2-4 尋問

 山瀬(と俺)に拉致された男の名前は三島渡といった。財布に入っていた免許証によると二十三才。住所も割れている。

 休日昼、親子連れで賑わうファーストフード店の一角に、俺と山瀬は連行してきた三島を座らせていた。周りの客は剣呑な雰囲気を察してか早々に退散してしまい、近くには誰もいない。

 山瀬がテーブルに肘をついて、にっこりと三島に笑いかける。

「さて、あの倉庫と今の獄原とその一味のこと、洗いざらい吐いてもらおうか」

 三島は卓上のトレーにじっと視線を落として黙り込んでいる。膝の上で拳を握りしめているが、隣に座っている俺からよく見えた。

「ああ、そんなに警戒しなくていいよ。俺達、別に警察とかそういうのじゃないからさ」

「そういう問題か?」

 三島は明らかに怯えている。俺が同じ立場でも怖い。

 確かにこいつも憎き窃盗団の一員ではあるのだけれども……だからといって、好きにやっつけてもいいという道理はどこにもない。妙にやる気を出している山瀬が変なことを始めそうになったら――止めるのは、山瀬をつきあわせた俺の責任だ。

「……なんなんですか、アンタ等は」

 三島が絞り出すようにして声を出した。

「ああ、それくらいは話しておこうか。俺たちはとある人の依頼で動いているんだ。盗まれたものを取り返して欲しいってね」

「とある人? それは――」

「これ以上は言わないよ。……けれども警備が思ったよりもしっかりしてるから、こっそり忍び込んで取り返すというわけにもいかなくてね。だから、君に協力してほしいんだ」

 ふんわりとした言い方で、三島の脳裏の『とある人』像は一体どれほどの大人物に膨らんだのだろうか。膝の上の手は落ち着きなく動いている。俺たちが齎す脅威と自分の保身を天秤にかけて、一生懸命思考をめぐらしている。

「……本当に、一つ取り戻せばそれでおしまいなんですか」

「依頼された以外のものに手を付ける気はないよ」

 シェイクを吸い込みながら、俺は山瀬の悪辣さに心中でげんなりしていた。山瀬が受けた依頼は尾花のものではなく俺のものだし、俺の――心底やめておけばよかったと後悔している山瀬への依頼は、『組織まるごと叩き潰す』だ。

 ……こいつは、誤解を与えたまま三島を操作するつもりでいる。

「けど、俺のやったことが獄原さんの不利益になったら――」

「そんなことを考える余裕が君にあるのかな。それにさ」

 山瀬の口角が釣り上がる。

「貝のように口を閉ざして痛めつけられても吐かなかったとして、健気な君の献身は一体誰が見ていてくれるんだろうね」

「それは……」

「仲間? 中心メンバーの誰か? 誰もここにはいないのに? ……そうやって縁の下で組織を支える君の行動、報われたことある?」

「なっ――なんで、そんなこと」

「わかるんだよ、獄原のことはね」

 明らかに狼狽えた三島に、山瀬が畳み掛ける。

「俺が知ってる獄原は、自分と対等な親友は大事にするけれども、手下のことは金を集めてくる奴隷としか思っていない奴だよ。勿論、言葉の上では聞こえのいいことばかり言って期待させるわけだけど――心当たり、あるんじゃない?」

 しばらくの沈黙の後に、三島が口を開く。

「アンタ、獄原さんの何なんですか」

「仲間だったことはないけど、協力関係だったことならあるよ。昔の話だけどね。今の獄原も相変わらず?」

「……大体言う通りです。普通にバイトするより割は良いですけど、殆どの利益は獄原さんたちが豪遊するのに使われてますよ」

「中心メンバーは? 大体十人くらい?」

「そんなものです。……まあ、殆どは外で何かやってますから、倉庫に専用の部屋まで持ってるのは獄原さんだけなんですけど」

「なるほどね。……倉庫の見取り図、描いてもらっても良い?」

「見取り図っていっても……大して特別な作りにはなってないですよ」

 山瀬が紙ナプキンをテーブルの上に広げて、ボールペンを三島に手渡す。三島は長方形を大きく描いて、その中を細かく仕切り始めた。俺は三島の隣から図を覗き込む。

「搬入されたものは一旦全部このメインの保管室に行きます。出入り口の手前半分にある作業場で仕分けられた後、売られるまで奥半分にある棚で保管されます。……何か探してるなら、ほぼ確実にこの場所にあるかと」

