2-9 仄暗

 目を覚ます。俺は硬い床の上に頬を押し付けるようにして気絶していたらしい。

 薄暗い部屋だ。随分と高いところに換気用の窓が一つあるだけ。物は殆ど置かれていない。体を動かそうとすると、無理に動かそうとした手首に激痛が走った。細いもので後ろ手に縛られている。足首も同じく。これは……結束バンド、だろうか。手首は何かに括り付けられているようで、遠くには動かせない。

 もぞもぞと動いているうちに、手が金属でもプラスチックでもないものに触れた。全身を捩りながら振り向くと、そこには山瀬の顔があった。

「やぁカラス。互いにひどい格好だね」

 山瀬が笑う。体育座りのような格好で、やはり手は後ろに回っている。服の上着は引っがされて、やや寒そうな格好だ。

 俺と山瀬は同じ鉄柱に縛られていた。四苦八苦しながら体を起こし、山瀬のすぐ隣に座る。

「山瀬。……なんであのCDのこと、連絡しなかった」

「どれのことかな」

「お前が見逃すはずねーだろ。……獄原自慢のコレクションの超目立つところに置いてあっただろうが」

 山瀬が沈黙する。

「……君たちを囮にするためだよ。何も知らない下っ端と新入りの二人が探しものしてウロウロしてた方が目立っていいでしょ?」

「嘘だな。それなら具体的な目立ち方やいつまで潜入するかってことの指示くらい出すだろ。お前が何も考えずに俺らを送り込むはずねーだろうが」

「それなら、カラスの考えは?」

 俺らをシンプルにこの倉庫に入れた理由。それは――

「俺を獄原の一味に巻き込むためだ」

 俺と山瀬の願い通り、獄原とその一味は破滅させる。――ただし、潜入させた俺ごと。

「それ、俺にとって何のメリットがあるのかな」

「知るかよそんなこと。……俺がお前に裏切られてぶっ潰れる顔、そんなに面白そうだったのかよ」

 吐き捨てるように言う。山瀬の上げた笑い声が、伽藍堂の部屋に響いた。

「流石。短い付き合いなのに俺のことがよくわかってるね」

「いつから裏切るって決めてたんだ」

「君が三島を助けてくれって言った時だよ」

 半ば予想通りの答え。

「カラスの助けになるのはいいんだよ。その先に待ってる楽しいことが多少遠くても、道のりが修羅場でも。けどさ、見ず知らずの奴を助けるために勝手に寄り道されて戦力だけアテにされるのは――――すごくね、気に入らないよ」

 山瀬の告白に、そして初めて見せるような感情の吐露に。

「…………悪かった」

 俺が出来たのは、謝ることだけだった。

「三島に感情移入しすぎて……山瀬の気持ちも考えずに突っ走った。当初の目的だって何もかも、山瀬が協力してくれなきゃ出来ないことばっかだったのにな」

「全くだよ。俺を便利な道具扱いしてくれちゃってさ」

 山瀬は短くため息をついた。

「一個だけ聞かせろ」

「一個でいいの?」

「死ぬほどあるがとりあえず一個だ。……さっき獄原が俺に提案したこと。山瀬の差し金か」

「違うよ。獄原にはカラスの話もゴミ清掃員の話も振ってない」

「……信じるぞ」

 俺は前に向き直る。もしかしたらこれも嘘かもしれない、という思いを頭から振り払った。

「で、俺と三島を放置してお前は何してたんだ」

「カラスと同じで探しものだよ。俺が探していたのはアイツらを潰すための情報だけれどもね」

「情報?」

「色々だよ。一番手っ取り早く大金に変わる貴金属はどこに保管されてるのか、換金された後の物品はどこに行って現金はどこに保管されてから分配されるのか、連中のスケジュールは、とか。獄原の一個格下くらいのだったし、結構なことがわかったよ。少なくとも情報屋に売って、他所の誰かを介入させて、獄原の王国を一気に壊滅させられるくらいには」

「完璧じゃねーか」

「むしろ全員騙して成果なし、じゃあまりにも格好がつかないと思わない?」

「……で、その情報どこに置いてあるんだよ」

「スマホ。あとはメールで送るだけ、って状態にはしてあるんだけど」

 山瀬が言葉を切る。

「そりゃ取り上げられるだろうな」

 二人そろってため息をついた。

「代わりに送ってくれる親切な誰かさえいればよかったんだけど……カラス、マジでなんであそこで飛び出してきたのさ」

「そこに話が戻るのかよ。……しかたねーだろ、体が動いちまったんだから」

「ほんと馬鹿。大して強くもないのにさ」

「うるせーな、テメーみたいに修羅場くぐり抜け慣れてる方が異常なんだよ。……あーあ、羊山と千羽港、どっちに運ばれるんだろうな俺ら」

「どっかの工場かもよ。薬品とか高温の炉とか沢山ある感じの」

「誰がそんな具体的な話しろっつったよ」

「場を和ませようと思って」

「和むか!」

 ぎゃいぎゃい言い合っていると、外から足音がした。

 俺と山瀬はぴたりと口を閉じて、この部屋唯一の出入り口である扉の方を注視した。

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