2-13 咆哮

「――待て!!」

 その声は 騒乱の中でも俺と山瀬の耳に届いた。

 山瀬が厭そうな顔をして立ち止まる。

「あー……」

「……俺も忘れてた」

 二人揃って振り向くと、そこにはボロボロになった三島がやっとのことで立っていた。服も顔も何もかも汚れているが、奇跡的に怪我はなさそうだった。

 息も絶え絶えで、目だけをギラギラさせながら山瀬を――俺たちを睨みつけている。

「よくも……よくも僕にこんなことをさせたな!!!!」

 三島が吼える。

「こんな酷いことになるなんて一言も言ってなかったじゃないか! ……僕は! ただこの組織を抜けられるだけで良かったんだ、二度とあいつらが追いかけてこなければそれだけでよかったんだ! それを! 何も説明しないで僕をこんなことに利用して……!」

「ちゃんと願った通りになってるじゃないか。君は晴れて自由の身だ。君を縛り付けてた獄原その他を丸ごと壊滅させたんだ、寧ろ感謝してほしいくらいだけど?」

「……いや、普通に考えて怒るに決まってるだろ」

 三島は俺たちが助かる一縷の可能性にかけて、必死に獄原たちの目を盗んで山瀬のスマホを手に入れて、震える手でメールを送ったんだろう。それを受け取った誰かが、俺と山瀬を助けて、遠回しに獄原たちを破滅させてくれると信じて。……襲撃してきた千羽連合の姿を見て、三島は一体どれほど焦ったことだろうか。今更過去の行動を取り消せるはずもなく、見知った顔が次々と倒れていって。

 俺たちは過剰なくらいに悲劇を演出した。伝書鳩を解き放つためのボタンと偽って、大量破壊兵器のスイッチを押させた。しかもボタンを押させた張本人の俺たちは無事、混乱に乗じて何事もなかったかのように脱出に成功している。

 ――ブチ切れない方がおかしい。これを許したら聖人じゃなく狂人だ。

「どうする? 大人しく殴られてあげる?」

 怒りに震える三島の手には、鉄パイプが握られている。

「いや――三島には悪いけど、赤バンダナに見つかるわけにはいかない。押し通る」

「はーい」

 山瀬はゆっくりと三島の方に近づいた。

「ひっ……」

 攻撃しようとしていた三島の方が半歩後ずさる。

 山瀬は近づいて、近づいて――ついに、鉄パイプの間合い丁度のところまで踏み込んだ。

「痛い目に遭いたくなければさ、それ、捨ててくれない?」

 許さない、と宣言した相手からかけられるにしては、優しすぎるくらいの言葉だった。

 三島は一瞬ためらった。山瀬の甘言通りに鉄パイプを置いて、最初の願い通り俺たちと一緒にこの場から逃げようかと。――――平和な選択肢を、一瞬だけ検討して。

「う、うわあああ!!!」

 三島は迷いを断ち切るように絶叫しながら鉄パイプを振り上げて、山瀬に真っ直ぐ突進してきた。体制はめちゃくちゃ、素人目に見ても隙だらけで……三島の行き場のない怒りがそのまま現れているようだった。

 山瀬が一つため息を吐く。

「……あっそう、ならいいや」

「あああああああ!」

 絶叫しながら三島が振り下ろした鉄パイプを、山瀬は半歩横に逸れて回避した。渾身の一撃を外した三島は、次の行動に移れず硬直する。

 山瀬の足が曲線を描いて振り上げられた。そう認識した直後、三島の側頭部に山瀬の蹴りが見事にぶち当たった。

 白目をむいて重力に従って昏倒する三島を、俺は若干引きながら眺めることしか出来なかった。

「そんなところまで過去の俺をなぞらなくてもいいのに……」

 山瀬にトラウマを抱くところまで再現してしまった三島に心の中で合掌し、近づく。

「……何してるの?」

「隠すんだよ。……こんなところに転がしてたら、誰に見つかって酷い目に遭うかわかんねーだろ」

「先を急ぐんじゃなかったの?」

 そう言いながらも、山瀬も三島を引きずるのに手を貸してくれた。

 倉庫沿いの茂みの影に三島を押し込む。……ここなら、獄原一味にも千羽連合にもそう簡単には見つからないだろう。

 仮にも居場所となっていた組織が――不本意にも――壊滅してしまった三島は、この先どうするのか。……俺が考えても仕方がないことか。

 山瀬が倉庫を振り返る。その目には、獄原相手に嬉々として語っていた時の輝きはなく、終わってしまったものへの寂しさだけがあった。

「花火みたいだよね。下調べして準備して、一発燃え上がったら後はおしまい。火をつけられるのは一回きりで、二度目もない」

「めんどくせー趣味だな。あと、お前のやってるのはどっちかっつーと放火だ」

「……そうだね」

 山瀬は諦めたように踵を返す。

「帰るよ」

「おう」

 争乱の音は、燃え残りが時折弾けるだけになっていて、随分と勢いを落としていた。

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