「こっちの部屋は?」

「休憩スペースです。倉庫の中では飲み食いするなって上が煩いんで」

「こんなサイズで足りる?」

「整理にあたってる奴の人数なんて大したことないですよ。大体の奴は荷物下ろしたらそのまま車でどこかに行くんで」

「正直これだけ規模が大きいと盗みとかも横行しそうだけど……そのあたりはどう?」

 三島は少し笑った。

「盗んだところで捌くルートがなきゃどうにもならないですよ。だからみんなルートを握ってる中心メンバーに従って、チームの成績を必死になって上げようとするんです。それすらわからない馬鹿は……いなくなりましたよ」

「成程、獄原らしいや」

 山瀬は納得して頷く。……いなくなった、という言葉の中にヤバい意味が詰め込まれているのだけは俺にもわかった。

「ちなみに獄原の部屋はどれかな?」

「この奥の『小部屋』ですよ。……僕は入ったことないけど、やたらとデカいソファーや敷物があるって話です」

「成金趣味だなぁ。これだから俺とは合わないんだよ。……まあいいや、色々教えてくれてありがとう。おかげで道筋が見えてきたよ」

 山瀬が邪悪に笑う。

 三島が大きく唾を飲み込み、意を決したように身を乗り出した。

「……アンタ、ただの小悪党じゃないんでしょう」

「うん?」

「普通なら見ただけで諦めそうな倉庫の攻略方法を見つけてしまいそうだし、獄原さんとも知り合いで、……本当は使いっぱしりなんてもったいないくらいの実力者なんじゃないですか」

「妙に俺を持ち上げて、何を望んでいるのかな」

「お願いします。僕を……僕も、解放してください」

「……そう来たか」

 山瀬の手がナゲットをつまみ上げる。

「抜けるくらい自由じゃないの?」

「獄原さんがそんなこと許すわけがない。警察にチクった奴も他のチームの助けを呼ぼうとしたやつも、みんなの前で酷い目に遭わされてどこかに運ばれて……その後そいつらを見たやつ、いないんです。誰も」

「ただ距離を置いて自然消滅を狙っても怖い目に遭うわけ?」

「そんなことしたら先輩が黙っちゃいません。住所も何もかも割れてるんです、制裁された上で引き戻されるしかないです」

「それはまた……ふふ、獄原らしいね。教育が徹底してる」

「笑い事みたいに言わないでください……!」

「笑い事だよ。自業自得も甚だしい」

 穏やかな表情と声で、三島の必死の訴えをぴしゃりと却下する。

「そんなに言うならさ、最初からこんなグレーな商売に近づかなければよかったんだよ」

「ずっと目をかけてくれていた先輩から誘われて断れなかったんですよ、獄原さんがあんな奴だとわかった時にはもう手遅れで……!」

 悲痛な叫びに俺の胸が刺されたように痛んだ。

 ――こいつは。三島は、もしかしたらこうなっていたかも知れない、俺の姿そのものだった。もしも初仕事が上手くいっていたらそうなっていたかもしれない、あり得た俺の末路だった。

