2-8 無謀

 獄原の部屋に入った途端、俺は圧倒された。

 ドラマか映画のセットのようだった。獄原の趣味で統一された、一つの金額が一体どれほどになるのかも想像のつかない家具で固められた部屋。さながらガレージの中に再現された謁見の間。その革張りの玉座に、獄原はふんぞり返って座っていた。

 その傍らには宰相のような顔をして山瀬が控えている。俺の方をちらりとも見ない。

 俺を連れてきた二人に促されて、ローテーブルを挟んで獄原と向かい合う。

「さっきはご苦労だったな、大手柄だぜ」

「いえ……」

 あんな景色を見た後だと、どんな成果を上げた後でも今ひとつ誇らしく思えない。

「俺な、音楽関係の宝物には目がないんだよ。お前が見つけてくれなきゃ、あの雑誌も普通に捨てられてたのかと思うとぞっとするぜ」

 獄原の視線の先を辿る。ラックの上に、まるで賞状でも飾るかのように雑誌が飾られていて――その横に立てかけられているCDに、目が釘付けになった。尾花に見せられた写真とジャケットが同じ。

 思わず山瀬の方を振り向きそうになった衝動を、深呼吸で抑える。

「お前もああいうのが好きなのか?」

「いえ……その、ちょっと気になっただけです」

「ははは、まあいいさ。実はお前に話があってだな」

「話……ですか」

「お前、随分手慣れた様子でゴミ漁ってたらしいじゃねーか。もしかするとお前、ゴミ関係の仕事してた経験があるんじゃねーか?」

 ……単純な洞察の結果だろうか。それともまさか山瀬が喋ったのだろうか。今は確かめようもないことだ、不承不承頷く。

「まあ、はい」

「そうかそうか、よしよし」

 何がよしなのか。その答えは案外早く獄原の口から出た。

「一つ考えてることがあってな、テメーの力を借りたいんだ。お前の名前……カラスつったっけ」

「……はい」

「俺はお前を情報屋として働かせたい」

「情報屋?」

 またドラマじみた単語が出てきた。

「そう。それぞれの家から出るゴミってのは情報の宝庫だ。で、ゴミ収集ってのは、口実さえあればゴミの中を見てもいいんだろ? お前は普通にゴミ収集の仕事をしながら、俺ら家族の利益に繋がりそうな情報を手に入れて報告する。何も手に入らなくても報酬はやるし、いい情報を持ってくれば給料なんか目じゃない金をやる。悪い話じゃないだろう?」

「――お断りします」

 考えるより先に口が動いていた。断った先に何があろうとこの提案を呑むことは絶対に出来ないし――もしも山瀬の差し金なら絶対に許さない。

「……何が不満だ? 仕事内容か?」

「プライドの問題です」

「わからんな。何のリスクもなく金が出るって言ってるんだぞ?」

「このチームの一員になったからには獄原さんに従って能力に応じた報酬を貰う。ごみ収集員として働くからにはルールに従って仕事をして賃金を貰う。俺にとって、どちらも同じことなんです」

「矛盾することは出来ないってか」

「はい」

 ……これで、獄原に気に入られる目は完全になくなった。

 あとは拳でもちゃぶ台返しでも恫喝でもなんでも受けるしかない。身構えていると、獄原が破顔した。

「はは、はっはっは! そうかそうか、気に入ったぜお前! 自信なさそうに見えてなかなか肝が座ってるじゃねーか!」

「……え」

 予想外の展開に目を瞬かせる。

「いいぜ、お前みたいな芯が一本通ってるやつは大好きだ。そんで――」

 パシッ。

「――こいつみたいに捻じくれた奴は大嫌いだ」

 ダンボールの表面を払うような軽い音と共に、山瀬が膝から崩れ落ちた。

「え……」

 何が起こったのかわからず、呆然と山瀬の方を見る。山瀬の背後に近づいていた男の手には、小さな黒い塊が握られていた。ドラマでしか見たことがないような小道具。……スタンガン。

 わずかに痙攣するだけで動けない山瀬の背に嘲笑が投げかけられる。

「お前がド有能って評価もお前を迎え入れたいってのも本当だったけどよ。……流石に他の奴の手下をやめてない奴を家族と呼ぶわけにはいかねーな」

 ――バレていた!?

 しかし、獄原は俺に笑いかけた。

「ああ悪い悪い、びっくりしたよな。お前への仕事は別に考えとくから、もう下がっていいぞ」

 混乱していると、獄原の手下が山瀬をつつき、完全に気絶していることを確認して引きずり起こす。

「……連れて行け。ああ、そうそう。山瀬の野郎はどこかにナイフを隠してる筈だ。ポケットを探るのを忘れるなよ」

 がっくりとうなだれた山瀬が、両腕を取られて荷物のように運ばれていく。

 当然の結末だ。自分一人はスムーズに赤信号を渡っていける気になって、俺も獄原も三島も全部欺こうとしてこの末路だ。

 誰も山瀬を憐れまない。室内の奴らは、にやけヅラを顔面に貼り付けているか、無関心に無表情に後片付けをするかのどちらかだ。

 酷い奴だ。……ああ、酷い奴だ。最初の出会いだって最悪だった。再会しても性根は全く変わっていなくって。楽しいことのついでに俺を助けたかと思ったら、楽しいことのついでに俺を裏切って。

 ……ああ、最悪だ。だって――

 ――

「!!!!!!!」

 誰も彼も置き去りにして、俺は走った。

 武器になるようなものは何も持っていなかった。肩から体当たりを仕掛けて、山瀬の右腕をとっていたメッシュ野郎を吹っ飛ばす。

「離せ! そいつを離せ!」

 ノーマークだった俺が突然暴れ始めたことに唖然とした周りの連中が、遅れて食らいついてくる。

 暴れて、暴れて暴れて、殴られてもつかまれても怯まずに暴れて、そして――

 パシッ。

 ダンボールの表面を払うような軽い衝撃音に、俺の意識は刈り取られた。

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