2-7 沈鬱

 あの騒ぎの後、俺と三島は逃げるように休憩室へとやってきていた。

 結果的にそうなったとはいえ、俺が『見つけてしまった』もののせいで殴られた奴が出たようなものだ。あれ以上あの場で能天気に探し物を続行するのは――正直、無謀だった。

 休憩室には他にも少しは人がいたが、全体的に閑散としている。「このスペースがあれば十分」という三島の言葉は、あながち間違っていなかったようだった。

 自販機で一番安い緑茶を選び、三島の正面に座る。

「いつもあんななのか、獄原って」

「いつもあんなですよ。獄原さんが見つければ直々に。獄原さんがいなくてもその辺りの奴らが。そうやって統率取ってるんですよ、ここ」

 疲れ切ったように三島はレモンスカッシュの缶を開けた。

「抜ける、なんて言ったらもう大変ですよ。先輩たちが頼まれてもないのにそいつをリンチして引き戻すんです。……ああ、カラスさんは大丈夫だと思いますよ。そもそも俺、カラスさんの本名も知りませんし。なんかあったらすぐに逃げてください」

「そんなの出来るわけねーだろ。俺も三島も抜けるときは一緒だ」

「カラスさんは優しいんですね。けど……そもそも、山瀬さんは俺の頼みを聞いてくれる気あるんでしょうか」

 俺は即答出来なかった。行きずりの三島の頼みを聞く気は最初から薄そうだったし、それに――俺の頼みだって、山瀬の中ではどこまで重要度が下がっていることやら。

 黙りこくった俺を見て、三島が少しだけ笑った。

「嘘や気休めは言わないんですね」

「今回楽観には裏切られ続けてるからな。……悪い、せめて俺がもう少し頼れる奴ならよかったんだが」

「不思議に思っていたんですけれども、カラスさんと山瀬さんってどうして一緒にいるんですか? その……タイプとか、全然違うじゃないですか」

「なんつーか……成り行きだな。数年前に一度会って、思わぬところで再会して、うっかり助けられて――それでつるんでる」

「お二人でトラブルシューターをやっているとか……?」

「そう言うとドラマみたいで面白いけど、看板掲げた覚えはねーな。俺も山瀬も別に仕事持ってるし。……いつもは俺、ごみ収集車に乗ってるんだよ」

「ゴミ収集? ……そういえば凄い手際でしたね」

「まああれくらいは。けど、殴られた連中には悪いことしたな」

「そんなのカラスさんが気に病むことじゃないですよ」

「……そう言われてはいそうですかと割り切れたら楽なんだけどな」

「……気を悪くされるかもしれないんですけれども。カラスさん、山瀬さんに騙されてませんか」

「騙す?」

「確かに目当ての物を探すには潜入しかなかったかもしれないですけど……幾らなんでも作戦がざっくりすぎますよ。もうちょっと確証を持って、もうちょっと手早く終わらせて帰るべきものなんじゃないですか」

「……かもな。俺が勝手に動いたところでまだ成果はねーし、あの様子じゃ探しにも戻れねーし」

 正直今日中に俺がどうにか出来るとは思えない。そして、山瀬からの連絡は一個もない。

「山瀬がマジで無策ってのはありえない。だから、俺は体よく陽動に使われたか……三島の言う通り騙されてる最中なのか、どっちかだろうな」

「どうしてそんなに落ち着いてられるんですか、あんな酷いものも見たのに、」

「山瀬を巻き込んだの、俺なんだよ」

「えっ」

「元々俺一人じゃ無理だと思って、諦めきれなくて山瀬に頼った。……その挙げ句裏切られて酷い目に遭うとしたら、自業自得だ」

「そんな……」

「まあ、黙ってやられるつもりはないから気をつけるし、その……結果がどうあれ、三島を置いて逃げるような真似はしねーから。悪い、もっと前向きなこと言えりゃよかったんだけど」

 三島は俯いてしまった。沈黙が落ちる。

「……すみません俺、トイレに行ってきます」

「わかった、ここで待ってる」

 スマホを片手に出ていった三島を見送り、所在なく一人で茶を傾ける。

 五分。

 一〇分。

 ……遅い。

 中々帰ってこない三島に焦れていると、休憩室に二人組が入ってきた。誰かを探しているらしくキョロキョロとあたりを見回している。俺と目が合った途端、大きい方が嬉しそうにこちらに近寄ってきた。

「よぉ、アンタだろ? ゴミの山からとんでもないお宝発掘したっていう大型新人!」

「は、はぁ……確かに俺のことだと思いますけど……」

「獄原さんが呼んでたぜ。一緒に来いよ」

「えっ、と……今三島――を待ってて、」

「三島には俺らから伝えておくから大丈夫だって」

 少し迷う。三島から離れて別の連中についていくのはかなり勇気がいるが……ついていかないのも、それはそれで怖いことになりそうだ。

 意を決して、目の前の男と視線を合わせる。

「それなら……行きます」

「そんな緊張すんなよー、獄原さん超上機嫌だったしさ!」

 ……それはそれで怖い。

 両脇を囲まれて、間違っても逃げ出せない隊列になったことに内心慄きながら、俺は獄原の部屋へと向かった。

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