1-4 不穏
ゴミ収集車を収集場へと持っていき、中のゴミを放出する。あとは事務所へと帰り、収集車の中を三人で清掃する。あとは日誌をつければ、仕事は終わったも同然だ。
無駄だとは思いつつも、一応慣習として定時まで待ち、終業チャイムが鳴ると同時に外に出る。
「じゃあまた明日なー、お疲れーぃ」
「お疲れーっす」
全員バラバラに散っていく。夜に他の仕事を持っている人や所帯持ちの人、本当にいろんなスタイルの人間が働いているのだ。ドラマで見るサラリーマンのように、帰りに何人かで集まって飲みに行く人は少数派。勿論俺は帰る一択だ。
すっかり暗くなってしまった道を、寒さに身を縮めながら歩いていると、妙な違和感に気がついた。
……誰かに、後をつけられている?
全く人通りがないというわけではない道だ。進行方向が同じ人間の一人や二人いるだろうと思って、最初は違和感をスルーしていた。限界だ。ずっと、俺の足音とは重ならないもう一つの足音がついてきている。
じわじわと恐怖を煽られる。だって心当たりが全く無い。ノックアウト強盗か? 俺を? どう見ても金を持ってなさそうなのに?
このままアパートに帰るのはどう考えてもマズい。交番……この辺りにはなかったはずだ。コンビニ……行きがけに一軒あったはず。作業服を見ると嫌な顔をする店員がいるので近寄らなかった店だが、背に腹は変えられない。
逃げ切れるだろうか。ちらりと後ろを振り向く。
丁度電信柱一本分向こうくらいの距離に、帽子を目深に被った人影がいた。
目が合ったと思った瞬間、人影がこちらに向かって猛然と走り出した。俺も慌てて駆け出す。
「クッソ……!」
振り返る余裕もなく、ゴミ収集の時にすら発揮しない久々の全力疾走で逃げる。後ろの足音は離れていくどころか、徐々に距離を詰めているような気すらする。日々のゴミ収集で体力こそあるが、俺の足は大して早くない。小学生の時の最初のスクールカースト争いの時点でわかりきっていた事実だが、今はひたすらそれが恨めしい。
振り向いたのがいけなかったのか。撒く努力をしなかったのがいけなかったのか。今日くらいは他の連中とつるんでおけばよかったのか。今更遅い後悔ばかりが脳裏を巡る。
コンビニの明かりが見えてきた。遠くには人もいる。あそこまで逃げれば助かる。そう確信した瞬間、路面に何か緑色のものが広がっているのが目に入った。
……ゴミ捨て場のカラス避けネット! 誰だこんな適当に片付けたのは!
飛び超えられる自信はない。遠回りする余裕もない。一気に駆け抜けるしかない。その覚悟はたった二歩で裏切られ、足を取られた俺は盛大に転んだ。
俺にとっては絶体絶命のピンチ。帽子の人影にとっては千載一遇のチャンス。
――――完全に詰んだ。
棒のようなものを振り上げる帽子の人影。顔が逆光になっているのが余計に恐怖を煽る。せめてもの抵抗で頭を腕で庇った。
べしゃり。
「うわっ!?」
「……あ?」
どこかで聞いたことのあるような声で悲鳴を上げて、男が後頭部にぶつかった何かを慌てて振り払う。コンビニのビニール袋が、その役割を終えたと言わんばかりに力なく落下した。
「何やってるのかな、そこの人」
――もう一つの聞いたことのある声に、体が硬直する。
帽子の男の背後に、一人。街灯の心もとない明かりしかない道でも存在感を失わない、派手な黒尽くめの金髪が愉しそうに笑って立っていた。
「山瀬……」
なんで、こんなところに。
山瀬は帽子の男から視線を逸らさない。藪の中から獲物を狙う肉食獣のような、奥に殺気を閉じ込めた静かな佇まい。
帽子の男が山瀬と俺を交互に見比べる。しばらく迷った末、奴は俺の横を駆け抜けて逃走していった。
男が逃げていった方を山瀬はじっと目で追って……やがて、満足したように息をついた。
どっと体の力が抜けて、座った体勢のままその場でへたり込む。
山瀬が投げつけたビニール袋を拾い上げて、ゆっくりと緑色のネットを踏み越えて近寄ってきた。
「大丈夫?」
差し出された手を取りそうになって……すんでのところで払う。
「……何のつもりだ」
「何のつもりって……酷い言い草だな、ただの善意だよ。変なのに追いかけられてるみたいだったから助けてみたら、君だったってだけ」
「そんなわけ――」
山瀬の目が訝しげに細められる。
「昨日も少し様子がおかしかったから気になっていたけど……やっぱりどこかで会ったことあるんだね。まあいいや」
自らの過去の悪行に本当に興味がないように言うと、山瀬は俺の目線の高さまでしゃがんだ。
「君さ、なんで追われてたの?」
「は? 教える義理ないだろ」
「あるよ。君、あいつの目の前で俺の名前言ったでしょ」
「…………言ったな」
本当になんでこんなところにいるのか、と呆然としながら、言った気がする。
「君が何をしたかは知らないけれどもさ。特殊警棒振り回してストーキングするようなヤバい奴に顔を見られただけならまだしも、名前まで聞かれたら後が困ったことになるんだよねぇ」
「そんなの――」
勝手に首を突っ込んできただけだろう、とは言えなかった。山瀬がどういうわけでか助けてくれなければ、俺はどんな目に遭っていたかわからないわけで。
有無を言わせない妙な圧力を滲ませながら、山瀬はにこりと笑った。
「成り行きとはいえ立派に巻き込まれてしまったわけだし……君がどういうわけであれに追いかけられていたのか、俺にも教えてくれるよね?」
『せめて顔合わせないで済むといいな。最悪知らないフリしときゃなんとかなるだろうし』――――
――木村さん。
俺にはどっちも無理そうです。
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