「だからその……他に情報や金が必要ならいくらでも渡します、だから」

「断るよ。気乗りしないにも程があるしね」

「頼む! アンタしか頼れる奴はいないんです!」

「だからさ、」

「――俺からも頼む」

 自然と、口がそう動いていた。三島が弾かれたようにこちらを見る。

 面倒くさそうにしていた山瀬も、わずかに目を見開いた。

「……どういうつもりかな」

「言葉通りだ。……目的の邪魔にもなるってわけでもないし、どうにかならないか」

 山瀬がため息をつく。

「さっきまで散々びびってたのにさ、流され過ぎだよ。俺とカラスに二つ以上面倒事を抱える余裕があるって、本気で思ってる?」

「ないだろうな、山瀬の言う通りだし、完全に俺の我儘だ。けれども……例え最初の目的が果たされても、こいつのことを放っておいたらこの先ずっと『あいつを見捨てた』っていうモヤモヤを抱えたままになる。……それが、すごく嫌なんだ」

 山瀬は押し黙って、何も言わなくなった。

 不安になる程の沈黙を置いて、その視線がつと上げられる。

 ――熱の失せた目。

 例えるならそう――偽物とすり替わっているのに気づかれず讃えられ続けている美術品を見るような、そういう目だった。

「……わかったよ」

 慄然とする俺の心情を他所に、山瀬はいつもの笑みを浮かべる。

 ――気のせい、だろうか。

「それじゃあ作戦を説明しようか」

 山瀬が机の上に肘をつく。

「余所者が入り込むのはほぼ不可能。けれども、新入りとして潜入するなら話は別だよ。……三島」

「はいっ!?」

「君、カラスを自分の知り合いだって偽って仲間に入れることはできるかな」

「それは……多分出来ますけど」

「それならよかった。二人には倉庫に潜入して目当てのものを探してもらう」

 危険じゃないのか、と言いかけて言葉を飲み込む。……危険に決まってる。それでもと頼んだのは他ならぬ俺だ。

「お前はどうするんだよ」

「俺はちょっと別行動させてもらうよ。まあ、LIME貰ったらすぐに合流出来るくらいには近い所にいるつもりだから」

「……わかった」

「まあでも、もし見かけても声はかけないで放っておいて欲しいな。そういうわけで、三島。カラスのエスコートは頼んだよ」

 山瀬は三島ににっこりと笑いかける。三島は勢いよくうなずいた。

「それじゃああとはよろしく。……ああ、財布とスマホはもう返していいからね」

 それだけ言い残してひらりと手を振ると、山瀬は自分のコーヒーをゴミ箱に放り込んで階段を下っていってしまった。

 山瀬が出ていって、俺と三島の間にはしばらく沈黙が落ちる。やがて三島が落ち着かなげに口を開いた。

「えっと、カラスさん、でいいんですよね」

「ああ」

 本当は烏山だが、そんなことを言っても話がややこしくなるだけだ。

「その、どうして俺を助けようとしてくれたんですか?」

「あー……」

 正直に言うのはちょっと抵抗のある黒歴史だが、上手く誤魔化したり嘘をついたりすることも出来そうにない。

「……昔の俺に、ちょっと似てたんだよ」

「カラスさんに?」

「さんはいらねーよ、潜入してから怪しまれるだろ。……俺も悪い先輩の誘いを断りきれなくて、悪事に手を染めかけたことがあるんだよ」

「そうだったんですか……。あの、もう一個聞きたいんですけど」

「ん?」

「山瀬さんって……実はいい人だったりするんですか?」

「お前それ本気で言ってるのか?」

 思わず食い気味に否定してしまった。

「う……でも、本気で悪い奴なら誰かのために危ない橋を渡ったりしないじゃないですか」

「どうだろうな。……アイツの考えてること、よくわからねーから」

 楽しいことのため。それが山瀬を動かす原動力だと、本人は語っていた。

 俺のやりたいことと、山瀬にとって楽しいことは――果たして今も同じ方向をむいているんだろうか。

「まあ、結局目の前のことを一生懸命やるしかないわけだしさ。……潜入、よろしくな三島」

「頑張ります!」

 心に燻る不安に一旦蓋をして、俺と三島は具体的な潜入の話を始めた。

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