2-2 懇願
山瀬、俺、尾花の順にコタツを囲んで座る。言わずもがな俺の部屋だ。コタツの上にはみかんが置いてあって、山瀬は当然のように一つ手元に引き寄せた。
尾花が居心地悪そうに身じろぎする。
「……その紅茶お前らの分しかねーの? つーかなんでお前までいるんだよ」
「元々俺とカラスが約束してたところに割り込んできたのは君だよ」
そんな当たり前のことをどうして聞いたんだか、と言わんばかりの態度で山瀬はマグカップを傾ける。無駄なところで性格が悪い。
流石にそのままにしておくのも何なので、尾花の前に水道水を注いだコップを置く。置いた瞬間尾花のこめかみがぴくりと震えたような気もするが、気にしないことにした。
「そういうわけだから、山瀬のことは気にせず続けてくれ。それとも聞かれちゃ困る話か?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
苦々しい表情だったが、尾花は不承不承折り合いをつけたようだった。
「山瀬も何か気がつくことがあったら言ってくれ。……こいつ頭だけはいいから、何か新しい視点で意見が出るかもしれない」
「そう褒められると照れるね」
「頭のキレ以外のどっかを貶したんだよ、気づけ」
鼻を鳴らし、尾花に向き直る。
「先に言うと、俺はゴミの取り返し方なんて知らない。誰かが捨てたものを取り戻せたって話もまだ聞いたことがない」
「そんな!? お前ならって思ったのに!?」
「期待のしすぎだ。ついでに言うと捨てられたものは市の管轄になるっていうルールがあるから、取り返していいのかも微妙なとこだが……話だけは聞く。捨てたものといつ捨てたのかを教えろ」
「お、おう……。捨てたのはCDだよ」
「CD?」
バンドマンらしい品物だが、今日日円盤とは珍しいような。
「買い直せば?」
山瀬が安直で投げやりな提案をした瞬間、尾花が山瀬に噛み付いた。
「あんなんが買えるか! 『SAMIDARE』のボーカルが高校ん時に手売りしてた一番最初のCDなんだよ!」
SAMIDARE。今やテレビやラジオで聞かない週の方が珍しい、言わずと知れた超人気バンドだ。
「……そういえば千羽出身だったっけか」
「おう。しかも俺と同高」
「マジか。……そんな貴重で大事なもの、なんで捨てたんだよ」
「それは……その、昨日部屋で酔いつぶれて、気がついたら置いてた棚の上に何もなくなってて……」
大きくため息をつく。山瀬に至っては完全に興味を無くしてみかんを食べている。
「何でゴミに出したって断定できんだよ」
「うう……その、笑うなよ? 俺、酔って悲しくなると関係するもの全部捨ててリセットしようとする癖があって……前は『収集不可』ってシール貼って置き去りにされてたからすぐに取り戻せたけど、今回は見事に持ってかれてて……部屋もいくら探しても出てこねーし……」
山瀬はクソデカいため息をつく。俺も概ね同じ気持ちだった。山瀬はみかんの房の白いところをひっぱりながら投げやりに言った。
「諦めたら?」
「諦められたら最初から相談になんて来てねーんだよ!」
尾花の声は悲痛だった。山瀬はうるさそうに顔をしかめる。
「確かにアイツはスゲー奴だよ、今の俺じゃ逆立ちしても敵わねえよ。実力も知名度もあんまりにも開きすぎててマジで嫌になることなんてしょっちゅうだ! ――けどな、けどな、アイツ、マジでかわいい後輩なんだよ! CDだって出来上がってすぐに俺にくれたし、才能マンだってのに、奥底に熱を閉じ込めてるのに、謙虚すぎるくらいな奴でさ! ……成功するのが当然だって奴だったのに、遊びじゃなく本気でプロ目指してる仲間だってんでずっと親身にしてくれてたんだ!」
言葉に熱を込めすぎて尾花は涙目になっている。
「そんな奴がくれた宝物なんだ……方法がマジでねぇからって、まだどこかにあるかもしれないものを諦めるなんて出来ねえよ……」
大粒の涙が、俺の出したコップの上にぽたりと落ちる。袖口で乱暴に涙を拭う尾花に、山瀬がティッシュを箱ごと差し出した。鼻をかむ音が盛大に響く。
「……捨てたのは今朝か? それは間違いないんだな」
尾花が鼻をすすり、こくりとうなずく。
「わかった。……ダメ元で聞いてやるよ。この家から回収した奴がそろそろ事務所に戻る頃だ」
「マジか!」
「尾花、ダメ元の意味わかってる?」
いつも勤怠連絡に使っている番号を呼び出す。四コール目で相手が出た。
『おう、カラスか! どうした、今日休みだろ!』
出たのは木村さんだった。スマホを若干耳元から離す。
「あの、私用で申し訳ないんですけど、今日千北三丁目の回収した奴っていますか?」
『千北三丁目? ……何でそんなこと聞くんだ?』
「いや、俺そこに住んでて、変なもの回収しなかったか聞きたかったんですけど……逆に何かあったんですか?」
『あ? 何かって……知らねーのか。無くなったんだよ』
「無くなった?」
『おう。そのエリア、回収する筈のゴミが一個も残ってなかったんだよ』
スマホを握る手に力が篭もった。
「…………またアレですか」
『十中八九アレだな。まー仕方ない、現行犯ならまだしも、俺らがわざわざ見回って取り締まるなんてそんな七面倒なことも出来ねーしな』
「そうはいいますけど、」
