴まれる。

「え」

「カラス、あとは任せて」

 少し迷って、意を決する。俺は必死にひねり上げ続けていた手をぱっと離した。加藤を掴んだ山瀬の手が、ふっと複雑な軌道を描いた。

 一息。

 それが、ただの通行人くらいにしか気配も殺気も放っていない山瀬が、加藤を地べたに転がすのに必要な時間の全てだった。

 あまりにも自然。うつ伏せに転がされた加藤も碌な抵抗が出来ずにいる。腕を極められて短い悲鳴を上げて、そしてやはりなにも出来ない。……完全鎮圧。

「クソが、騙しやがったな!」

 芋虫のようにもがくしかできない加藤を、山瀬はやはり涼しい顔のまま押さえつけている。俺が散々怖がっていた男は、もうどこにもいない。深く息を吐いた拍子に、腹に仕込んでいた漫画雑誌が胸に突っかかった。

 スマホからの音声で全ては明らかになった。公園のすぐ横に、白いワンボックスカーが横付けされる。下りてきた円藤が、ポケットに手を入れたままゆっくりと近づいてきた。きっと店関係の仲間なのだろう、後ろに二人付いてきている。

「これでちゃんと証明になったかな?」

「バッチリだよクソが。……で、何が望みだ」

「別にいいよ、今回はタダ働きってことで」

「んなわけにいくか。テメーに貸しを作るなんて冗談じゃねー」

「……まあ何か考えておくよ。とりあえずこれ引き取ってくれない」

「はいはい、わかったよ」

 円藤がため息をついて、加藤を押さえつけている山瀬に近づく。ただの通行人くらいにしか気配も殺気も放っていない。そして――


 その手に持っていた黒い棒を思い切り、山瀬の後頭部に振り下ろした。

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