2章 悪徳の栄えにカラスは怒る
2-1 休日
綺麗に晴れ渡った空。絶好の洗濯日和で外出日和。ただでさえ寒くて天気の悪い日が続いた後だ、普段はあまり好き好んで遠出しようとしない俺でも、少し散歩にでも出かけようかとような良い日和。
そんな日に俺は――――廃品回収の日でもなんでもないのに、そもそもオフなのに、中古のクソ重たい洗濯機を運搬していた。
アパートの外階段を後ろ向きにゆっくり登りながら、慎重に運んでいく。階段の下の方で洗濯機を支える山瀬に万が一のことがあってはいけない。
せいぜい二〇段程度の階段を登りきり、一旦休憩。山瀬と目が合うが、無視。再び持ち上げて、廊下の洗濯パンの上まで運んでいく。
「下ろすよー、せーの!」
山瀬の掛け声に従って、ゆっくりと着地させる。手から重さが離れ、くすんだ廊下には不釣り合いな白い洗濯機が鎮座する。前後上下に十分なスペースを確保。曲がっていたり傾いていたりもしない。
「よし、出来た」
満足げに頷く山瀬をじとりと睨む。
「出来た、じゃねーよ。まだプラグと水道と排水口が残ってるだろうが」
「お、手伝ってくれる?」
「ざっけんな一人でやれ。……元々買い物の手伝いまでの約束だっただろうが、引越し業者のマネごとまでやると言った覚えはねーぞ」
「まさか配送員が駐車場に置いてさっさと帰っちゃうなんて思いもしなかったんだよ」
「配達サービスがない店の好意に甘えといて何言ってんだ」
「そんなこと言われても。自分で家電買うの、これが初めてなんだよ」
「……それでよく最初から中古にチャレンジする気になったな」
「ありがとうカラス、いてくれて助かったよ」
「チッ……ああそうかよ、よかったな――!」
怒り心頭の俺とは対照的に、山瀬はニコニコしている。
「とはいえ、家電を設置するのに最後まで手伝ってくれたのは本当に感謝してるし……追加で何かお礼弾むよ、何がいい?」
「そういう問題かよ……まあ何もねーよりはいいけど……急に言われてもな」
「鍋パとか?」
「パが前提なのかよ。ちょっと考えさせろ」
俺が即答しなかったのが意外なのか、山瀬は怪訝な顔になった。
「カラスってさー、勘定はしっかりしてるけど無欲だよね」
「必要なものは大体自分でなんとかしてるからな。なんつーか、突然ぼたもちが降ってきても困るんだよ」
「『特別』は『余分』ってこと? ふーん……?」
そりゃ『面白い』ことのためなら自分の安全すらチップにするような奴にはわからない価値観だろうな、と心の中だけでそっとひとりごちる。
――そう、だからこそ、山瀬にはあまり貸しや借りを作りたくない。加藤の一件では大いに助けられたが、性根は人を嵌めることが大好きな極悪人だ。よく考えなくても、前回だって加藤達を奈落に突き落とすついでに俺を救ってくれたようなものだ。次に俺が山瀬を頼った時、裏で一体どんな悪巧みが同時進行するやら……考えるだけでぞっとする。
大きな貸し借りは作らない。出来る限り単位を小さくして、大事に巻き込まないし巻き込まれない。きっと、それがこの先も平穏に暮らすための鉄則だ。
「まあいいや、待つよ。とりあえずお茶でもどうかな。カラスの部屋に上がってもいい?」
「なんでもてなされる側が部屋に上げるのが前提なんだよ……」
「その方がよくない? 俺の部屋コタツないし」
「こっちのコタツだって客を入れる用じゃねーんだよ」
「ダメ?」
ダメと答えたいのは山々だったが、これ以上意地を張るのも面倒だった。
「……今回だけだからな。茶はそっちで用意しろ」
「やった。紅茶でいい?」
「一番最初に出てくる選択肢が紅茶ってブルジョワかよ」
「前から思ってたけどさあ、カラスのブルジョワ判定閾値低すぎない?」
「うるせぇ、文化的でハイソなのは全部ブルジョワだ」
「えぇ……」
山瀬の眉毛が八の字になってるなんて珍しいな、とつい見ていると、「いたーーーーー!!!!!」と、けたたましい声が階下の駐車場から響いた。
思わず見下ろすと、そこには赤メッシュの人影。
「……なんだ? 尾花?」
「みたいだね」
尾花はバタバタガタガタとボロ階段を駆け上がり、俺の数メートル前で綺麗にすっ転んで――華麗なスライディング土下座を決めた。痛そうだ。
「カラス! いやカラス様!」
「正すのは敬称じゃなくてあだ名の方だろうがよ」
「聞きたいことがッ! いや頼みがッ!」
「なんだよ」
「間違って捨てちまったもののッ! 取り返し方を教えて下さいッ!」
捨てた、と聞いて、自動的に各ゴミの処理ルートが脳内に展開される。答えは一瞬で出た。
「何捨てたか知らんが無理じゃねーの普通は」
「そこをなんとかああああああ!!!!!! お願いしますお願いしますお願いします!!!!!! なんでもしますから!!!!!!」
絶叫しながら土下座する尾花を前にして、俺と山瀬は顔を見合わせる。
「……これを放置してお茶するのは難しそうだし、とりあえず話だけでも聞いてやったら?」
「マジかよ……」
しかしながらここで断っても尾花はしつこく何度でも来るだろう。ため息をついて、俺はとりあえず尾花に顔を上げるように促すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます