2-10 信頼

 扉が開いた。

「どうして縛られてるのにそんなに元気なんですか」

 三島だった。手には二本のペットボトルを持っている。

「三島、どうしてここに?」

「様子見の先輩の代わりを引き受けたんですよ。……これ、差し入れです」

「要らないよ」

 山瀬がすげなく断る。次に続く言葉が、俺にはなんとなく予測出来ていた。

「獄原に俺のことを密告したの、君だよね」

「……何のことですか」

 三島の語尾が僅かに震えた。

「簡単な推理だよ。俺が潜入のために獄原の下についたのを知ってるのはカラスと君の二人で、カラスは俺がいなくなったら詰むから除外。ほら、やっぱり君だ」

「そんなの、アンタの行動が怪しまれただけじゃ――」

「獄原は『他の奴の手下をやめてないまま仲間に潜りこんだことが許せない』って言って俺にスタンガンを食らわせたんだよ。……怪しい行動を見咎めたってだけじゃ、単独犯なのかスパイなのかわかるはずないよね」

 俺は俺で、三島の妙な行動について思い出していた。

「……そういや三島、トイレから随分長いこと帰ってこなかったよな」

 獄原から呼び出される直前のことだ。それ以外の時は俺と三島はずっと一緒にいたから、密告するならあのタイミングしかない。

「ついでに言うとさ、君の『後輩』のカラスが俺の味方だったってことが判明したのに……その割には殴られた形跡のない綺麗な顔してるよね」

 状況証拠が揃いすぎている。

 尚も黙りこくる三島を挑発するように、山瀬は続ける。

「動機も想像できるよ。俺のやることに信用がなかったんだろうけれども……カラスまでこうやって捕まったのも、君が思い描いた通りなのかな?」

「――馬鹿言わないでください!」

 三島は怒気を露わにした。

「僕が脅されるだけならまだいいんです。けれどもカラスさんを騙すなんて……その優しさに浸け込んで酷い目に遭わせるなんて、そんなの許せません」

「……俺の、ために」

 つい呟くと、悲痛な目がこちらを向く。

「カラスさん、どうしてあそこで飛び出したんですか。折角二人で助かって、その人と縁が切れるチャンスだったのに」

 三島の言うことにも一理ある。実際山瀬は俺を破滅させる気満々だった。――けれども。

「この組織を抜けたいって頼んできた時に言ってたよな、三島。逆らった奴は皆の前で酷い目に遭わされて二度と姿を現さないって」

「……ええ」

「確かにこいつは一回酷い目に遭ったほうがいいんじゃねーかってのは大賛成だけれども」

「カラス?」

「事実だろちょっと黙ってろ。……けど、死なせるのはやりすぎだ」

 三島は何か言い返そうと口を開きかけて、やがて諦めたように視線を逸らした。

 山瀬が茶々をいれる。

「ま、君は俺とカラスのことを密告した手柄で、足抜けの嘆願でもなんでもすればいいよ。俺らはどうせ手遅れだし」

「そんな!」

「山瀬は山瀬で言いすぎだ」

 俺は縛られた四肢で精一杯居住まいを正して、三島に向き直った。

「三島。最後に一つだけ頼みがある」

「さ、最後って……なんですか」

 背後に回した手を、山瀬の手に触れさせる。俺の目論見を察しているなら、何かしらの方法で返事があるはずだった。山瀬は指先でそっと触れてきた。……制止する動きじゃない。深呼吸して、口を開く。

「山瀬のスマホに、この組織を一網打尽に出来る情報が入っている。それを、俺たちの代わりに送ってほしい」

「え――――だって、山瀬さんは、」

「それが事実だ」

 三島の目の中に、様々な感情が去来する。

「こんなことに巻き込んで怖い目に遭わせてしまったから、せめてものお詫びだよ。俺とカラスが助かるには間に合わないかもしれないけれども――それで奴らが壊滅して君も助かれば、それでいいかな」

 山瀬が畳み掛けるが、三島は視線をあちこちに彷徨わせている。

「そんなこと言われたって――」

「三島」

 俺は三島を真っ直ぐに見上げる。三島が観念したようにこちらを見た。

「頼む」

 その一言に全てを込めて、縛られた状態で精一杯頭を下げる。

「――――ッ、わかりました、どうすればいいですか」

「……ありがとう、三島。スマホのロックはゼロを連打すれば開くから、メールの一番新しい下書きをそのまま送るだけだよ」

 山瀬が優しい声で言う。三島は感極まったように絶句して何度もうなずき、部屋を飛び出していった。

 沈黙。そして――沈黙に耐えかねたような笑い声。

「……ナイス連携」

 愉しそうな山瀬の声に、俺はゆっくり頭を上げてため息をつく。

「マジで悪いやつだなお前」

「カラスも中々の善人だったよ」

「うっせ。……三島が引き受けてくれなきゃ、本当に死ぬだろうが」

「ふふ、そうだね」

 三島の心を揺さぶりに揺さぶって、嘘と本当を織り交ぜて混乱させて、最後は諦観と無欲さと精一杯の信頼を見せて三島の勇気の方向性を定めて。

 ――――二人揃って、とんでもない大悪党だ。

「本当にやってくれると思うか?」

「どうだろうね、けど、これ以上は何も出来ないし――あとはおしゃべりしながら、彼を信じてゆっくり待とうか」

「……そうだな」

 俺は天井を見上げて、柄にもなく神に祈った。

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