2-5 悪徳
「獄原さん、失礼します!」
巨大な革張りのソファーの上に寝転がっていた獄原は、スマホを置いて突然入ってきた部下を見た。
「おう、どうした。なにかトラブルでもあったか」
「いや、トラブルではねーですけど! 獄原さんに会いたいって奴が来たんす!」
「名前は?」
「やま……ナントカっていう、金髪の長髪の黒い派手な奴っす!」
「あーわかった、完璧にわかった。入れていいぞ、そんでもって連れてこい」
「はいっ!」
慌ただしく出ていく部下の後ろ姿を見送り、獄原はソファーにどっかりと座り直す。程なくして、部下が客人を連れて戻ってきた。入ってきた客人の顔を見て、獄原は子供のように破顔して鷹揚に手を上げた。
「よう、山瀬。随分と久しぶりに
客人――山瀬は、肩をすくめる。
「そうだね、久しぶり。変わりないようで安心したよ」
殺風景な倉庫をゴテゴテと飾るように置かれたラグやローテーブル、巨大なスピーカー。金属ラックの上には、獄原の昔からの趣味である音楽関係のものがずらりと置かれている。
「そういうお前はなんだよ、あの……名前なんつったか、結構な規模のチーム抜けた後とんと噂を聞かねーしよ。髪だって昔は縛っちゃなかっただろうが」
「色々あってね、チームの方も髪の方も」
「ふーん? ま、お前が秘密主義なのは昔っからだけれどもよ」
「嫌だなあ、別にミステリアスで売ってるわけじゃないんだけど」
「はっはっは、まあ座れよ。何か飲み物くらい出すからさ」
山瀬が勧められたスツールに腰掛けると、間もなく獄原の手下が瓶入りのコーラを運んできた。表面はうっすら白く、直前まで冷やされていたことが伺える。獄原はラッパ飲みで一息に半分を飲み干した。
「お前は? コーラ嫌いだったっけ?」
「王冠がついたままならよかったんだけどね。気持ちだけ頂いておくよ」
「警戒しすぎだろ。まあそれでこそお前って感じはするけどよ。……おい、あとはいいぞ。ちょっと二人にしてくれや」
「え、そうっすか? わかりました、なんかあったら呼んでください!」
獄原の部下は、武道場から去る時のような礼をして部屋を辞した。
「元気な奴だね」
「だろ? 馬鹿だが馬鹿素直で可愛い弟分だ。……で? 今は誰とつるんでるんだお前?」
「んー、最近チームとの繋がりは全然かな。最近は雇われ仕事ばっかりでね」
「なるほど、そいつはいいな」
「というと?」
獄原が少しだけ体を起こし、半歩ほど身を乗り出す。
「俺の家族はな、どいつも熱心に働いてくれてる。コツコツやるのが得意なやつも、一山当てるためなら何でも出来る奴もな。……が、やっぱり効率が悪い。あいつら、上に任された目の前の仕事に関しちゃ一生懸命にやってくれるけどよ、新しいシノギを見つけてくることに関しちゃ何から何まで俺任せだ。俺についてくれば安心、間違いないってな。誰も彼もが俺を信じて讃えて付いてくるってのは気分がいいが、ココを使って俺に貢献する奴が殆どいやがらねえ」
頭を指の腹でトントンと叩く獄原を、山瀬は呆れた目で見返す。
「それ、異を唱えた奴は鉄拳制裁、みたいな時代錯誤なことやったからでしょどうせ」
「それに関しちゃちょっと最初のやり方がまずかったと思ってるぜ。ぐちゃぐちゃ批判ばっかの奴をシメてたら、マトモそうな奴が軒並み黙っちまった。……ま、悪いことばっかりじゃねーぜ? 統率は取れてるし、誰かはみ出したらアイツらが内々に注意してくれるしよ」
「あっそう」
「けれどもまあ、現状維持ならまだしも、この先さらにデカいことをやるには限界がある。で、俺は思ったわけだ。家族の中に策士がいないなら、他所から引っ張ってくればいいんじゃねーかとな」
山瀬はため息を隠そうともしない。
「あんまり気乗りしない提案だね。正直俺にとっては体育会系すぎて居心地があんまりよくないし……前の雇われ仕事も微妙に終わってないんだよねえ」
「当然報酬は弾むさ。自分が何をやらされているかもわかっていないような末端も末端の連中だって、他所で同じことをやってる連中の二倍は懐に入ってるんだ。お前ならそうだな……月々一〇〇は出すぜ?」
「一〇〇? それは……随分気前がいいね」
「前の仕事とやらを踏み倒しても余裕でお釣りの出る額だろ? 成果を出せばその都度増やしてやるよ」
「……泡銭で豪遊するのは趣味じゃないんだけどなあ」
「金以外のメリットだって沢山あるぜ? 部下も金も設備も使い放題だ。想像してみろよ、人手と金さえあれば手に入れられる物、実現させられること、お前にだって色々とあるだろう?」
「まあ、あるにはあるけれど」
目を伏せて、炭酸が抜けるばかりのコーラの瓶を眺めながら山瀬は思索に耽る。
「お前も家族に加わってくれるならもう怖いものはねーよ。お前の頭脳とこの家族が合わされば、千羽の他の奴らをまとめて叩き潰せるくらいデカい力になる。
お前の楽しい思いつきは何でも俺らが実現させてやる。だから――テメーの能力を、俺たちに貸せ」
山瀬は沈黙したまま――ただ、その口角を、悪どく冷たい笑みの形に吊り上げた。
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