『別にあいつらがいるからって俺らがおまんまの食い上げになるわけでもねーしよ。カラスもあんまりカッカしないで、貴重な休みはちゃんと休めよ?』
「……ありがとうございます。じゃあ、また来週に」
『おう、またな』
電話を切る。
「どうだった?!」
深呼吸して、出来る限り落ち着いた声のトーンで答える。
「……盗まれたとさ」
「盗まれた!? そんな、捨てた中からわざわざ探して!? なんでそんなことが……」
「お前だけじゃなくてこの辺一帯の資源ごみ、そっくり持っていかれたらしい」
「資源ごみって……ゴミだろ!?」
「資源になるゴミだ。子供会とか、町内会とかで回収やってるとこあるだろ。あれな、買い取ってもらう先があって利益になるからやってんだよ」
「マジでか!? ……そんな儲かるなら俺が自分で持っていった方が早いじゃねーか」
「指定業者になれるものならなってみろ」
尾花の浅い考えをばっさりと切り、山瀬に向き直る。
「山瀬、」
「嫌だよ」
食い気味に断られる。
「まだ何も言ってねーんだけど」
「資源ごみを盗んで転売する馬鹿の仕切り場を見つけるのを手伝え、っていうんでしょ。……別に、お礼はするつもりだったし軽い頼み事くらいなら聞くつもりだったけどさあ、カラスの願いは自分用につかってほしいんだけど。尾花なんかのためじゃなくて」
「なんで俺にそんなにあたりが強いんだよ!?」
尾花が吠えるのを無視する。
「いや、ちゃんと俺のためだ」
「というと?」
「……この仕事始めてから一番ムカつく相手が何かわかるか。資源ごみを持ち去って利益を上げる奴だ」
「明らかに指定時間を過ぎてからゴミ出したのに『ごみ収集員が回収してない!』ってゴネるばあさんじゃなく?」
「それもムカつくがジャンルが違う。……人が真面目に働いて許可貰って、設備整えて予算貰って真っ当にやってる仕事を勝手に横取りするような奴らだぞ。見逃せるはずがねーだろうが」
「カラスの正義感に抵触するのはなんかわかる気がするけどさ……そこまで怒ること? 直接迷惑かけられたわけじゃないのに? それこそ、そういうのは警察に任せておけばいいでしょ」
「俺がムカついてんのはまさにそれだ」
みかんを四つに割った内の一つを一気に頬張る。
「『自分は関係ない』。『自分は困らない』。そうやって当のゴミ清掃員すら諦めるから、盗んだもので利益を出そうとする連中がデカい顔しつづけてるんだ。……全く、人のもので利益を生もうとするんじゃねーよクソが」
「なるほど、構造的な問題だね」
「……あと、確かに警察は仕事するが、そいつらが現行犯で捕まった時の刑罰は罰金二千円だ」
「たったの?」
「たったの、だ。それで車使って根こそぎ持っていって無いはずの利益を生んでるバカどもがやめるとおもうか?」
「……まあやめないだろうね」
「だろ? こうして縁が生まれてしまったからにはタダじゃおかねえ。この地域を根こそぎにするような連中だ、間違いなく他にもなんかやってんだろ。特定して悪の業者を潰す絶好の機会だ」
ここまで黙って聞いていた尾花が、おずおずと手を上げる。
「……あの、俺のCDは?」
「いけそうなら取り返す」
「ついで扱い!」
悲痛に吠える尾花を横目に、山瀬がため息をつく。
「わかったよ、そうまで言うなら協力してあげてもいいけどさ。……ちょっと対価が足りないかな」
「何の手伝いをすればいい」
「カラスはちょっと落ち着こうか」
山瀬が尾花に向き直る。
「尾花、駅前のトントン点心の極上黒豚焼売。それぞれ俺とカラスに一つずつ買ってきて」
「は!?」
急に交渉のテーブルにつかされた尾花が素っ頓狂な声を上げる。
「そもそも君さ、頼み事をタダで引き受けてもらおうっていうのが厚かましいんだよ」
「トントン点心って……あれだろ? クッソ高い上に朝四時から長蛇の列って話のアレだろ……!?」
「アレだよ。……かけがえのない宝物を無理言って人に頼んで取り返してもらおうっていうのに、まさか何も出せないとは言わないよね?」
尾花の目が迷うように俺に向けられる。俺に頼んで、資源ごみの分別工場から目当てのものを探し当てればそれで終わった話の筈なのにとんでもないことになった、と言わんばかりの眼差しだ。
「まあ俺も、山瀬の手を借りないとこれ以上のことは出来ねーし」
「そんな!」
「俺の方もカラスが首突っ込まないなら手を引くよ」
二人で交互に畳み掛ける。しばらく悩んだ末、尾花は唇を噛んで絞り出すように言った。
「……クソッ、わかったよ。それで頼む」
「交渉成立だね」
「……まあその、出来るだけ良い成果を持ち帰れるように頑張るから」
「無事に取り返せたら成功報酬で特上海鮮まんも追加ね」
「山瀬!」
明らかに尾花の顔が引きつったのを見て、山瀬を静止する。山瀬は肩をすくめた。
「冗談だよ。さて、急がなきゃいけないんだったね。さっそく調べてみようか」
山瀬はスマホを取り出して、どこかに連絡を取り始めた。
……さっそく平穏に暮らすための鉄則を破ってしまった。
まあそんなに大事にはならないだろう。さっと行って、グレーな連中の罪を白日の元に晒して、さっくり帰ってこよう。
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